ベートーヴェン Beethoven

■交響曲第7番イ長調,op.92

ベートーヴェンの交響曲にはニックネームの付いたものがいくつかありますが,付いていない曲の中ではいちばん人気のある曲です。「運命」「田園」などがあまりにポピュラーになった現在,かえって,ニックネーム無しのこの曲あたりがいちばん人気かもしれません。そういう区別をするまでもなく,ベートーヴェンの革新的な側面のよく出た名曲です。

この曲の魅力は,何といってもリズムにあります。この曲については,作曲家のリストは「リズムの神化」と呼び,ワーグナーは「舞踏の聖化」と呼んでいます。その他,ディオニソス的な曲と呼ばれることもあります。このディオニソスというのは,ギリシャ神話に出てくる酒の神様の名前で,バッカスとも呼ばれます。この曲は,単純に言うと,盛り上がった宴会のような音楽といえます(ちなみに,「ディオニソス的」の対になる言葉は「アポロ的」です。ベートーヴェンの第4番あたりがそう呼ばれることが多いようです。)。第2楽章はちょっとしんみりとした雰囲気になりますが,それ以外は勢い良く一気に曲が流れていきます。ノリの良さ,という点では,ベートーヴェンの交響曲のみならず,あらゆる交響曲の中でも一番かもしれません。

第1楽章
まず,「ジャーン」という強奏で始まります。英雄交響曲も「ジャン」で始まりますが,第7番の序奏の方はかなり長く続きます。ベートーヴェンの交響曲の中ではいちばん立派な序奏かもしれません。ダイナミックな中に管楽器のソロが入って来たりして,非常に聞き応えがあります。この充実した序奏の後,第1主題が出てきます。序奏から第1主題部に切り替わる瞬間の間合いの面白さも聞き所です。第1主題は木管楽器による「タッタカ,タッタカ」という付点音符の入った軽快なリズムに乗って始まります。まずフルートによって楽しげに演奏されたあと,オーケストラ全部で豪快に演奏されます。第2主題も朗らかな感じですが,一貫して「タッタカ,タッタカ」というリズムの上に乗っていますので第1主題との区別はつきにくいかもしれません。

展開部になってもこの基本リズムが延々と続きます。ベートーヴェンの性格のしつこさ(?)を表しているようですが,ノリの良さを重視する現代のポップスの原点はこのあたりにあるような気もします。再現部になっても基本リズムは続きます。コーダでは,低音楽器が同じような音型を延々と繰り返す中(バッソ・オスティナートと呼ばれます),どんどんと迫力を増していき,基本リズムが続く中,豪快に結ばれます(個人的な思い出になりますが,子供の頃,フルートで出てくる第1主題に併せてスヌーピーが楽しく踊るアニメーションを見たことがあります。その記憶が抜けなくて,この曲を聞くたび,私の頭の中ではスヌーピーが出てきて困っています。それだけ音楽によく合った映像でした)。

第2楽章
この曲の中では唯一叙情的で短調の楽章です。ただし,楽譜の指定ではアレグレットとなっており,ベートーヴェンは遅い楽章をイメージしていたのではないようです(ベートーヴェンの速度記号は当てにならないようですが)。叙情的とはいえ,「ターンタタ,タン,タン」というリズムは一貫しており,「リズムの交響曲」の2楽章にふさわしいものになっています。この楽章の主要主題なのですが,基本的に「ミーミミ,ミーミー」と同じ音を演奏ているだけです。それなのに,非常に魅力的です。それは,この上に美しい対旋律が次々と加わってくるからです。まず,チェロとヴィオラで甘い旋律が加わってくるのですが,徐々に迫力を増してきて,力強く,聞き手に迫ってきます。

中間部は,クラリネットなどによって明るく幸せな感じになります。その後,第1部が再現されるのですが,ここでは,途中でフーガのような感じになります。というわけで,英雄交響曲の第2楽章の葬送行進曲と同じ構成ということになります(そういえば,この楽章も葬儀などで使われることがよくあります。)。

第3楽章
スケルツォです。速い3拍子のリズムが一貫して続く中,スタッカートで音が下がっていくような主題が出てきます。ユーモアを感じさせるような強弱や休符がついていたりして,楽しめる楽章になっています。トリオでは,クラリネットなどによってのどかな民謡のようなメロディが出てきます。テンポがぐっと落とされ,気分がガラっと変わるのが聞きものです。このトリオのメロディは楽章の最後にも一瞬出てきます。

第4楽章
「タンタカタン,タンタカタン」という序奏に続いて,「ワン・ツー,ワン・ツー」という感じで2拍目にアクセントのある非常にノリの良い主題が出てきます。この最初の「タンタカタン」はこの楽章の基本的なリズムとなっています。弦楽器の方は,このリズムに乗って細かい音の動きを続けます。この主題はロシア民謡が元になっているという説があります。第2主題の方は,音が飛び跳ねるようなユーモラスなものですが,短調に変わったりしてかなり表情に変化があります。この楽章はこの調子でスピード感のある熱狂的な雰囲気が延々と続きます。

展開部は,同じ気分のまま第1主題を中心に処理されていきます。再現部の後,全曲を結ぶコーダとなりますが,ここでは第1楽章のコーダ同様,低音楽器による持続音が出てきます。この低音の動きが,クライマックスの迫力と熱狂をさらに高めています。生で聞くと必ず盛り上がる曲です。恐らく,すべてのクラシック音楽の中でももっともエキサイティングな楽章の一つでしょう。(2002/05/18)