OEKfan TOP > 曲目解説集  Program Notes
ベートーヴェン Beethoven
ピアノ・ソナタ第8番ハ短調op.13「悲愴」

ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中では「月光」「熱情」と並び3大ソナタとして特に人気の高い作品です。作品番号が示すとおり,ベートーヴェンの初期(1798年頃)に書かれた作品ですが,「傑作の森」と呼ばれる中期の様式に一歩踏み出しているところがあり,ベートーヴェンの初期の創作の頂点を成す作品の1つとなっています。

この曲のタイトルの「悲愴」は,ベートーヴェン自身,「Grande sonate pathetique(悲愴な大ソナタ)」と呼んだことが根拠となっています。冒頭の荘重なハ短調の和音をはじめ曲全体に”悲愴感”が漂い,ロマン派の作曲家としてのベートーヴェンの萌芽となっている曲と言えます。比較的演奏するのが容易な上に演奏効果が上がる曲ということで,非常に演奏される機会の多い曲となっています。

3つの楽章の中では,両端楽章の暗さを癒すような第2楽章が,ポップスに編曲されたりして,特によく親しまれています(編曲の中では,ビリー・ジョエルの「ジス・ナイト」がいちばんよく知られているでしょうか?)。曲は,早くからベートーヴェンの理解者だったリヒノフスキー公爵に献呈されています。

第1楽章 グラーヴェ4/4―アレグロ・ディ・モルト・エ・コンブリオ,2/2,ソナタ形式 ハ短調
序奏のあとソナタ形式が続く構成になっていますが,この序奏の音型が楽章全体の”重石”のように何回か再現してくる点が独特です。

序奏部は,ハイドンやモーツァルトの曲には見られないような荘重なもので,悲劇の幕開けのような気分を感じさせてくれます,第1主題も短調で,何かに急かされるように音階を上り,降りてきます。第2主題の方は変ホ短調で軽やかな流動性を持っていますが,素材としては序奏部と共通するものです。続いて,変ホ長調で,流れるようなメロディが出てきます(こちらの方が第2主題という考え方もあるようです)。小結尾の後,呈示部が繰り返されます(この繰り返しについては,序奏の冒頭に戻る場合もあります)。

展開部は,序奏部の重い和音で始まります。その後,アレグロになり第1主題が展開されますが,この中にも序奏の動機が組み込まれています。再現部では,第2主題がヘ短調,変ホ長調で出てきた主題の方がハ短調となって再現されます。コーダでは,またまた序奏部のの和音が現れ,最後は第1主題によって結ばれます。

第2楽章 アダージョ・カンタービレ 変イ長調,2/4, 3部形式
ベートーヴェンの書いた全メロディの中でもいちばん人気のあるのがこのメロディかもしれません。優雅で気品があり,全体として静かな祈りの気分に満ちています。

この主題が静かに歌うように演奏された後,変奏されて行きます。途中,一旦,ヘ短調になった後,再度,初めのメロディが戻ってきます。二宮知子さんのマンガ「のだめカンタービレ」の最初の方で主役2人が出会う場に流れていた曲がこの「アダージョ・カンタービレ」ということで,もしかしたら,この人気マンガのタイトルの由来はこの曲辺りにあるのかもしれません。

中間部は変イ短調となり,憂鬱な気分になります。ここでは,「雨だれ」のような感じで3連音の反復が伴奏部に続いているのが印象的です。その後,最初の部分の再現になりますが,ここでもこの3連音が続いています。最後は平和な気分のコーダとなり,静かに締められます。

ちなみにこの”名旋律”ですが,モーツァルトのピアノ・ソナタハ短調K.457の第2楽章の中間部に出てくるメロディと最初の3つの音が全く同じで,雰囲気がとてもよく似ています。モーツァルトの曲の出版年は1785年,「悲愴」の方は,1798年頃の作曲ということで,ベートーヴェンの方が影響を受けている可能性があります。ちなみに第1楽章,第3楽章もハ短調ということで共通しています。

第3楽章 アレグロ,ハ短調,2/2,ロンド形式
ロンド形式で書かれている楽章ですが,浮き立つ気分はなく,何かに急かされているような気分を持っています。繰り返し登場するロンド主題自体,第1楽章の序奏の動機と通じるものがありますので,第1楽章との気分の統一感が感じられます。このロンド主題の間に変ホ長調の第2主題,柔和な気分を持った第3主題が現れます。この第3主題では,対位法的な音の動きがあるのも印象的です。

その後はロンド主題,第2主題,ロンド主題の順に少し短縮された形で再現され,コーダになります。コーダでは,一瞬の静寂の後,悲劇的な和音が力強く演奏され,全編の幕となります。(2008/05/31)