ショパン Chopin

■バラード
ショパンは,「バラード」というタイトルを持つ曲を4曲作っています。「バラード」というのは,元々は詩のジャンルの一つですが,ピアノ曲の「バラード」(「譚詩曲」という訳がありますが,現在では全く使われていません)には,特にはっきりとした定義はなく,3拍子系の曲で,どことなく「物語性」を感じさせる曲といった緩やかな定義しかできません。いずれも10分前後の長さで,ショパンの作品の中ではスケルツォと並んで中規模の作品といえます。スケルツォの方が伝統的な形式をより重視しているのに対して,バラードの形式はより自由な雰囲気があるのが特徴です。

ショパンは標題音楽が嫌いで,ストーリー性のある音楽はほとんど書いていません。そういう意味で「ピアノの詩人」という”文学的”なニックネームを持つショパンの真髄を示す作品と言えそうです。

これらのバラードは,ポーランドの詩人ミツキェヴィッチの詩集「バラードとロマンス」にインスピレーションを受けて作られたと言われています。このことには,明確な証拠はなく,標題が付けられているわけでもありませんが,バラードに関しては,これらの詩を意識して聞いてみるのも面白いのではないかと思います。

バラード第1番ト短調op.23
ミツキェヴィッチの「コンラード・ワーレンロッド」という詩から着想されたと言われています。低音のドのユニゾンがおもむろに打ち鳴らされた後,ちょっともったいぶった感じでラルゴの序奏が始まります。「今から,お話がはじまります」と語りかけるようなレチタティーヴォ風の序奏です。

続いて,情熱を抑えたような第1主題が暗くひそやかに出てきて,次第に旋回しながら熱を帯びて行きます。第2主題は優しく現れ,次第に前途洋々たる明るさを持って盛り上がっていきます。

再び,第1主題が出てきた後,ソナタ形式の展開部にあたる中間部になります。
まず第2主題が重厚な和音の上に高らかにうたわれ,fffで盛りがります。ピアニスティックな華やかで軽快な動きを持った部分続きます。

再現部は第2主題から始まります。ここではより拡大された形になっています。その後,最初と同じような感じような感じで第1主題が戻ってきます。その後,華麗なコーダになります。このコーダは大変劇的で,最後のクライマックスでは,高音から降りてくる右手のオクターブと低音から涌き上がる左手のオクターブとが荒々しく交錯します。「十字軍によって処刑された武将の悲愴で壮絶な最期をたたえる」といったストーリーをイメージさせてくれます。

バラード第2番ヘ長調op.38
ミツキェヴィッチの「シフィテジ(魔の湖;詩人の故郷にある湖)」という詩から着想されたと言われています。

バラード第3番変イ長調op.47
ミツキェヴィッチの「シフィテジャンカ(水の精)」という詩から着想されたと言われています。

バラード第4番ヘ短調op.52
1843年,ショパンがパリの社交界で華やかな活動を続けていた頃の作品で,ショパンのバラード中,最も規模が大きい作品となっています。ショパンの最高傑作と評価する人もいる作品です。その一方,同年の恩師や親友の死によるショパンの精神的打撃を反映するかのように,幻想的な抒情性も顕著です。シャルロット・ドル・ロスチャイルド男爵夫人に捧げられています。

ミツキエヴィッチによる,ある3人の兄弟をうたった詩をもとに書かれたものですが,ドビュッシーを思わせる和音や,ブラームスの協奏曲を彷彿とさせる箇所などがあり,後世の多くの作曲家に影響を与えています。

曲の構造は複雑ですが,ソナタ形式を基調に,変奏曲形式とロンド形式を取り入れたものと考えられます。

穏やかな序奏(アンダンテ・コン・モート,6/8)に続いて,第1主題(主要主題)の優美でメランコリックなワルツが出てきます。これがじっくりと変奏された後,変ロ長調の第2主題が出てきます。これはは対照的に穏やかな和音を中心とした祈りのような音楽となっています。

展開部は,非常に精緻に書かれており,意外なところで,序奏に出てきた音楽が再現し,最後は,吐息のようなカデンツァとなります。

再現部では,第1主題がカノン風に処理されています。第2主題が変奏されて大きく盛り上がった後,幻想的な付加部となります。ここでも華々しく盛り上がった後,一瞬静けさが訪れ,荘重な和音が挿入されます。この部分は大変印象的で,最後に出てくる狂気に満ちたコーダの効果を一層盛り上げています。
(2003/12/02,2008/09/30)