ベートーヴェン Beethoven

■交響曲第6番ヘ長調,op.68「田園」
ベートーヴェンの作った交響曲には,いくつか標題のついている作品がありますが,実は,この「田園」交響曲だけがベートーヴェン自身がタイトルを付けたものです(シンフォニア・パストラーレというネーミングです)。この曲は,ウィーン郊外のハイリゲンシュタットの初夏の情景を描いたと言われていますが,”絵画ではなく,感情を表現したもの”とベートーヴェン自身,この曲について語っています。とはいえ,最初の数秒を聞いただけで,田園光景が目に浮かぶような非常に絵画的な曲であることは事実です。標題音楽,交響詩,そして映画音楽の先駆とも言えます(実際,映画「ファンタジア」では,この曲が映画音楽として使われています)。

この曲は,交響曲第5番と同時期に作曲されており,初演も同じ日に行われています(カール・ベームがウィーン・フィルと1977年に来日した時にこの2曲を組み合わせたプログラムで演奏会を行なっています。余談になりますが,これをFM放送で聞いたのが私のクラシック音楽鑑賞の原点です。)。好対照の2曲ですが,後半の楽章が切れ目なく演奏されている点などは共通しています。ベートーヴェンの偶数番の交響曲は穏やかで明るい雰囲気の曲が多いと言われていますが,その典型的な作品と言えます。

第1楽章「田園に到着したときの朗らかな感情の目覚め」
ベートーヴェンの交響曲の第1楽章は”アレグロ・コン・ブリオ”という力強く,立派なものが多いのですが,この曲は例外的に非常にのどかな雰囲気になっています。冒頭低弦の持続音の上に民謡風で田園的な第1主題が登場します。この軽やかな主題の後,フェルマータが付いて,ちょっと一息つくのは実は,第5交響曲の「ダダダダーン」の後のフェルマータの使い方と似ています。この主題の中の「ドシラソド」の部分は,後で結構しつこく繰り返されます。第2主題は優しく下降してくる音型で弦楽器の後,木管楽器に引き継がれます。この主題の対旋律も美しいものです。

展開部は主に第1主題を使っています。劇的な展開はありませんが,穏やかに色彩を変えて行きます。同じ音型の繰り返しが続き,徐々に盛り上がって行った頂点で,第1主題が元気に出てきて再現部になります(こういう登場の仕方も第5交響曲と似ています)。間もなく第2主題も再現します。木管と弦楽器の明るく軽やかな対話によるコーダで楽章が結ばれます。

第2楽章「小川のほとりの情景」
小川が静かに流れる情景を暗示する第1主題で始まります。12/8拍子で書かれているのが非常に効果的です。弦楽器の細かい動きが一環して続く上に,可愛らしい感じのメロディが「タララララ」という感じで出てきます。第2主題も穏やかに上がったり下がったりするような流れるようなメロディです。その他にもファゴットやチェロに出てくる歌うようなメロディなど,流れるようなメロディが次々と出てきます。

この楽章の展開部もとても穏やかなものです。再現部の後,田園交響曲ならではのアイデアに溢れた部分になります。フルートでナイチンゲール,オーボエで鶉(うずら),クラリネットでカッコウを真似た音型が演奏されます。これが繰り返された後,楽章が静かに終わります。

第3楽章「農民たちの楽しい集い」
この楽章から最後までは切れ目なく演奏されます。第3楽章はスケルツォに相当します。ベートーヴェンにしては,とても陽気で上機嫌なユーモアに溢れた楽章となっています。ベートーヴェン版「音楽の冗談」といった感じがあります。

最初の歯切れの良い主題の後に続く,いかにも田舎風のメロディも楽しいし,わざと変なタイミングで入ってくるファゴットもユーモラスです。トリオの部分は,ちょっと野性的な感じになり,低音楽器が活躍します。最後は,最初の主題がアッチェレランドし(段々速く),途中でフッと切れるような感じで次の楽章に入っていきます。

第4楽章「雷雨,嵐」
非常に描写的な楽章です。低弦がおどろおどろしく出てきて,遠雷のような雰囲気を出します。続いて出てくる,ヴァイオリンの半音的な音の動きも不気味です。続いて,雷が近くで落ちたような激しい音の部分になり,下降するようなメロディが出てきます(岩城宏之さんの書いた文章によると「ウィーンの本場の雷をリアルに描いている」とのことです)。ティンパニの一撃,低弦の動きなど,雷雨の雰囲気がよく出ています。ピッコロなども出てきて,クライマックスを築いた後,次第に嵐は弱まり,雷の音も遠ざかっていきます。楽章の最後では,オーボエ,フルートによって次の楽章につながる穏やかなメロディが出てきます。

第5楽章「牧人の歌,嵐の後の喜ばしい感謝の感情」
クラリネットとホルンで,牧人の笛のような「ドーソーミ,ドーソーミ...」というのどかな主題が出てきます。これに導かれてヴァイオリンが優雅な第1主題を演奏します。嵐の後に聞くと本当にほっとします。第2主題は下降してくるようなメロディでとても感動的に響きます。再度,第1主題が出てきた後,展開部になります。新しい主題も出てきてのどかに進んでいきます。再現部の後のコーダでは,第1主題がのどかに,そしてちょっと名残惜しそうに演奏されます。ホルンが「ドーソーミ,ドーソーミ」と演奏する中,すっきりとした風情で結ばれます。(2003/03/31)