ビゼー Bizet

■歌劇「カルメン」
カルメンは,非常に人気の高い作品です。フランス語で上演されるオペラの中ではいちばん有名な作品でしょう。隅から隅まで名曲ぞろいという感じです。物語は,メリメの原作に基づいていますが,歌劇「カルメン」の人気によって原作の方も有名になったところもあるようです。

カルメンは,地のセリフ入りのオペラ・コミック・スタイルで書かれましたが,通常は,セリフ部分をレチタティーヴォで歌い,ダンスシーンが入るグランド・オペラ形式で上演されます。初演は,「柄の悪い人物が大勢出てきて,人殺しが起こる」ということで,評判が悪かったようですが,公演を重ねるにつれ人気が出てきました。カルメンという役は,美声でアリアを歌うだけの役とは違い,演劇的な要素が不可欠です。ストーリーも非常にドラマティックです。「演劇としても十分楽しめる=退屈しない」というのがこの作品のいちばんの素晴らしさではないかと思います。

なお,ビゼーは,一度もスペインに行ったことがありません。原作者のメリメの方も,フランス人です。一般的には「カルメン=スペイン風」と思われていますが,厳密には,フランス人が想像で描いたスペインということになります。それだけ,ビゼーの音楽に説得力があるといえます。

カルメンは,演奏会で取り上げられる場合は組曲として演奏されることが多いようです。各幕への前奏曲を4つセットにした第1組曲とオペラの中の有名な曲を管弦楽で演奏する第2組曲があります。その他,シチェドリンが弦楽合奏と打楽器のために編曲した組曲も有名です。

●舞台
1820年頃。スペイン,アンダルシア地方のセヴィリア

●主な登場人物
ドン・ホセ(T):竜騎兵/カルメン (Ms):ジプシーの女
エスカミーリョ (Br):闘牛士/ミカエラ (S):ホセの許婚
メルセデス(S):カルメンの仲間のジプシー/フラスキータ(Ms):カルメンの仲間のジプシー
スニガ(B):隊長/ダンカイロ:輸入業者,レメンダート:輸入業者

●あらすじ
兵士ドン・ホセは,故郷に許婚がいるにも関わらず,ジプシーの女カルメンに誘惑され,本気になってしまいます。隊長スニガにも反発し,軍隊から抜け,密輸団に加わってしまいます。一方,カルメンの方は,ホセに飽きてしまい,闘牛士のエスカミーリョに鞍替えします。ホセはカルメンのことあきらめきれず,カルメンから指輪を投げ返されたのに腹を立て,闘牛場でカルメンを殺してしまいます。

●第1幕:セヴィリアの町のタバコ工場前の広場
前奏曲
演奏会のアンコールなどでもよく演奏される有名な曲です。オペラの中の有名な主題が組み合わさって出てきます。冒頭のテーマは,4幕の闘牛士の入場の行進の場に出てきます。中間部に出てくるのは,「トレアドール...」と歌われる「闘牛士の歌」のメロディです。演奏会では,再度,入場行進の曲が出てきて華やかに終わるのですが,オペラでは,その後に,宿命のテーマとも言える不吉な主題が続いて出てきます。このテーマは,オペラの中でたびたび登場する重要なものです。後で降り返ると,この1曲にオペラ全体がうまく集約されていることに気付きます。

情景と合唱
兵士が広場を通る人たちを眺めているシーン。ミカエラがホセに会うために登場しますが,不在だったので立ち去ります。

町の子供たちの合唱
子供たちが,衛兵の交代を子供が真似する合唱。ストーリーに全く関係ない曲ですが,親しみやすくて楽しい曲です。スニガとホセが残ります。

タバコ工場の女工たちの合唱「空中を目で追って行く」
昼休みになり,タバコ工場の女工たちが集まってきます。男たちは,「カルメンはどうした」といって登場します。宿命のテーマの変形を伴ってカルメンが登場します。

