ベートーヴェン Beethoven

■交響曲第5番ハ短調,op.67「運命」

すべてのクラシック音楽を代表する1曲です。冒頭の「ジャジャジャジャーン」(あるいは「ダダダダーン」)という部分は,子供から大人まで誰もが知っています。それだけのインパクトの強さを持っている曲です。この有名な部分については,「運命はこのように戸を叩いた」とベートーヴェンが語ったというエピソードがあることから,曲全体についても「運命」というニックネームが付いています(このニックネームは日本なら誰もが知っていますが,外国ではあまり通用しないようです)。多くの人は「運命=ジャジャジャジャーン=ベートーヴェン」といった連想を持っており,このことが良きにつけ悪しきにつけクラシック音楽全体のイメージも作っているようです。

この曲は,第1楽章が圧倒的に有名ですが,それ以外の楽章も通常の名曲レベル以上によく知られています。特に,第3楽章〜第4楽章にかけての「明から暗へ」「苦悩を突き抜けての勝利」といったシナリオは,ベートーヴェンの人生全体におけるモットーのような感じになっています。

楽器編成の点では,ピッコロ,コントラファゴット,トロンボーンが加えられている点が注目されます。当時としてはかなり大きな編成の曲です。これらの楽器は,第4楽章で音の迫力や輝きを増すために大きな力を発揮しています。

日本では,この曲は「運命」という標題音楽として捉えられることが多いのですが,「ジャジャジャジャーン」という基本モチーフをソナタ形式や交響曲という形式の中で執拗に展開した「純音楽」として聞くことも可能です。古典派とロマン派の中間に位置し,交響曲という分野の頂点を築いた音楽ともいえます。CD時代になり,この曲は,マーラー,ブルックナーといった大交響曲の影になりがちですが,いつの時代にも繰り返し聞かれる不滅の名曲であることは確かでしょう。

第1楽章 
誰もが知っている「ジャジャジャジャーン」という「運命のモチーフ」で曲は始まります。このモチーフはベートーヴェンが特に好んだもので,この曲全体で展開されているだけでなく,ピアノ協奏曲第4番,ピアノソナタ「熱情」など別の曲でもそのリズムが顔を出しています。この「ジャジャジャジャーン」ですが,8分休符の後,ハ短調でいきなり出てくるのが素晴らしいところです。この強く鮮やかなモチーフがもう一度繰り返され,フェルマータで伸ばされた後,さらに執拗に展開されます。メロディらしいメロディはなく,ほとんどこの「ジャジャジャジャーン」で埋め尽くされています。

第2主題はホルンによる「運命の動機」に導かれた後,ヴァイオリンによって優美で流れるような感じで出てくるのですが,その伴奏のリズムには,やはり「運命の動機」が使われています。展開部も当然のことながら,このモチーフで埋め尽くされています。エネルギーが高まり,どんどん切迫していったところで,再現部となります。

再現部では,第1主題と第2主題の間で,テンポが遅くなり,オーボエが一節吹く部分が出てきます。この部分だけ,一息着くような感じになるのが非常に印象的です。その後,呈示部ではホルンで出てきた第2主題の導入のモチーフが今度はファゴットで出てきます。コーダは,「運命の動機」を再度展開するような充実したものです。第1楽章は,ほとんど単一のモチーフで埋め尽くされているような印象があるため,非常に引き締まった印象を残してくれます。

第2楽章
2つの主題を用いた変奏曲です。第1楽章とは対照的に低弦を中心としたのんびりとした第1主題が出てきます。続いて,木管楽器によって穏やかだけれども確固とした足取りの第2主題が出てきます。この2つの主題が交互に変奏されて登場します。途中,大きく盛り上がるところもありますが,前の楽章の雰囲気と対照的に非常に落ち着いた雰囲気を持った楽章となっています。

第3楽章
3部形式のスケルツォです。ここでも最初は地の底から湧き出てくるような低弦の主題で始まります。続いて,ホルンの「運命の主題」のリズムが力強く出てきます。中間部も低弦の見せ場となります。この部分はベルリオーズが「象のダンス」と呼んだそうですが,ちょっとギクシャクした雰囲気のある主題がコントラバスなどで出てきます。この主題は,段々と高い弦楽器に移っていき,フガートになっています。続いて,最初の部分がちょっと変形されて再現されます。その後,だんだんと静かになっていきます。不気味にうごめきつつ,密かにエネルギーを溜め込んでいくような雰囲気には,非常に緊迫感があります。そして,このまま第4楽章に移っていきます。

第4楽章
第3楽章の最後の短調の部分から,ハ長調に切り替わったとたん,大爆発を起こしたかのように,「ドー・ミー・ソー」と力強く第1主題が出てきます。この「暗から明へ」の単純明快な転換は,ベートーヴェンの信条そのものを率直に表しています。分かってはいるけれども,聞いていると自然にエネルギーがみなぎってくるような部分です。第2主題は,ヴァイオリンで弾むように上向きのメロディが演奏された後,逆向きに下がってくる,ちょっとユーモラスなものです。展開部はこの楽しげな第2主題を中心に展開されますが,途中で第3楽章の不気味なスケルツォが顔を出します。ここで再度,第3楽章から第4楽章に移る時と同様の雰囲気になった後,第1主題が豪快に再現します。第2主題が出てきた後,非常に高揚感のあるコーダになります。最後の方は,念を押すかのように「ジャン・ジャン・ジャン...」としつこい,しつこいエンディングとなります。分かってはいるけれども大いに盛り上がる,素晴らしい結末です。(2002/09/05)