ベートーヴェン Beethoven

■ヴァイオリン協奏曲ニ長調,op.61

ブラームス,チャイコフスキー,メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とこの曲をあわせて「4大ヴァイオリン協奏曲」と呼ばれることがありますが(「3大...」という呼び名もありますが,そうなるとどれを落とすべきなのでしょうか?),その中でも時間的にいちばん長い作品です。その意味では「ヴァイオリン協奏曲の王」とも言えるスケールの大きな作品なのですが,曲全体としては威圧的な部分は少なく,ベートーヴェンの穏やかな側面を代表する曲となっています。ベートーヴェンの曲の中でももっともメロディアスで幸福感に溢れた親しみやすい曲といえます。この作品が書かれたのは,ベートーヴェンの人生の中で「傑作の森」と呼ばれる充実した時期なのですが,その中でも特に大きな存在感を持った曲となっています。この曲は,カデンツァを除くとヴァイオリンの技巧を派手に誇示するような箇所が少ないのも特徴です(演奏者にとっては見た目以上に弾き難い曲らしですが)。長丁場であることとあわせて,ロマン派の難曲とは違った面で演奏するのが難しい曲といえます。なお,この曲には,ベートーヴェン自身がピアノ協奏曲に編曲したものもあります。

第1楽章
いきなり「トン・トン・トン・トン」とティンパニの弱音の連打で始まります。この響きは,赤ん坊が胎内で聞く音に近いのではないか,という話を聞いたがありますが,そのせいか,妙に気分が落ち着きます。このモチーフはベートーヴェンらしく,楽章を通じて要所要所に出てきます。続いて,オーボエで牧歌的な第1主題が出てきます。この後,ヴァイオリンが出てくるまでの呈示部はかなり長いのですが,全く退屈することはありません。交響曲を聴くようなスケール感があります。第2主題の方もオーボエで登場します。この主題は音階を上って下がっていくだけのようなメロディなのですが,非常に魅力的です。この後も牧歌的でスケール感のある展開が続き,ぐっと盛り上がってきます。管弦楽による呈示部が終わると,待ちに待ったヴァイオリン・ソロが登場します。ヴァイオリンがスルスルと腕慣らしのように入って来た後,第1主題を非常に魅力的に歌い初めます。ここでも冒頭のティンパニのモチーフが聞かれます。第2主題の方は再度木管楽器で登場します。これをヴァイオリンが引き継いでいき,協奏曲らしく華やかに動いていきます。

展開部は管弦楽で始まり,力強く展開していきます。この辺も交響曲のような雰囲気があります。ヴァイオリンが再度,腕慣らしのように入ってきた後,じっくりと歌いこまれていきます。再現部は,オーケストラと独奏ヴァイオリンが一緒になって第1主題を歌って始まります。楽章最後にはカデンツァが置かれています。ベートーヴェン自身のものは残されていませんが,クライスラーのものがいちばんよく演奏されるようです(ギドン・クレーメル独奏のCDでは,シュニトケ作曲によるティンパニ入りの変わったカデンツァを聞くことができます。ベートーヴェンがピアノ協奏曲用に編曲したものにはベートーヴェン自身のカデンツァが残っているので,これを演奏する人も時々いるようです)。カデンツァの後は,第2主題が再度登場し,ぐっと盛り上がって終わります。

第2楽章 
変奏曲と3部形式が合わさったような楽章になっています。主題は弱音器をつけた弦楽合奏で穏やかに演奏されます。この主題がまずクラリネット,ホルンで変奏されます。これに独奏ヴァイオリンが絡み合ってきます。ファゴットが主題を演奏した後,中間部では独奏ヴァイオリンが甘いメロディをたっぷりと演奏します。この後,最初の部分が再現しますが,いくらか変形されています。独奏ヴァイオリンが短いカデンツァを演奏した後,次の楽章に休みなく入っていきます。

第3楽章 
楽しくリズミカルでしかも力強いロンドです。飛び跳ねるようなちょっとユーモラスなロンド主題が,独奏ヴァイオリンでいきなり始まります。これにオーケストラがダイナミックに応答します。副主題は,大きな跳躍の後,甘美なメロディが続くものです。もう一つの副主題はセンチメンタルなものです。これらの主題が入れ代わり立ち代り登場します。カデンツァがあったあと,コーダを兼ねた感じでロンド主題が登場します。最後に名残惜しさの中にもとぼけた感じで独奏ヴァイオリンによるロンド主題が登場し,曲は明るく結ばれます。(2002/05/18)