ハバネラ「恋は野の鳥」(カルメン)
チェロの演奏するハバネラのリズムにのって「恋は野の鳥...」と歌い始めます。この曲は,通常のオペラのアリアとはかなり雰囲気が違います。このことは,カルメンという役柄全体について言えることですが,歌の中にも演技力が必要な曲でしょう。カルメンは,この曲を歌いながら,自分に関心を示さないホセを誘惑します。後半では,カルメンの歌に応じて,男声合唱の合いの手が入ります。

情景
カルメンは,ホセに近づき手にした赤い花をホセに投げつけ立ち去ります。赤い花はバラだと思われているようですが,原作ではアカシアの花のようです。一人残ったホセは,カルメンの魅力にひかれ,その花を拾い上げます。ここでも宿命のテーマが鳴り響きます。

二重唱(ミカエラ,ホセ)
そこにミカエラがやって来ます。ホセは花を懐中に隠し,再会を喜び合います。2人で故郷を思い出す美しい二重唱が歌われます。

合唱
工場内で異変が起こり,荒々しい音楽になります。カルメンと別の女工との喧嘩だと早口でわめくような女声合唱です。カルメンがホセにひきたてられて姿を表します。

シャンソンとメロドラマ
スニガがカルメンを訊問しますが,「トラ・ラララ」と鼻歌まじりで振る舞い,牢送りになります。この「トラ・ラララ」というような歌い方は,この曲の中ではよく出てきます。ホセに彼女の手を縛らせますが,カルメンは,ホセを誘惑し始めます。

セギディーリア「セヴィリアのとりでの近く」と二重唱(カルメン)
カルメンの歌う歌では,ハバネラ同様有名です。速い3拍子のスペイン舞曲で,「リリアス・パスティアの酒場に行こう」とホセを誘います。

終曲
カルメンの護送役を命じられたホセは,カルメンに逃がしてくれとささやかれます。紐を緩めたホセは,カルメンに突き倒され,カルメンは高笑いを残して逃げ去ります。

●第2幕:セヴィリアの町外れにあるリリアス・パスティアの酒場
間奏曲
「アルカラの竜騎兵」とも呼ばれる曲です。ファゴットの素朴なメロディで始まります。その後も木管楽器が活躍します。

ジプシーの歌「にぎやかな楽のしらべ」
カルメンが仲間と一緒に踊り,歌うジプシーの歌です。2本のフルートで始まるエキゾチックなメロディに続き,カルメンが歌い始めます。ここでも「トラ・ラララ」が出てきます。フラスキータとメルセデスも加わり,次第にテンポ・アップしていきます。カルメン全曲の中でもいちばん盛り上がる曲でしょう。

合唱
「闘牛士ばんざい」の歓声に送られて人気闘牛士エスカミーリョが登場します。

闘牛士の歌(エスカミーリョ)
有名な闘牛士の歌を歌います。中間部の「トレアドール」で始まる部分は,第1幕への前奏曲の中間部に出てきたメロディです。このメロディは,エスカミーリョのテーマともいえます。エスカミーリョは退場します。

五重唱「うまい話がある」
密輸入者の仲間5人による早口のアンサンブルです。うまい話があるが,それには女の助けが必要,という内容です。この早口の歌は,密談の様子をうまく表現しています。

カンツォネッタ
ホセがアルカラの竜騎兵のメロディを歌いながら登場。

二重唱「トラ・ラララ」(カルメン,ホセ)
カルメンは,自分を逃がしてくれたお礼にカスタネットを手に歌います。ここでも「トラ・ラ・ラ・ラ」が出てきます。そこに遠くから帰営ラッパが聞こえてきます。ホセは帰らないといけないと言うが,カルメンは激怒します。

花の歌「おまえが投げたこの花は」(ホセ)
ホセは,懐中からいつかの花を取り出し,カルメンに向かって有名な「花の歌」を歌います。カルメンに対する真情を歌ったドラマティックな曲で,高音を堪能できます。ホセのいちばんの見せ場です。

終曲
スニガが尋ねてきて,ホセに一緒に帰ろうと命令しますが,ホセは従わないので決闘になってしまいます。密輸入者たちがやってきて,スニガを取り押さえ,ホセは,密輸入者の仲間入りをすることになってしまいます。このことを喜ぶ合唱で第2幕は結ばれます。


