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バッハ Bach,J.S.
ヴァイオリン協奏曲集

1730年代のバッハの生きがいは,大学生を中心としたコレギウム・ムジクムを率いての合奏でした。そのための場がライプツィヒのコーヒー店だったと言われています。バッハの3つのバイオリン協奏曲はその際に演奏されたものです。これらは,従来,ケーテン時代の作品と言われていましたが,近年ではライプツィヒでの新作とみなす方向に傾いてきているとのことです。

バッハが作曲したヴァイオリン協奏曲としては,2つのヴァイオリンのための協奏曲を含め通常3曲が知られていますが,いずれも「急−緩−急」というヴィヴァルディなどと共通する協奏曲の様式で作られています。独奏とトゥッティの対比がはっきりしているリトルネッロ形式を取っており,古典派時代の協奏曲のような融合して協奏するような部分は多くありません。各曲とも,歌う様式による中間楽章が特に魅力的なものになっていますが,その一方,精妙堅固な対位法の扱いにドイツらしさが見られます。

バッハのヴァイオリン協奏曲ですが,これ以外にも存在していたことは確実なようです。「現在はチェンバロ協奏曲として知られている曲のオリジナルがヴァイオリン協奏曲だった。だけどオリジナルの譜面がない」といったものを復元してヴァイオリン協奏曲として演奏する例も出てきています。

■ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調BWV.1041
同じバッハのヴァイオリン作品でも,無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータに比べると,ヴァイオリン協奏曲の方は,比較的やさしい技巧で書かれています。あまり高い音も出てきません。ヴィヴァルディの協奏曲形式を土台としながらも,ソロとトゥッティの対比のみで終わらずに,楽章全体に有機的な統一感のある曲となっています。

作曲時期:1717〜1723年頃 ケーテン(ライプツィヒ?)
編成:独奏ヴァイオリン,ヴァイオリン2部,ヴィオラ,通奏低音
ライプツィヒ時代,チェンバロ協奏曲BVW.1058に改作された

第1楽章 イ短調,2/4
この楽章にはテンポ指定はありませんが,通常アレグロで演奏されています。冒頭のトゥッティの主題の雰囲気からしてヴィヴァルディ風です。この力強い主題が何度も繰り返し戻ってくるリトルネッロ形式となっています。このトゥッティの主題が比較的長く演奏された後,哀愁がこもったソロ主題になりますが,この主題の方もトゥッティ主題から有機的に派生したものです。その他のリズム素材も共通しています。その辺の統一感がバッハ的なところです。軽快に高音から低音まで動き回るような動機の後,トゥッティの主題に戻ります。この2つの部分が対比を繰り返しながら,楽章の後半では展開風に進んでいきます。最後は落ち着いた雰囲気でしっかりと結ばれます。

第2楽章 アンダンテ,ハ長調,4/4
オスティナート風のバスのメロディが執拗に繰り返され厳粛な気分の上に独奏ヴァイオリンがしっとりとした歌を紡いでいきます。間奏のようにトゥッティの部分が入った後,さらに抒情的なソロが続きます。永遠に続くようなオスティナートの上に曲はどんどん深みを増して行きます。ところどころ出てくる3連音符の連続も印象的です。

第3楽章 アレグロ・アッサイ,イ短調,8/9
ジーグ風の生気のあるリズムの上に哀愁を持った主題が流れていく楽章です。この楽章もリトルネッロ形式を取っており,ソロとトゥッティが交代しますが,トゥッティの部分はフーガ的な処理がされているため,特に充実したテクスチュアを生み出しています。ソロのフェルマータの後では,高音部で第5音(ホ)がオルゲルプンクトのように繰り返され,特異な効果を生んでいます。この曲の中で,もっとも名人芸を発揮することができる部分となっています。最後は,トゥッティで力強く締められます。

■ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調BWV.1042
構成は第1番と同じですが,より古典派協奏曲に近い感じがあります。ホ長調という調性を生かした喜ばしい響きが魅力的で,バッハの存命中からしばしば演奏されていた曲です。

作曲時期:1717〜1723年頃 ケーテン(ライプツィヒ?)
編成:独奏ヴァイオリン,ヴァイオリン2部,ヴィオラ,通奏低音
ライプツィヒ時代,チェンバロ協奏曲BVW.1054に改作された

第1楽章 アレグロ,ホ長調,2/2
ダ・カーポ風の三部形式とリトルネッロ形式を合体した形式で書かれています。冒頭の分散和音(主和音)の力強いリズムが楽章を支配しており,第1番に比べると明るく陽気な感じがします。その後もこの冒頭のトゥッティの主題を徹底的に展開して,楽章全体の統一感を作り出しています。

