ベートーヴェン Beethoven

■ピアノ協奏曲第5番変ホ長調,op.73「皇帝」
ベートーヴェンの曲に限らず,すべてのピアノ協奏曲の中で最も豪華な雰囲気のある曲です。「皇帝」という名前はベートーヴェン自身が付けたものではありませんが,そのネーミングは曲想にぴったりはまっています。演奏会で取り上げられる頻度から言っても,ピアノ協奏曲の王者と言っても良いと思います。ただし,この曲のオーケストラの編成はそれほど大きなものではありません。いきなりピアノのカデンツァで始まる華やかさとメロディそのものの持つ線の太さが「皇帝」と呼ばれる所以でしょう。

この曲が書かれた1810年前後はヨーロッパではナポレオンがウィーンに向って進撃した時代です。第1楽章の軍楽隊的な雰囲気も時代の空気を伝えるようです。曲はベートーヴェンのパトロンとして有名なルドルフ大公に献呈されています。

第1楽章
オーケストラの壮大な和音を受けて,独奏ピアノが華麗なパッセージを弾き始めます。当時,協奏曲のカデンツァは楽章の終わり頃に出てくるのが普通だったので,この曲のように最初から「ピアニストの腕の見せ所」が出てくる構成というのは,相当斬新に響いたことでしょう。その一方,楽章の最後の方にカデンツァが出てくる余地はありません。「即興禁止」という書き込みが楽譜にはあるそうです。4番のピアノ協奏曲もいきなりピアノが出てくるのですが,それをさらに華やかに推し進めたものといえます。

続いてヴァイオリンによる線の太い雄大な第1主題が出てきます(ちなみに,このメロディは,坂本九の大ヒット曲「上を向いて歩こう」の元ネタとなったメロディです。)。これが続いた後,短調になり,歯切れ良く第2主題が出てきます。再度,第1主題が出てきて小結尾になります。ファンファーレ風の動機に続いてピアノが音階を上っていきます。ここから独奏楽器による呈示部になります。ピアノによる呈示部は,はじめは静かな雰囲気で始まり,装飾的な音を交えながら,オーケストラと掛け合いをしていきます。第2主題は途中軍楽隊のような雰囲気で強く演奏されます。

展開部は,オーケストラで始まり,第1主題を中心に扱います。時にロマンティックに,時に豪快に展開していきます。冒頭のカデンツァ風の華やかな部分が「バーン」と出てきて,再現部になります。今回のピアノは上から下に下がってくるような感じで入ってきます。第1主題はオーケストラで,第2主題はピアノにまず表れます。第1主題が力強く出てきて,第2の展開を思わせるコーダになります。ピアノのカデンツァ風の部分になりますが,これはすべてベートーヴェン自身が書いたものですので,勝手に演奏者が変更することはできません。最後は,キラキラするような華やかなピアノ音色と力強いオーケストラで堂々と結ばれます。

第2楽章
宗教的な祈りの雰囲気の漂う緩抒楽章です。シンプルな主題を自由に変奏していく穏やかな楽章です。まず,弱音器を付けたヴァイオリンで演奏されますので,幻想的なムードもあります。ピアノが絶妙の動きを加えて変奏されていきます。この楽章の最後では,次の楽章の主題がピアノで暗示され,そのまま切れ目なく第3楽章に移ります。ちなみに,この部分では2人のホルンが延々と同じ音を吹き続けています。まさに縁の下の力持ちといった感じの力仕事です。

第3楽章
前楽章の最後に暗示された主題が,独奏ピアノではっきり演奏されます。躍動感のあるもので,この楽章で繰り返し登場するロンド主題となります。この主題は左手は3拍が2つ,右手は2拍が3つという独特のもので,不思議なぎこちなさが耳を引き付けます。オーケストラがこの主題を繰り返し,ピアノに技巧的なパッセージが出てきた後,ピアノが軽やかな副主題を演奏します。ロンド主題の展開などが続いた後,新しい主題も出てきて華やかに頂点を築きます。この辺りはピアノの華麗な音の動きが聞きものとなります。

ピアノのトリルが続いた後,ロンド主題,副主題が再現し,コーダになります。ピアノは生き生きと弾き進んで行きますが,最後にピアノとティンパニだけが残り,段々消え入るようになります。その後,息を吹き返したように力が戻り,ピアノが見せ場を作った後,曲は雄大に結ばれます。(2003/03/21)