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ブルックナー Bruckner
交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
ブルックナーの交響曲の中で唯一標題がついている曲です。この「ロマンティック」という語感の良さに加え,全体的に明るく,口当たりの良い雰囲気を持っているのも特徴です。そのこともあり,重くて長大な作品ばかりのブルックナーの交響曲の中で,最も親しみやすい「ブルックナー入門」と言っても良い作品となっています。

ただし,聞いてみて「どこがロマンティック?」という感じがする方もあるでしょう。「ロマンティック」といっても,男女の間の甘い恋愛物語ではなく,暗く耽美的な霧の森で繰り広げられる騎士と王女の伝説の物語...といった趣きを持った作品です。ドイツ語では,"Romantishce"と標記されていますが,ドイツ・ロマン主義の世界を表現したものです。ワーグナーの楽劇「ローエングリン」などにも通じる,本来的な意味での「ロマンティック」な作品といえます。

#ちなみにロマンティクという言葉は,ラテン語方言であるロマンス語で書かれた中世の騎士物語の持つ雰囲気から来ているとのことです。

この標題は,ブルックナー自身が付けたもので,作曲者自身によって,次のような解説めいた言葉が加えられています。

中世の町−暁の時刻−朝を告げる合図が町の塔からひびいてくる。城門はあけられ,立派な馬にまたがって騎士たちは,野外へと駆って出る。美しい森が彼らを受け入れ,森はささやき鳥は歌う,みごとなロマンティックな情景である...

このように,中世の騎士たちの森での狩りと自然との結びつきをイメージした作品と言えます。ただし,ブルックナーの音楽には標題音楽とは相容れない部分もありますので,このタイトルは意識せずに,純粋に建築物のような音の世界に浸るのが良いでしょう。

ブルックナーの交響曲は,どれも似たような雰囲気を持っていますが,この曲にも「ブルックナーらしさ」がはっきり現れています。特に「ブルックナー開始」と呼ばれる弦のトレモロが「中世の夜明け」のムードにぴったりです。森や狩をイメージさせる,ホルンが随所で活躍するのも特徴です。

交響曲第3番までは,短調作品ばかりだったのが,この曲以降,第7番までは長調作品が4つ続きます。試行錯誤から脱却し,ブルックナーらしさがしっかりと定着しようとする時期の作品と言えます。

ブルックナーの交響曲につきもののの「改訂」ですが,この曲についても,かなり大きな改訂がされています。整理すると次のような流れになります。ただし,改訂はされても,上記のような「ロマンティック」というコンセプトには変更はありません。
  1. 第1稿(1784年稿,ノヴァーク校訂全集W-1,1975年):現在では,ほとんど演奏されない。エリアフ・インバルのレコーディングによって,聞けるようになったものである。現在,一般的に聞かれている第3楽章とは全く違う3楽章,5連符の洪水の第4楽章など,非常に興味深い版である。
  2. 1978年の改訂・改作:第1楽章,第2楽章,第4楽章,第3楽章の順に改訂。この中の第4楽章だけが,ノヴァーク校訂全集W-2のためのフィナーレ1878年稿,1981年として出版されている。第3楽章については,全く別の音楽(現在聞かれる「狩のスケルツォ」)に改作されている。
  3. 1880年の改作:第4楽章を改作。改訂の度を越えた大幅な変更
  4. 決定稿:現在,一般的に演奏されているもの。1978年改訂・改作の第1楽章,第2楽章,第3楽章に1880年改作の第4楽章を合わせたもの(ハース校訂全集W,オリギナールファッスング,1936年
その他にも細かい改訂がされていますが,いわゆるハース版とノヴァーク版の違いはほとんどありません。これ以外に,1889年に刊行されたレーヴェ版というものもがありますが,これは第3稿というよりは,改竄版といって良いもので,現在,演奏されることはありません。

編成:フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット3,トロンボーン3,テューバ,ティンパニ,弦5部

第1楽章 躍動的に,速すぎず 変ホ長調 2/2 3つの主題を持つソナタ形式
細かく不規則に(自由に)弓で刻む弦のトレモロ奏法で曲は始まり,原始霧的な効果を上げています。この「ブルックナー開始」は前述のとおり他の曲でも見られますが,弦楽器全部のトレモロというのは,この曲だけす(第7番,8番はヴァイオリンだけ,9番はコントラバスだけは持続音)。

その後,森の夜明けを思わせるような素朴な第1主題をホルンが演奏します。この主題は,5度下がって,5度上がる音形を含みますが,この動きは,全曲を通じて核となる重要な主題です。この主題が発展した後,ブルックナーお得意の「タンタン,タータータ」のリズムを持った第1主題第2句が力強く出てきます。

第2主題は,小鳥をイメージした静かなもので,複数のメロディが絡み合って出てきます。主旋律の方はヴィオラで演奏されるのですが,それよりも第1ヴァイオリンが軽やかに上下するオブリガートの方が耳に残ります。そのうちに,再度「タンタン,ターターター」のリズムが力強く盛り上がってきて,第3主題部となります。

さらに,これもまたブルックナーの得意技である金管楽器群によるコラール風のフレーズが曲の流れを中断するように出てきて,小結尾に入っていきます。第2主題が静かに戻ってきて,ティンパニとコントラバスの弱奏によるオルガンのペダル風の響きの中で呈示部が終わります。

展開部は,5度の音形を中心に,ここまで出てきたモチーフがしっかりと組み合わされます。静かに始まった後,次第に大きく執拗に盛り上がり,オルガンのような響きに満たされます。ホルン主題の呼びかけに応じて,「トランペット+トロンボーン+テューバ」が燦然とコラールを演奏する部分などは神聖な感じさえ漂わせる素晴らしい効果を上げています。

