ベートーヴェン Beethoven

■交響曲第3番変ホ長調op.55「英雄」
まさにエポック・メイキングな曲です。ベートーヴェンにとっても西洋音楽の歴史にとってもこの曲の前後で時代が変わったと言っても良いくらいです。このことは,それ以前の音楽がダメだという意味ではなく,古典派からロマン派への音楽史の移り変わりを象徴する曲だということです。

まず,これまでの交響曲と比べてスケールが格段に大きくなっています。オーケストラの編成自体は,ほとんど変わらないのですが,演奏時間が1時間近くになっています。こういう化け物のような交響曲が登場したのは,恐らく初めてのことでしょう。当初,ナポレオンに献呈するはずだったが,ナポレオンが皇帝に即位したというニュースを聞くやいなや,ベートーヴェンは「期待を裏切られた!」と怒り,楽譜の表紙を破り捨てた,というエピソードが有名ですが,音楽の中にもそういったドラマが持ち込まれています。2楽章が葬送行進曲となっているのも独創的です。

この曲のオリジナルのタイトルは,イタリア語で「シンフォニア・エロイカ」といいます。このまま,「エロイカ」交響曲と呼ばれることもよくあります(「エロイカ」というのは,英語の形容詞heroicに当たる言葉です)。このタイトルどおり,古典的な形式を取りながらも,強い意志と非常に大きなスケールを感じさせる,クラシック音楽の中でも屈指の名曲となっています。

第1楽章 まず,「ジャン,ジャン」と2発豪快に変ホ長調の主和音が鳴り響きます。これだけで一気に英雄的な雰囲気になります。その後は,この和音を分解して「ドーミ,ドーソ,ドミソド...(移動ド唱法)」とシンプルだけども豊かな雰囲気のある第1主題が低弦で演奏されます(このメロディは,モーツァルトのオペラ「バスティアンとバスティエンヌ」という曲からの転用という説もあります。)。第2主題は,木管楽器群で和音を演奏するような柔らかなものですが,この2つ以外にも,いろいろな旋律が湧き出てきます。この楽章は3拍子なのですが,かなりリズムが不規則になっている箇所があります。強烈なスフォルツァンドが出てきたりして,演奏の仕方によってはかなり過激な雰囲気になる楽章です。

展開部も非常に,念入りに書かれており,大きなドラマを作っています。再現部が終わった後,コーダに続いていくのですが,このコーダも非常に立派で,もう一度展開部が始まるような感じです。なお,コーダで,トランペットによって第1主題が勇壮に出てくる箇所があるのですが,オリジナルの楽譜では,このメロディは途中で消えるような感じになっています。当時のトランペットの性能の限界を反映して,こう書かれたようですが,このままでは不自然なので,この旋律をどう処理するか,ということで解釈が分かれています。

第2楽章 葬送行進曲と題された楽章です。ショパンの葬送行進曲とともに,実用音楽としても使われることも多い曲です。弦楽器によって足を引きずるような葬送行進曲のメロディが登場します。コントラバスのグーっと来る低音が迫力があります。このメロディはオーボエに引き継がれていきます。中間部は,オーボエによって明るいメロディが演奏され,英雄の生前の業績を振り返るような感じになります。その後,最初の葬送行進曲に戻るのですが,今度は,フーガになり,さらに厳格に雰囲気になります。

第3楽章 弦楽器の速い動きの上に木管楽器がリズミカルなメロディを演奏するスケルツォです。この動きはずっと続きます。中間部は,ホルン3本による狩猟の合図のような雰囲気のある,印象的なトリオです。ホルンの和音の響きが美しく,この曲の大きな聞きどころの一つとなっています。

第4楽章 楽章の最初の激しく下降してくるような序奏に続いて,低弦によって「ボン,ボン...」という感じのメロディが出てきます。この音形の上に,変奏が続きます。これはパッサカリアという形式に近いものです。この低弦の主題は,ベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」という曲から取られています。プロメテウスというのは神様の名前ですが,英雄と何かつながりがあるのかもしれません。途中で,オーボエにのびやかな第2主題が出てきます。変奏曲はベートーヴェンが非常に得意とした形式ですが,次から次へと聞きごたえのある音楽が続きます。徐々にテンポを落とし,短調になり,一息ついた後,急にフォルテになり,最後の盛り上がりにつながります。この部分の速さはプレストで,細かい音の動きが続くのですが,この音の動きを綺麗に響かせるため,ゆっくりしたテンポで演奏されることもあります。高低の動きが激しい音の動きが続いた後,この長い曲を締めるのに相応しく,スケール感たっぷりに堂々と結ばれます。(2002/1/21)