バッハ,J.S. Bach,J.S.

■マニフイカト ニ長調BWV243

神の使いの大天使ガブリエルによって受胎を告知されたマリアが「私の魂は主をあがめ,私の霊は救い主なる神を讃えます」と喜びのうちに神を讃美した,という「新約聖書」ルカ伝第1章第46〜55節に記された「マリアの賛歌」に付けられたのがこの曲です。この「マニフィカト」は本来,カトリックの日々の日課としてのお祈り(聖務日課),特に夕べの祈り(晩課)のための音楽として発達したものです。バッハ自身はカトリックではなく,ルター派プロテスタントだったのですが,この時代,ルター派でも,ラテン語の「マニフィカト」はクリスマス,復活祭,聖霊降臨祭の3大祝日には,多声の音楽として演奏されるのが普通だったそうです。

というわけで,この曲の初演時にはクリスマスにちなんだ4曲の挿入曲がありました。その後,第2稿ではこれらの挿入曲は除かれ,クリスマスのみならず,復活祭,聖霊降臨祭の晩課にも使われるようになりました。今日,一般的に演奏されるのは第2稿の方です。この2つの版には,挿入曲の有無以外に調性の違いがあります。第1稿は変ホ長調だったのに対して,第2稿はニ長調になっています。これは使われている楽器の違いにもよります。第2稿では,トランペットがD管トランペットという輝かしい響きを持つものに変更されています。この楽器を使うためにニ長調に移調されたと考えられています。その他,リコーダーがフラウトトラヴェルソ(フルート)に変更され,オーボエ・ダモーレが加えられています。

いずれにしても,この曲は壮麗さと美しさをバランス良く兼ね備えた見事な作品です。ポリフォニックな合唱曲の間にしみじみとした味わいを持つ声楽ソロのアリアなどがバランス良く配列されています。声楽のみだけでなく,先にあげた輝かしいトランペットをはじめとして,フルート,オーボエなどオーケストラの各楽器にも見せ場があります。時間的にも30分ほどにまとまっていますので,「バッハ入門」に最適の曲なのではないかと思います。

●編成
独唱(ソプラノ2,アルト,テノール,バス),5声部合唱(ソプラノ2部,アルト,テノール,バス),フルート2,オーボエ2,オーポエ・ダモーレ2,トランペット3,ティンパニ,ヴァイオリン2部,ヴィオラ,通奏低音(チェロ,ヴィオローネ,ファゴット,オルガン)

合唱曲,独唱,重唱・・・かなり規則的に並んでいます。
曲番号 曲名・ソロ等 調・拍子 内容
第1番 マニフィカト
合唱
二長調
3/4
D管トランペットの甲高く装飾的なファンファーレが印象的な全楽器によるリトルネッロ(繰り返し出てくるメロディ)が出てきます。このメロディはブランデンブルク協奏曲あたりにありそうな感じです。この部分に続き,合唱が喜びに満ちた神の讃歌を歌います。中間部ではポリフォニックな感じになりますが,全体としてはメリスマを交えたホモフォニックな響きが中心となっています。最後にリトルネッロがやや短く再現されます。この曲は終曲にも出てきますので,この曲全体の枠組を作っているといえます。
第2番 エト・エクスルタヴィト
アリア(ソプラノII)
二長調
3/8
弦合奏と通奏低音による落ち着いたリトルネッロに続き,「私の霊は救主なる神を讃えます」と第2ソプラノがしっとりと歌います。
第3番 クイア・レスペクスィト
アリア(ソプラノI)
口短調
4/4
オーボエ・ダモーレの独奏によるしみじみとした序奏に続いて,第1ソプラノが「この卑しい女をさえ,心にかけてくださいました」と歌います。全編に渡り,オーボエ・ダモーレとソプラノが美しく絡み合います。その哀しみに満ちた敬虔さが印象的です。この曲の後,休みなく第4曲になります。
第4番 オムネス・ゲネラツィオネス
合唱
へ短調
4/4
前曲から一転して,5声の合唱によって「代々の人々は」と歌われる壮麗なカノンになります。
第5番 クイア・フェチト
アリア(バス)
イ長調
3/4
通奏低音のみに支えられて「力ある方が,私に大きな事をしてくださったからです」とじっくりと歌う短いバスのアリアです。
第6番 エト・ミゼリコルディア
二重唱(アルト,テノール)
ホ短調
12/8
2本のフルートと弦の伴奏によって「その憐れみは代々限りなく」と歌われる抒情的な二重唱です。
第7番 フェチト・ポテンツィアム
合唱
ト長調
→二長調
4/4
主はみ腕をもって力をふるい」と全合唱が力強く歌う順列フーガです。最後の方で一瞬休符が入り,緊張感が走ります。その後トランペットも加わってドラマティックに盛り上がって終わります。
第8番 デポスイト
アリア(テノール)
嬰へ短調
3/4
権力ある者を王座から引きおろし」とテノールが決然と歌います。弦楽器の清冽さも印象的です。
第9番 エスリエンテス
アリア(アルト)
ホ長調
4/4
飢えている者を良いもので飽かせ」と息の長いメリスマを交えて歌われるアルトのアリアです。ほとんど同じ主題による2本のフルートと通奏低音による可愛らしい感じのリトルネッロで囲まれています。
第10番 スシピト・イスラエル
三重唱(ソプラノI・II,アルト) 
口短調
3/4
主は,憐れみをお忘れにならず,その僕イスラエルを助けてくださいました」と落ち着いて歌われる三重唱に重ねて,オーボエが「マニフィカト」の聖歌旋律(第9旋法)を印象的に演奏します。
第11番 スイクト・ロクトゥス
合唱
二長調
2/2
わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを,とこしえに憐れむと約束なさったとおりに」と堂々と歌う,通奏低音のみの伴奏による順列フーガです。素朴な力強さがあります。
第12番 グロリア
合唱
イ長調4/4
二長調3/4
壮麗な「グロリア」の叫びの後,持続音の上にカノンがわき上がります。「はじめにありしごとく」という歌詞とともにトランペットが壮麗に加わり第1曲が短く再現されます。祝祭的に全曲をとじます。
(2004/02/06)