ブラームス Brahms

■交響曲第3番へ長調,op.90
ブラームス50歳の1883年の夏,避暑地のヴィースバーデンで書かれた交響曲。交響曲第2番がそうだったように,ブラームスとしてはかなり速いペースで書き上げられました。ブラームスは交響曲第2番から第3番までの6年間の間にイタリアに3回旅行していますが,この曲にはその影響があると言われています。旋律を大きくたっぷりと歌わせる部分が魅力となっています。

その一方,50歳になったブラームスの渋い作風も顕著です。第4番に通じる諦観に似た情緒が漂い,曲の内側で情熱が渋く燃えるような曲となっています。ところどころ感情的な高ぶりはあるのですが,どの楽章も静かに消えるように終わるのが特徴です。そのこともあり,ブラームスの他の3つの交響曲比べると演奏される機会は少な目です。

初演はハンス・リヒター指揮ウィーン・フィルによって行われています。リヒターは,この曲を,ブラームスの「英雄」交響曲と呼んだことで知られています。この曲には,流れるような豊かさはあるものの,上述のとおりどの楽章も沈むように終わるので,ヒロイックな高揚感はありません。また演奏時間もブラームスの交響曲の中ではいちばん短いものです。結局,「第3番」という番号が共通しているだけで,このネーミングは,それほど普及しておらず,”イマイチ”という感じのニックネームとなっています。

曲の構成は,いつものブラームスどおり,大変きっちりとしたものです。第1楽章冒頭のファ・ラ♭・ファという3つの音の基本モチーフが全曲を統一しています。こういう発想は,交響曲第2番と同じですが,第3番の場合,このモチーフは,第1楽章全体と第4楽章の最後に出てくるだけです。

このF-A-Fという音の動きは,"Frei aber froh(自由にしかし楽しく)"というブラームスが若いころから唱えていたモットーを意味していると言われています。その割に楽しく響かないのは,「A」の音にフラットが付いているためです。短調なのか長調なのか判然としない雰囲気もこの曲の特徴の一つです。

楽器編成は,フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,コントラファゴット,ホルン4,トランペット2,トロンボーン2,ティンパニ,弦5部です。この中では特にブラームスが晩年愛したクラリネットの活躍が目立ちます。なお,この曲には,ブラームス自身による2台ピアノ版も残されています。

第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ ヘ長調 6/4 ソナタ形式
曲の冒頭,管楽器によって「ファー・ラー・ファー」の3音からなる基本モチーフが出てきます。このモチーフは,この楽章中で何回も出てきて,楽章の統一感を作ります。続いて,ヴァイオリンが高音で熱のこもった第1主題を演奏します。この部分では冒頭のモチーフは低音部に出てきます。この主題はヘ長調ということなのですが,短調に向かいがちで,寂しさも秘めています。

慰めるような経過部のあと後,一旦休符が入り,パッと気分が変わるようにクラリネットによって柔らかい第2主題が9/4拍子で演奏されます。このメロディはチェロとオーボエに受け継がれます。他の木管楽器もこれに絡みます。このメロディはヴァイオリンの新しいメロディによって途切れ,小結尾になります。管楽器が下降するようなアルペジオの音型を演奏した後,弦楽器を中心とした高揚した気分を作り,呈示部を終わります(繰り返しの指示あり)。

展開部は展開部の盛り上がりを受けて暗い情熱を湛えた動きを持って始まります。次第に情熱的になっていきますが,これが静まるとホルンが静かに基本モチーフを出します。いかにもブラームス的な気分の部分です。その後,テンポを落とし,ファゴットと低弦に第1主題が暗示されます。テンポが楽章の最初のものに戻り,基本モチーフが大きく出て,再現部になります。

再現部は,一部省略がありますが呈示部とほぼ同様に進みます。第2主題はニ長調で再現されます。呈示部と同様,高揚した気分を作った後,コーダに入っていきます。ここでは基本モチーフの変形が出された後,第1主題へと導かれます。第2の展開部になったように高揚し,そのクライマックスになった後,静かに回想的な気分となり,ふくらみを持った和音で穏やかに結ばれます。

