ショパン Chopin

■即興曲集

即興曲は,フランス語で"Impromptu(アンプロンプチュ)"といいます。ジャズの即興演奏のことを英語でImprovisation(インプロヴィゼーション)と言いますが,語源的には同様のものだと思います。この即興曲も,アドリブで演奏するように自由に作られた曲ということが言えます。ショパン自身,即興演奏の名人と呼ばれていましたが,この4曲の即興曲集は,”即興風”だけれども形式的にはきちんと整っており,まとまりのある曲となっているところが面白いところです。

4曲の中では,第4番の「幻想即興曲」が特に有名です。ただし,作曲されたのは,この曲が最初です。この曲がモシュレスという人の作った即興曲の主題とよく似ていたため,ショパンが出版を断念し,彼の死後出版されたため第4番になっています。「メロディが似ている!」という訴訟は現代でも時々ありますが,今となっては,ショパンの曲の方が有名になっているのは皮肉な感じです。

第1番変イ長調,op.29
A-B-Aの3部形式で出来ています。軽やかなアレグロの主題で始まります。軽く沸き立つような雰囲気と3連符の揺れのある動きはとても魅力的です。中間部はヘ短調になり,穏やかな情緒が漂います。再度,軽やかな動きのAの部分に戻り,和音的な動きのあるコーダで結ばれます。

この曲はジョージ・デュ・モーリアの小説「トゥリルビー」で取り上げられて有名になりました。私は読んだことはありませんが,ヒロインが悪魔的な音楽家によって催眠術を掛けられ,この曲の中間部のメロディを歌わせられるというものとのことです。

第2番嬰ヘ長調,op.36
この曲は,当時ショパンの愛人だったジョルジュ・サンドの山荘のあるノーアンで書かれています。A-B-C-A-Bの5つの部分から出来ています。第1部はノクターンのような雰囲気で始まり,続いて晩鐘の響きのような低音の上に優雅なメロディが出てきます。第2部は和音が連続する賛美歌のような雰囲気になります。第3部は曲全体の中間部に当たります。行進曲風の明るい部分です。第4部は最初の第1部が3連符の伴奏を伴って復帰します。第5部は嬰ヘ長調の主調に戻り,装飾音符で覆われた華やかな展開を見せます。最後に第2部の賛美歌風の部分が夢のように再帰しますが,最後にそれを破るかのようなフォルティシモの和音が出てきて,夢を破ってしまいます。

第3番変ト長調,op.51
A-B-Aの3部形式で出来ています。第1部は第1番の出だしと似ていますが,より不安で病的だけれども優雅な雰囲気があるのは,作曲年代の違いによるものでしょう。中間部はソステヌートの安定した感じと情熱的な雰囲気とが同居しています。

幻想即興曲嬰ハ短調,op.66
ショパンの即興曲の中でもっとも有名な曲です。のみならず,ショパンの全作品中でも特に良く知られた曲です。有名なのは中間部です。一度聞けば誰もが覚えてしまうような美しいカンタービレです。"I'm always chasing rainbows..."という歌詞が付けられてポピュラー・ソングとして歌われることもあるぐらいです。

ただし,この中間部の前後に出てくる主部のメロディは一筋縄ではいかないような複雑なリズムを持っています。2/2拍子なのですが,右手は1小節に32分音符が16個,左手は8部音符が12個入っています。この速い動きが練習曲風に延々と続きます。

最後に中間部のメロディが低音で回想され名残惜しげに結ばれます。(2002/10/08)