●第3幕:寂しい山中の密輸入者たちの根城
間奏曲
「アルルの女」のメヌエットのように,ハープの分散和音の上にフルートの牧歌的メロディが演奏されます。実際,この曲はもとは「アルルの女」のために作られたものです。

6重唱と合唱
数人のジプシーが弱音で演奏される行進曲にあわせて密輸の荷物を運んでいます。ダンカイロ,レメンダート,ホセ,カルメン,フラスキータ,メルセデスの6人が「危険を恐れず出かけよう」という6重唱を歌います。ホセは,カルメンの機嫌を取るように話し掛けますが,カルメンは「以前ほど愛していない。束縛されるのは嫌」と答え,ホセは憤然とします。

カルタの3重唱「まぜて!切って!」(カルメン,フラスキータ,メルセデス)
フラスキータ,メルセデスの2人がカルタで占いをしています。カルメンも占ないを始めますが,どういうわけかカルメンの方は凶ばかり出ます。ここでも,フルートで宿命のテーマが弱く演奏され,その後,半音階的に下降する悲劇的な音型が出てきます。他の2人の楽しそうな気分と好対照を作っています。

アンサンブル
3人は退場し,ホセは見張りの場につきます。

アリア「なんの恐れる事がありましょう」(ミカエラ)
カルメンと対照的なキャラクターを持つミカエラの有名なアリアです。ノクターン風のホルンの序奏に続き,無気味な山中にいる恐怖感とホセの母からの手紙を渡さないといけないという決意を優美に歌います。その時,ホセが発砲するので,ミカエラは岩陰に隠れます。

2重唱(ホセ,エスカミーリョ)
エスカミーリョも登場し,二人が鉢合わせします。二人ともカルメンを愛していることがわかり,決闘となります。ホセがまさに突き刺そうとしたところに,カルメンたちが割って入ります。

終曲
エスカミーリョが「互角の勝負だ」と行って立ち去ります。そこにミカエラが登場し,ホセの母が帰りを待っていると訴えます。カルメンも帰るようにすすめます。母が重態だということも知り,ホセは,渋々下山します。

遠くから,エスカミーリョの歌う闘牛士の歌が聞えてきて,カルメンはその方に駆け寄ります。それをみたホセは嫉妬に駆られますがが,人々に止められ我に帰り,ミカエラと下山します。

●第4幕:セヴィリアの闘牛場前の広場
間奏曲
アラゴネーズとも呼ばれるスペイン色豊かな曲。打楽器のキビキビとしたリズムに乗った全合奏に続いて,オーボエの哀愁を帯びたメロディーが出てきます。その後にタンブリンの伴奏の上にピッコロとクラリネットによる舞踏的なメロディが出てきます。

合唱
ここではよくバレエが加えられます。闘牛場前の雰囲気を表しています。

行進曲と合唱
第1幕への前奏曲の冒頭に出てきた有名な行進曲の旋律がファゴットに出てきます。「来たぞ,来たぞ」という児童合唱が雰囲気を盛り上げ,行進曲がどんどん盛り上がって行きます。闘牛士が何人か闘牛場に入って行き,最後にスターのエスカミーリョとカルメンが登場します。エスカミーリョは闘牛場の中に入ると,フラスキータとメルセデスがホセが来ているから注意した方が良いとカルメンに忠告します。1人になったカルメンにホセが近づいてきます。無気味な旋律や宿命のテーマが響きます。

二重唱と合唱
カルメンは,ホセに「二人の間はおしまい」と冷たく答えます。カルメンをあきらめきれないホセの情熱と苦悩が伝わるような音楽が続きます。

場内から行進曲にのって万歳の歓声がわきあがります。その一方で不吉な宿命のテーマもたびたび表われ,緊張が増して行きます。ホセに貰った指輪をカルメンが投げ付けると,ホセは隠し持った短刀でカルメンを刺します。ホセは,呆然と崩れるようにひざまずき,ドッと出てきた観客の前で「俺が殺したのだ」と泣き叫びます。最後の方のホセは,かなしつこく,現代風に言うと「ストーカー殺人」ということになります。音楽も非常にドラマティックで効果的です。(2001/10/13)