第2楽章 アンダンテ ハ長調 4/4 3部形式
素朴で平安な気分を持った楽章。この楽章ではトランペットなどの刺激的な音の楽器は使われません。まず,クラリネットを中心とした木管四重奏で穏やかなメロディが歌われます。時折加わる,弦楽器は第1楽章の基本モチーフを暗示しています。その後,ヴィオラが静かに基本モチーフを出した後,ヴァイオリンが主題を変奏して華麗に加わってきます。

曲が暗い雰囲気に変わった後,クラリネットとファゴットによって,中間部の主題が演奏されます。寂しさのあるこの主題が他の楽器で繰り返された後,ヴァイオリンが新しい主題を出します,これが繰り返された後,ヴァイオリンが高い音域で半音の音の動きを含む滑らかに小波を立てるようなメロディを演奏します。このメロディの下では冒頭の主題を変奏したメロディがファゴット,ヴィオラ,チェロによって演奏されています。

この部分が情熱的になり,キッパリとした音が出てきた後,静かな雰囲気になり木管楽器に冒頭の主題が戻ってきます。この第3部は,第1部が変奏されたような形になります。コーダでは,中間部の主題が少し姿を見せた後,木管楽器を中心とした素朴な気分のうちに楽章は結ばれます。

第3楽章 ポーコ・アレグレット ハ短調 3/8 3部形式
伝統的にはスケルツォなどが置かれる楽章ですが,例外的に穏やかな楽章となっています。楽器編成はさらに縮小され,弦楽器と木管楽器が中心となっています。チェロが最初に演奏する憧れと哀愁に満ちたメロディはブラームスの曲の中でも特に有名なものです。この部分は,アウフタクト(弱拍)から始まっていますが,不安気な雰囲気をさらに盛り上げています。このメロディは,ヴァイオリンに受け継がれ,さらにヴァイオリンとチェロの対位法へと発展していきます。木管とホルンがこのメロディを歌い上げて第1部は終わります。

第2部は変イ長調となり,木管楽器が弾むようなメロディを演奏します。途中,ヴァイオリンにたっぷりとした感動的なメロディが出てきた後,木管楽器に第1部の主題が暗示されます。

ホルンが朗々と第1部の主題を出して,第3部となります。これがオーボエ,ヴァイオリンに引き継がれた後,静かに楽章が結ばれます。

なお,この楽章の音楽は,フランソワーズ・サガン原作の映画「さよならをもう一度」の中で使われています。サガンと言えば「ブラームスはお好き」という小説もありますが,いろいろと文学的なイメージを喚起してくれる曲です。

第4楽章 アレグロ ヘ短調−ヘ長調 2/2 ソナタ形式
非常に情熱的で全曲のクライマックスを築きます。ソナタ形式ですが,展開部はなく,呈示部と再現部のそれぞれに主題を展開風の部分が含まれている形式となっています。

楽章はまず,弦楽器とファゴットによって細かい音の動きを持った第1主題が演奏されて始まりす。低音でうごめくような感じですが,トロンボーンの弱音に続いて底力のあるコラール風の音型が出てくると急に激しさを増して行きます。第1主題をはさんでさらにダイナミックな盛り上がりを作ります。

その後,ハ長調でチェロとホルンによって「タッタ,タララ,タッタ,タララ」という喜ばしい気分を持った第2主題が演奏されます。これが繰り返された後,再度ハ短調に戻り,激しい気分を持った小結尾になります。

激しい動きが静まると再現部となり,木管楽器によって第1主題が演奏されます。先ほどのコラール風の音型がさらに力を増して出てきて,スケールの大きな頂点を作った後,今度はヘ長調で第2主題が出てきます。晴れやかな気分がしばらく続いた後,また激情的な音楽に戻ります。

しかし,木管楽器に第1主題の断片が出てくると,音楽は歩みを遅くし始め,悠然とした気分になります。「ウン・ポーコ・ソステヌート」の部分になり,調性がヘ長調になると,すっかり「エンディングも近い」という気分となります。金管楽器が柔らかな音でコラール風の音型を出し,さらに穏やかな雰囲気になった後,第1楽章第1主題を映画の回想シーンのように出し,消え入るように全曲が終わります。(2006/03/17)