第1部はこのトゥッティの動機が交替で現れる中,独奏ヴァイオリンが装飾的なメロディを挟み込んでいくような形で進んでいきます。第2部はまず,嬰ハ短調に転調された後,独奏ヴァイオリンの重音奏法が入ったり,変化に富んだ展開を見せます。最後に音を長く伸ばして,アダージョのカデンツァとなります。その後,第3部となります。第3部は第1部の完全な反復となっています。

第2楽章 アダージョ,嬰ハ短調,3/4
バスで反復されるオスティナート音型の上でヴァイオリンが装飾で甘いメロディを歌う楽章です。息の長い主題がゆったりと続く平明な楽章ですが短調で覆われていることもあり重厚さと余韻の漂う風格のある楽章となっています。途中,一度息継ぎのように半休止をした後,さらに深い世界に入っていきます。

第3楽章 アレグロ・アッサイ,ホ長調,3/8
リトルネッロ形式で書かれている楽章ですが,聞いた感じはフランス風のロンド形式のように聞こえます。勢い良く跳ね上がるような喜ばしいトゥッティ主題がまず大変爽やかで優雅です。この主題と装飾的な音型を奏でるソロとが交互に登場して進んでいきます。最後の独奏部分は,かなり長く,全曲の中でもっとも華麗な部分となっています。

■2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV.1041

バッハの作ったヴァイオリン協奏曲の中ではいちばん古風な対位法的書法で書かれている曲で,どの楽章もポリフォニックに処理されています。完全に対等に書かれた2つのヴァイオリンのバランスの良さと絶妙の掛け合いが魅力となっている作品です(ギドン・クレーメルなどは,一人二役での録音を残しています。)。2つのヴァイオリンを合奏群(リピエーノ)が和声的に支えるトリオ・ソナタのような精緻なテクスチュアを織り成します。第2楽章の美しさと2つのヴァイオリンの技巧的な華やかさもあり,バッハの曲の中でも特に人気の高い名曲となっています。

作曲時期:1717〜1723年頃 ケーテン(1730〜1731年?ライプツィヒ?)
編成:独奏ヴァイオリン2,ヴァイオリン2部,ヴィオラ,通奏低音
ライプツィヒ時代,2台のチェンバロ協奏曲BVW.1062に改作された

第1楽章 ヴィヴァーチェ,ニ短調,2/2,リトルネッロ形式
曲は弦楽合奏のトゥッティで始まります。厳格な気分を持った主題がカノン風の対位法を駆使してがっちりと進んでいきます。しばらくすると独奏ヴァイオリンが入ってきます。ここで出てくるメロディはこの冒頭のメロディを変形したもので,10度の跳躍するような音型が印象的です。2つのヴァイオリンが交互に役割交換しながら充実した対話を繰り広げます。この対話には,模倣あり,応答あり,相似形の戯れありと絶妙な掛け合いが続きます。トゥッティの部分も引き締まっており,楽章全体は重厚な感じになっています

第2楽章 ラルゴ・マ・ノン・タント,ヘ長調,8/12
バッハの書いた曲の中でも特に美しいと言われている楽章で,2本のヴァイオリンによる甘美なデュオが続きます。まず,第2ヴァイオリンが2小節歌った後,3小節目から5度上で第1ヴァイオリンが模倣風に入ってきます。この歌がいつ果てるとも知れず続きます。1人で演奏しても美しいメロディですが,2人で演奏することでさらに輝きを増しています。その間,オーケストラは徹底して伴奏に回り,バスを中心にシチリアーナ風ののどかな雰囲気を作ります。ところどころで出てくる,終止するような感じで下降する動機も印象的です。

途中,一旦陰りを見せ,幽玄な雰囲気を増していきます。最後の部分は最初の部分に戻り,下降する動機を交えて,優雅に結ばれます。

第3楽章 アレグロ,ニ短調,3/4
他のヴァイオリン協奏曲とは違い,舞曲的雰囲気を持たないフィナーレとなっています。短調で書かれていることもあり,快活さと重厚さと緊迫感に満ちているのが特徴です。楽章は短いモチーフから成るトゥッティとソロが絶えず交代し合いながら進みます。カノン的な模倣や2本のヴァイオリンの絡み合いが切れ目なく続き,次第に華麗さを増していきます。その気分が絶頂になったところで,力強く締められます。

(参考文献)バロック音楽名曲鑑賞事典/礒山雅(講談社学術文庫).講談社,2007
(2006/06/14)