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ブラームス Brahms
ピアノ四重奏曲第3番ハ短調op.60

ブラームスの最後のピアノ四重奏曲であるこの曲について,ブラームスは「この楽譜の扉に,ピストルを頭に向けている人の姿を書くと良いでしょう...」などという少々物騒なことを語っています。この曲は,1875年に出版されていますが,構想し始めたのはブラームスの恩人であるシューマンがライン河に身を投げ,その後,精神病院に収容された1854年です。

シューマンの悲劇とその妻クララに対するブラームスの絶望的な愛が反映した曲ということで,実らない愛に対するドイツ人の態度の一つの典型を描いた作品であるゲーテ作「若きウェルテルの悩み」を思わせる気分を持った作品となっています。そのこともあり,この曲は「ウェルテル四重奏曲」と呼ばれることがあります。

曲は構想から完成までに20年も費やしていることから,友人ヨアヒムなどのアドバイスを受けながら,途中いろいろと改訂が加えられています。初演はブラームスのピアノとヘルメスベルガー四重奏団のメンバーによって1875年にウィーンで行われています。

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ,ハ短調,3/4,ソナタ形式
自殺の感情を表すと言われる悲劇的な楽章です。冒頭,フォルテで演奏されるピアノの音に続いて,弦楽器が「ターラ,ターラ」と不吉な感じで演奏する第1主題を演奏します。下降音型は,この楽章全体の印象を決めている重要なモチーフです。その後,弦を伴奏として第1主題の第2句がピアノに現れます。転調が繰り返される経過部の後,滑らかに下降して行く抒情的な第2主題部となります。ここでは,変奏の形で主題が4回繰り返されるという独特の書法が取られています。

呈示部が静かに終わった後,展開部となります。この部分は2部からなっていますが,第1部は冒頭の下降する動機と第1主題第2句が中心に扱われます。いずれも持続音から始まる点が共通しています。第2部は,持続音の上で第2主題の第2変奏を基にしたカノンが展開されます。次第に迫るような切迫した気分を作ります。その頂点で4つの楽器がユニゾンでトの音を出した後,第1主題が出てきて再現部に入って行きます。

再現部では,第1主題の方がかなり省略されており,抒情的な第2主題が中心となっています。形は少し違っていますが,ここでも4つの変奏が行われます。楽章の最後は,情熱を秘めた大らかな雰囲気で結ばれます。

第2楽章 スケルツォ,アレグロ,ハ短調,6/8,3部形式
ブラームスがヨアヒムのために書いた「F.A.E.ソナタ」のスケルツォと似た楽章となっています。はじめのうちはピアノ中心で弾むような主題が演奏されますが,だんだんと弦とピアノの対話風になり,さらに生き生きとした感じで進んでいきます。この楽章でも第1楽章で出てきた下降する動機や,持続音が印象的です。

第2部は,やや明るくなり表情豊かになりますが,ここでも刻むような音が持続し,第1部と大体同じようなペースでリズミカルに進んでいきます。第3部は第1部の再現です。結尾の部分での長く伸ばされた弦楽器の音が強い印象を残しながら楽章が閉じられます。

第3楽章 アンダンテ,ホ長調,4/4,ソナタ形式
第1楽章,第2楽章が暗い雰囲気が中心だったのに対し,この楽章はホ長調となり,安堵と落ち着きに満ちた楽章となっています。まず,チェロによって,沈んでいくように深い感情が込められた第1主題がゆったりと演奏されます。このメロディは大変印象的です。これがいろいろな楽器によって引き継がれて行きます。第2主題は対位法的に作られていますが,全体に優美な雰囲気があります。落ち着いた気分が持続する展開部の後,公式どおりの再現部となり,静かに楽章が閉じられます。

第4楽章 アレグロ・コモード,ハ短調,2/2,ソナタ形式
細かい音の動きを持ったピアノ伴奏の上でヴァイオリンが暗さと伸びやかさを兼ね備えたような第1主題を歌います。その後,他の楽器が加わり,ベートーヴェンの「運命」の動機のような音型が出てきたりして,情熱的に進んでいきます。ヴァイオリンとヴィオラに出てくる第2主題は,第1主題と同じような雰囲気を持っています。その後,賛美歌を思わせるような印象的な部分となって呈示部が終わります。

展開部では第1主題の冒頭の部分を中心に扱われますが,気分は穏やかなものになっています。ピアノの方には,「運命」の動機が時々登場します。その後,テンポが速くなり,大きく盛り上がったところで再現部になります。ここでは弦楽器がユニゾンで動くため,呈示部とはかなり違った雰囲気になっています。第2主題,賛美歌風のメロディが再現された後,楽章全体のコーダとなり,再度展開部が始まるような感じになります。最後はピアニシッモから急にフォルテの和音となってきっぱりと結ばれます。(2007/04/01)