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ベートーヴェン Beethoven
歌劇「フィデリオ」のための序曲
ベートーヴェンは,歌劇を「フィデリオ」の1作しか書いていませんが,その1作のために序曲を何回も何回も書いています。並べてみると次のとおりになります。

  • 1805年11月20日〜22日,アン・デア・ウィーン劇場,歌劇「フィデリオ」を初演。「レオノーレ」序曲第2番を序曲として使用
  • 1806年3月29日,4月10日,アン・デア・ウィーン劇場,「フィデリオ」を改作。「レオノーレ」序曲第3番を序曲として使用
  • 1814年5月23日,ケルトナートーア劇場,さらに改作し上演。新「フィデリオ」序曲は間に合わず,「アテネの廃墟」序曲で代用
  • 1814年5月26日,ケルトナートーア劇場,現在の「フィデリオ」序曲を使用

※これら以外にもベートーヴェンの没後に「レオノーレ」第1番も発見されています(これについては,1805年作曲説と1807年作曲説の2つがあります)。

ちなみになぜ「レオノーレ」かというと,もともとベートーヴェンが依頼を受けた際のジャン・ニコラス・ブイイによる台本が「レオノーレ」だったからです。ベートーヴェン自身も「レオノーレ」として作曲したのですが,当時,別の作曲家が既に同名の「レオノーレ」という作品を作っていたため,混同しないように,公開に際して,「フィデリオ」と改められました。

ベートーヴェン自身は歌劇の作曲家とはいえませんが,この「フィデリオ」に対する意欲には並々ならぬものがあります。単なる改訂ではなく,現在では,それぞれが第1番〜第3番と別の曲となって残されている点も面白いところです(ただし,素材には共通している部分がありますので,第2番と第3番などはかなり似ています)。

この中で,現在最もよく演奏されて,もっともよく出来ていると言われているのが第3番です。歌劇の上演の際は,「フィデリオ」序曲が使われていますが,そのことを反映して,第2幕第2場の前に演奏されるのが慣習となっています。

「レオノーレ」序曲第3番op.72a
序曲第3番は,1806年の改作にあたり新たに作られた序曲ですが,主題の素材は,第2番とほとんどが共通しています。劇的効果のために第2番で犠牲にされた再現部がこの第3番では復活されており,独立したオーケストラ曲としても大変聞き応えのある作品となっています。

曲は,序奏(アダージョ,ハ長調,3/4)と主部(アレグロ,ハ長調,2/2,ソナタ形式)から鳴っています。序奏は,第2番よりはかなり短縮され,主部の方は長くなっています。

序奏は,冒頭,「ドン」と強音の一撃があった後,ゆるやかに下降する主題で始まります。これは「フロレスタンのアリア」のメロディです。静かな部分が続いた後,フルートと弦楽器の対話が始まり,音楽が徐々に盛り上がっていきます。

霧が晴れたように空気が変わり,静かに主部に入り,「タ・ターン・タ」というシンコペーションのリズムが印象的な第1主題が第1ヴァイオリンとチェロによって演奏されます。このリズムが繰り返された後,トランペットなども加わり,華やかに盛り上がります。第2主題は,ホルンの信号風の音に続いて,ホ長調で第1ヴァイオリンによって流れるように演奏されます。その後,軽妙な雰囲気になり,カノン風の扱いも見られます。

展開部では,これらの素材やリズムが繰り返されますが,印象的なのは,途中,トランペットのファンファーレが出てくる点です。歌劇中の大臣到着の場で使われるもので,これぞファンファーレという見本のような分かりやすい音楽です。これが2回繰り返されますが,この曲最大の聞き所と言えます。

その後再現部となります。まず,フルートとファゴットが絡み合いながら,ト長調で第1主題を演奏した後,オーケストラの総奏でハ長調でバシっと再現されます。第2主題もハ長調で再現された後,プレストのコーダとなります。最初,第1ヴァイオリンだけで始まった後,次第に他の弦楽器が加わっていき,大きなうねりを築き,怒涛のような流れを作っていく辺りは,ベートーヴェンの管弦楽曲の中でも特に充実した部分です。

なお,途中に出てくるファンファーレですが,舞台裏で演奏されることになっています(「バンダ」と言います)。遠くから聞こえてくるエコー効果が非常に印象的なのですが,茂木大輔さんの著書の中にこの部分に触れた部分があります。舞台裏で待機していたトランペット奏者が「あんた,今演奏中だよ。こんなところでラッパ吹いちゃだめ」とホールの警備員さんに言われて,はがい絞めにされて,演奏できなかったことが本当にあったとのことです。ステージ上では,空しく伴奏の和音が伸び,指揮者は大慌て...バンダの奏者も場所選びには相当注意が必要なようですね。

さらに余談を言うと,ホフナング音楽祭という冗談音楽の演奏会では,「レオノーレ第4番」と題して,「出てこない舞台裏のファンファーレ」が再現されています(その代わり,出てこなくて良いところで出てくるというオチが付いていますが)。物好きな方はCDを探してお聞きになってみてください。

編成:フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット2,トロンボーン3,ティンパニ,弦5部

(参考文献)オーケストラは素敵だ:オーボエ吹きの楽隊帖/茂木大輔(ON BOOKS).音楽之友社,1993
(2008/09/13)