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バーバー Barber
ヴァイオリン協奏曲 op.14

20世紀,アメリカで活躍した作曲家でありながら,実験的な作風には目を向けず,詩的なリリシズム溢れる作品を残したサミュエル・バーバーの代表作の一つが,このヴァイオリン協奏曲です。

曲はフィラデルフィアの裕福な石鹸業者サミュエル・フェイルズから,「養子のイソ・ブリゼーリのためのヴァイオリン協奏曲を書いてほしい」と依頼を受けて書かれたものです。前払い金を受け取ったバーバーは,スイスに行って作曲に着手しましたが,1939年,ナチスのポーランド侵攻が始まると,アメリカに戻らざるを得なくなり,ペンシルヴェニア州の別荘で書きすすめました。

2楽章まで書いた時点で,ブリゼーリに送ったところ,「協奏曲にしてはシンプルすぎて,華がないな」と評されました。「それでは...」とバーバーは,技巧を誇示するようなパワフルな3楽章が作曲しました。しかし,今度は,「自分には歯が立たない」と言われてしまいます。結局,3楽章については,プリゼーリからすると「軽過ぎて気に入らなかった。もっと規模の大きなものにしてほしかった」ということだったようですが,バーバーはそれには応えませんでした。結局,学生に数時間練習させただけで「演奏可能」という結論が出て,この曲は生き残ることになりました。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲でも同じようなことが言われていますが,作曲者と依頼者とは分かりあえないことが多いようです。結局この曲の初演は,1941年2月7日,アルバート・スポールディングのヴァイオリン,ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団によって行われました。

曲全体の構成は,伝統的な急・緩・急の3楽章構成ですが,リリックな楽章が続いたのち,終楽章は一気呵成に駆け抜けるという点で独創的です。ブリゼーリが言ったとおり,確かに第2楽章までと第3楽章とはかなり雰囲気が違い,唐突な感じはありますが,今では20世紀を代表するヴァイオリン協奏曲として,ヴァイオリニストのレパートリーとしてすっかり定着しています。20世紀で,もっともメロディアスなヴァイオリン協奏曲と言っても良いと思います。

楽器編成: フルート2、オーボエ2、クラリネットA管(B♭管への持替えあり)2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、スネアドラム、ピアノ、ヴァイオリン独奏、弦楽五部

第1楽章 アレグロ ト長調 ソナタ形式
冒頭から豊かなロマンティシズムに溢れる,しっとりとした魅力を持った第1主題が独奏ヴァイオリンに登場します。このメロディは果てることなく続きます。曲の雰囲気は違いますが,「序奏なしでいきなり」という点で,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の冒頭部に通じるところがあります。このしっとりとした第1主題に対し,クラリネットが,もっと活動的で積極的な第2主題を演奏します。この部分には,スコッチ・スナップと呼ばれる,スキップと逆の付点リズムが出てきます。

これら2つの主題を中心に,時に不協和なオーケストラのアクセントを添えながら,叙情的な美しさに包まれて進んでいきます。透明感のある響きが続き,メロディが美しく移ろっていく様には,どこか「古き良きアメリカ」といった味わいも漂っています。

第2楽章 アンダンテ ホ長調(ただし嬰ハ短調が支配的)3 部形式
前の楽章の気分を引き継ぐように,優しく語りかけるオーボエ独奏による息の長いメロディで導き出される抒情的な楽章です。ただし,度重なる転調に不安感がよぎり,有名な「弦楽のためのアダージョ」のようなムード(そこまでは暗くありませんが)も持っています。中間部では,独奏ヴァイオリンが中心となって,それと好対照をなすラプソディックなメロディを奏します。最後は,この両者が一つになる3部形式となっています。

第3楽章 (無窮動によるプレスト).イ短調で終止するがおおかた無調
それまでの楽章と打って変わり、ヴァイオリンの演奏技巧を華やかに見せつける,集中力と緊張感のある音楽が展開されます。わずか110小節の短いフィナーレです。管楽セクションとの掛け合いも聞きどころです。叙情的で瞑想的な2つの楽章の後には、このくらいの刺激が必要なのかもしれませんが,独奏ヴァイオリンにとってみれば,全く休みがないというのは,非常に大変なことです。

(2016/09/10)