その後,再度静かな雰囲気となり,再現部となります。ここでは,ホルンによる5度の音形にフルートが絡んでいます。その後は呈示部とほぼ同じ形で進みますが,主旋律と対旋律の声部が入れ替わっていたり,工夫されています。コーダは,同じ音形が繰り返されるゼクエンツの部分の後,第1主題の5度の音形がホルンで力強く演奏されて堂々と締めくくられます。

第2楽章 アンダンテ・クワジ・アレヅレット ハ短調 4/4 
室内楽風の響きの伴奏音型の上に,チェロがゆったりとした第1主題を演奏します。この主題の音の動きは,第1楽章の第1主題と関連のあるものです。その後,森を散策する足取りを思わせる感じでのどかに曲は進んで行きます。所々,「タッタター」という付点リズムが出てくるのも印象的です。

全休符が入った後,第2主題が出てきますが,この音の動きも第1主題と似た感じです。ここでは,逍遥しては立ち止まる感じとなり,小鳥の寂しく澄んだ声も聞こえてきます。

展開部では,第1主題に新しいメロディが絡み,明るい雰囲気になります。次第に大きく盛り上がった後,再度静けさが戻り,再現部になります。ここでは,チェロの演奏にオーボエが絡んでおり,全体の長さも,少し短縮されています。

その代わり,展開部的な長いコーダが付けられています。木管群とヴァイオリンが第1主題を掛け合うように演奏した後,金管楽器が力強く登場し,大きな盛り上がりを築きます。その後,楽章の最初の部分のような静けさに戻って終わります。

第3楽章 スケルツォ 躍動的に 変ロ長調 2/4
「狩のスケルツォ」と呼ばれる爽快な楽章です。中世の夜明け。白馬に乗った騎士たちが城の門からいっせいに駆けだして行くような幻想を抱かせる楽章です。楽章は,スケルツォの主部とその間に挟まれたトリオからなっています。

スケルツォ主部は,擬似的なソナタ形式を取っています。ヴィオラと第2ヴァイオリンが演奏するトレモロの上に,「狩」の合図を示す信号音風の主題をホルンが演奏されます。この主題の「タタッタ,タタタ,ター」というリズムが,しつこくしつこく繰り返されます。このリズムも第1楽章に出てきたリズム音型との統一感があります。また,この主題には,5度上下する代わりに,4度上下する基本主題を変形したような音の動きも含まれています。

ホルンの主題は,トランペットに移り,移行句を挟んで,オーケストラ全体を巻き込み大きく盛り上がっていきます。全休符の後,展開的な部分になります。ここでは一旦テンポが遅くなります。その後,最初の狩の主題が戻ってきます。

全休符の後に出てくる,トリオは,3/4,変ト長調となり,拍子もテンポも変わります。曲の雰囲気も一転し,のんびりとしたレントラー舞曲風になります。森の中の憩いの音楽といった感じです。ただし,こののんびりとした主題にも基本音型が含まれています。小さな転調を複雑に重ねた後,再度,全休止が入り,スケルツォが再現されます。

第4楽章 フィナーレ 躍動的に,しかし,速すぎずに 変ホ長調2/2
これまでの楽章で出てきた主題を統合するような形を取った堂々たるフィナーレです。

楽章は,チェロとコントラバスによって持続するペダル音で始まります。第1楽章と同じ調性ですので,再現を予感させると緊張感をはらんでいます。この上に1オクターブ下がった後,さらにもう少し下がる3つの全音符からなる動機が絡みます。これが縮小されながら繰り返され,神秘的な気分が次第に高まります。

この導入部に続いて,この3音の動機が全楽器で堂々と呈示されて第1主題部になります。その後,6連符,3蓮符などブルックナーらしいリズムが執拗に繰り返され,その頂点で第1楽章冒頭の主題がホルンによって力強く演奏されます。

これが静まった後,第2楽章を想起させるような室内楽的な雰囲気をもった部分になります。その後,フルートなどの木管楽器によって爽やかさと物憂さが同居した感じの第2主題がハ長調で演奏されます。ここにも例の「タタ,ターターター」の音型がしっかり含まれています。これを受けて,弦楽器が,親しみやすいフレーズを演奏します。これらが繰り返された後,トランペットとトロンボーンが突如咆哮し,6連符の嵐のような第3主題が変ロ短調で呈示されます。これが静まって,穏やかな小結尾になります。

展開部は,楽章の始めの導入部の雰囲気が戻ってきます。しばらくして,第2主題に基づく金管によるコラールが壮麗に響きます。いくつかの主題が静かに断片的に展開された後,第1主題が第3主題の6連符の嵐と共に華やかに展開されます。これが沈静化し,ティンパニのトレモロだけが残り展開部が終わります。

突然,フォルティシモで第1主題が出てきて,再現部になります。ここでは,主要主題を明確に再現しますが,調性はかなり自由に選択されています。コーダは,展開部の開始と同様,導入部の雰囲気に戻ります。その後,弦楽器が6連符を演奏する中,徐々に音が上昇していくコラール風の部分になり,最終的には,第1楽章冒頭のホルン主題が浮き上がり,力強く簡潔に全曲が締められます。

ホルンに始まり,ホルンで終わる,森と狩の雰囲気のあるという曲ということで,この曲は,冒頭部分を始めとして,ホルン奏者に非常に大きなプレシャーがかかる曲です。その分,ホルン奏者にとっては,大変,やりがいがある曲と言えそうです。

(参考文献)オーケストラの秘密:大作曲家・名曲のつくり方/金子建志編.(200CD).立風書房,1999
作曲家別名曲解説ライブラリー5.ブルックナー.音楽之友社,1993
(2009/01/17)