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ベートーヴェン Beethoven
ピアノ・ソナタ第21番ハ長調op.53「ワルトシュタイン」

ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中で「3大ソナタ」に次いでよく知られている曲が,この「ワルトシュタイン」ソナタです。知名度ではほんの少し劣るところはありますが,曲の聞き応えやスケールの豊かさの点では,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ中随一かもかもしれません。同時期に書かれた「英雄」交響曲同様,ピアノ・ソナタの分野でのステップアップを象徴するような作品となっています。

この曲の持つのびやかなスケール感は,この曲の作曲に当たってベートーヴェンが使ったエラール製の最新のピアノに負うところがあります。ベートーヴェンは,この楽器の広い音域とダイナミック・レンジの豊かさを非常に効果的に使っています。

もう一つの特色は,2楽章構成だという点です。曲が長大になり過ぎることを心配した友人の忠告によって予定していた緩徐楽章を削除し,緩やかな「つなぎの音楽」に変更したと言われています。そのことによって,凝縮された中に,強いドラマ性が持ち込まれました。この後半の楽章を一続きに演奏するという構成は,その後のベートーヴェンの曲によく使われるようになりました。

この曲のタイトルの「ワルトシュタイン」は,ベートーヴェンの最大のパトロンの一人,ワルトシュタイン伯爵に献呈されていることによります。ワルトシュタインという貴族は,ベートーヴェンを経済的に支援しただけではなく,教養ある年長者として精神面な面での支えにもなりました。この曲の持つ,大らかな広がりはワルトシュタインさんの雰囲気にぴったりと言えそうです。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ,ハ長調,4/4,ソナタ形式
ハ長調主和音(ドミソ)の8分音符の刻みが弱奏で演奏されて曲は始まります。すぐに,低音部と高音部が対話をするようにきらめくような動機的な音型が出てきます。シンプルな作りなのですが,一体何が始まるのだろう,とワクワクさせてくれるような,いかにもベートーヴェン的な始まり方です。これが繰り返され,フォルテに達した後,一旦静かに終止しますが,続く経過部では,さらに力強く盛り上がります。

第2主題は,第1主題と絵に描いたように対照的な性格を持っています。ゆったりと下降した後,じんわりと上向する「癒し系」の主題でホ長調で味わい深く演奏されます。この第1主題と第2主題の対比が,曲全体の懐の広さを醸し出しています。第2主題が繰り返された後,再び,華麗さを取り戻し,高潮していきます。小結尾では新しいメロディが登場し,呈示部を終わります(その後,呈示部が繰り返されます)。

展開部は,まず第1主題のきらめくような音型を中心に徹底的に展開されます。続いて,第2主題の後に続いた3連音の楽想が展開され,クレッシェンドして第1主題を暗示しながら再現部に入っていきます。

再現部は,第1主題の後の経過部が拡大され,第2主題はイ長調で演奏されます。コーダの規模も非常に大きく,第1主題,第2主題ともに再度展開が行われ,最後に第1主題によって力強く締めくくられます。

第2楽章 導入部→ロンド
導入部 アダージョ・モルト,ヘ長調,6/8,3部形式
スケールの大きな両端楽章の間の橋渡しとして,上述のように後から差し替えられた「導入部」で始まります。ちなみに,当初は,現在「アンダンテ・ファヴォリ」という独立したピアノ小品として知られている曲が使われていました。この小品もとても良い曲ですが,バランス的には現在の形の方が冗長さが少ない感じがします。

この導入部ですが,短縮されたとはいえ,大変存在感のある部分です。3部形式で作られており,後期の曲を予感させるような,途切れ途切れに歌われる主題の間に,たっぷりとした穏やかなメロディがしっかりと歌われます。この導入部の最後の音が,長く伸ばされ,そのままロンドに入っていきます。

ロンド アレグレット・モデラート,ハ長調,2/4,ロンド形式
ロンド主題は,シンプルでありながら,これから大きく展開していく予感を感じさせるようなスケールの大きなものです。最初弱音で平静な気分で始まった後,華麗な分散和音が出てきたり,トリラーを伴って高音域に飛翔しながら,一気に盛り上がっていきます。忙しい動きの3連音の動きの経過部の後,その勢いを保ったまま,イ短調で第2主題が演奏されます。

ロンド主題の冒頭部がダイナミックに演奏された後,静かにロンド主題が再現されます。次に今度はハ短調で暗い情熱に満ちた第3主題が演奏されます。ロンド主題による展開風の部分がしばらく続いた後,今度はロンド主題が強い音で堂々と再現します。3連音の経過部もさらに技巧的に華々しく展開されていきます。ロンド主題の冒頭部が繰り返し演奏された後,音を弱めていきます。

ここでテンポがプレスティッシモになり,コーダに入ります。ロンド主題が華やかに変奏され,オクターブの音階や長いトリラーなど様々な技巧を見せつけた後,堂々とした和音で全曲が締めくくられます。(2008/06/01)