バッハ,J.S. Bach,J.S.

■ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ(全6曲)BWV.1014〜1019
バッハがヴァイオリンのために書いた音楽といえば,無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ(全6曲)が有名ですが,このヴァイオリンとチェンバロのためのソナタも重要な作品です。バロック時代のソナタには独奏楽器を支える通奏低音が必ず入っており,演奏者の裁量に任される部分が多かったのですが,バッハ自身は,チェンバロのパートを重視することを好んでおり,この曲でも通常の通奏低音だけにはとどめない扱いがされています。そういう意味では,近代的な二重ソナタへの橋渡しをしている曲と言えます。

曲の構成は,6曲中5曲が「緩−急−緩−急」という教会ソナタの形式となっています。遅い楽章ではチェンバロは和音的な形を取っていますが,速い楽章ではチェンバロの両手が独立して動き独奏ヴァイオリンとあわせて「2人でトリオ・ソナタ」的な作りになっています。舞曲形式の曲はありませんが,リトルネッロ形式やフォルテとピアノを対比させたエコー効果などイタリア音楽の影響も見られます。その他,当時としては珍しいくらいに速度指定に神経を使っている点も特徴となっています。

6曲のパターンを表にすると次のようになります。第4番と第5番については,深い憂愁が漂っていますが,これには,この年の妻との死別が関係していると言われています。また,第1番については前年に亡くなった4男の死と関係しているもかもしれません。
番号 第1楽章 第2楽章 第3楽章 第4楽章 第5楽章
第1番
BWV1014
ロ短調
4/6アダージョ

*荘重な気品を持つ前奏曲風の楽章。ヴァイオリンはアリアのようにしんみりと歌う。チェンバロの右手は常に3度か6度の響きを聞かせる。
ロ短調
2/2アレグロ

*暗い情熱が漂う。中間部は長調になる。3声のフガート風の書法が取られている。
ニ長調
4/4アンダンテ

*3部形式で3声部で進む。上の声部は装飾音を豊かに持っている。爽やかな伸びやかさも感じられる楽章。
ロ短調
3/4アレグロ

*フーガ的手法と協奏曲的手法を取り混ぜた2つの部分からなる楽章。曲を結ぶのに相応しく変化と情熱を持つ。ここでも3声部で進行する。
第2番
BWV1015
イ長調
6/8
*テンポの指定はされていないが,アンダンテが妥当と考えられている。柔和な表情を持つ楽章。模倣対位法を駆使した3声からなる楽章。
イ長調
3/4アレグロ
*3部形式。躍動感のある音の動きのある楽章。第1,3部はフーガ的だが,中間部は合奏協奏曲的効果を狙って,ダイナミックでヴィルトーゾ的な雰囲気を持つ。
嬰ヘ短調
4/4アンダンテ・ウン・ポーコ

*リュートのようなスタッカートでチェンバロが伴奏する上に悲しげな表情を持ったメロディをヴァイオリンが演奏する。3声からなっているが,リュートとヴァイオリンによる二重奏といった雰囲気がある。フリギア終止で次の楽章につながる。
イ長調
3/4プレスト
*前の楽章から気分が変わり,朗らかな音楽となる。2部形式を取っている。3声部でフーガの手法を活用している。
第3番
BWV1016
ホ長調
4/4アダージョ

ここでは3声の書法は使われていない。チェンバロは一貫して落ち着いた伴奏音型を繰り返し聞かせる。バッハの協奏曲の書法とも似ている。ヴァイオリンは次第に装飾を増やして行きながら,静かに,息長く,歌い続ける。
ホ長調
2/2アレグロ

*明るく快活な楽章。フーガ形式と3部形式が合わさったもの。中間部はより自由な展開となる。
嬰ハ短調
3/4アダージョ・マ・ノン・タント

*チェンバロだけで荘重な低音部の主題が延々と繰り返される上に変奏が繰り広げられるシャコンヌ。変奏は15ある。チェンバロも次第に活気を持った動きとなる。第1楽章と対比されるような構成を持つ楽章。半終止で次楽章につながる。
ホ長調
3/4アレグロ
*3部形式。前楽章から雰囲気が変わり。明るい躍動感のある音楽が続く。
第4番
BWV1017
ハ短調
6/8ラルゴ

*シリアスな悲しみの表情を持った楽章。シリチアーノ風の付点リズムを持った主題は,マタイ受難曲の中の「わが神よ憐れみたまえ」を思い出させる。楽章は2部的な形を取っている。
ハ短調
4/4アレグロ

*壮大な3声のフーガ。半音階的な書法が好んで使われている。
変ホ長調
3/4アダージョ

*強弱の変化を意図的に狙った豊かな雰囲気を持った楽章。チェンバロの左手は,和声的な支えとしての役割だけを果たしている。
ハ短調
2/4アレグロ

*2部的な形式を取るフーガ。音自体は活発な動きを見せるが,全体としては第1楽章に通ずるような沈痛さがある。
第5番
BWV1018
ヘ短調
3/2[ラルゴ]

*楽譜によってはラメントと書かれていることもあるように,苦悩と憂愁に満ちた歌が続く壮大な楽章。この主題はモテト「来れ,イエス,来れ」と関連がある。苦悩からの解放と平安への憧れを描いているといわれている。フリギア終止で次楽章に続く。
ヘ短調
4/4アレグロ

*2部形式。フーガ的な3声の書法による。第2部では新しい主題が出てくる。第2楽章に2部形式の楽章が出てくることは珍しい。
ハ短調
4/4アダージョ

*他の曲では,3楽章だけ調性が違っているがこの曲だけ,すべての楽章が短調となっている。深刻な情感をたたえた充実した楽章。ヴァイオリンの延々と続くゆったりとした重音奏法は苦悩に満ちた表情を持つ。チェンバロの32分音符の音の動きも微妙ななニュアンスを持つ。
ヘ短調
3/8ヴィヴァーチェ
3声のフーガだが,性格的にはジーグに近い。主題は,半音階的な音の動きとシンコペーションが特徴的である。
第6番
BWV1019
ト長調
4/4アレグロ

*第4,5番にはなかった生気のある楽章。他の5曲と違い,第1楽章が急速な楽章になっているのは,5楽章を念頭に置いてのことである。3声部を取っているが,ソロとトゥッティの交替を思わせるような協奏曲的な華やかさを持つ。
ホ短調
3/4ラルゴ

*3声部ではじまり,やがて4声部になる。深い情感をたたえた対位法で書かれた楽章。フリギア終止で次楽章に続く。
ホ短調
4/4アレグロ

*チェンバロのみによる楽章。この曲はこの楽章を中心にシンメトリカルな楽章配置となっている。2声部で書かれた幻想曲風の楽章。2つの部分からなっている。
ロ短調
4/4アダージョ

*シンコペーションと半音階的な音の動きが特徴的な悲哀に満ちた楽章。
ト長調
6/8アレグロ

*前楽章の暗さを打ち消すような明るい楽章。フーガ的な書法で入念に書かれた3部形式の楽章。
(参考)作曲家別名曲解説ライブラリー:バッハ.音楽之友社,1993 (2004/05/29)