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ドビュッシー Debussy
ペレアスとメリザンド Pelleas et Melisande

ドビュッシーが,メーテルランク作の戯曲に作曲した朗唱スタイルによる,近代歌劇最大の傑作と言われる作品。

以下,2018年6月21日(木)に石川県立音楽堂コンサートホールで行われた「池辺晋一郎が語るドビュッシーの音楽とオペラ「ぺリアスとメリザンド」」の内容なども参考に,この作品のポイントとストーリー展開の流れに沿って,聞き所などをまとめました。



■ドビュッシーとオペラ
  • ドビュッシーはワーグナーの楽劇に批判的だったが,ライトモチーフで音楽で説明をしている点や不思議な和音には,惹かれた。
  • 音楽と演劇を結びつけようとしていたのもワーグナー。
  • ドビュッシーは,イタリア・オペラにも全く関心がなかった。きれいな曲はあるが,朗々と歌う場はほとんどない。
  • ドビュッシーは,実は,オペラをもっと沢山書きたかったが,結局,完成したのは,この曲だけだった。

■「ペレアスとメリザンド」の原作について
ドビュッシーは,メーテルランクの原作を気に入って,この戯曲をオペラ化する。この作品のポイントは次の点。
  1. 象徴主義(サンボリズム)の作品である。すべてが観念からスタートしている。主観や観念を大切にし,すべての物が心の中の風景に関わっている。
  2. 舞台はアルマンドという架空の国。しかし,役名からすると,明らかにフランス系の国である。
  3. 主要登場人物は6人だけ。願望の成就しない人間ばかりが登場する。「風」とか「閂」とか,そういった要素にそのことが象徴されている。
どことも分からない国を舞台に,風,泉,閂(かんぬき)といった何かを象徴したものの積み重ねで全体が作られている点で,他のオペラとは全然違う作品。これらの観念や人物などを,ワーグナー同様,ライトモチーフを用いて描いている。その結果,「普遍的な何か深いもの」が心の中に残るような作品となった。

■作曲年:1893〜1902年

■台本:モーリス・メーテルランクの原作をドビュッシー自身が改訂。フランス語

■初演:1902年4月30日 パリ,オペラ・コミーク座

■演奏時間: 第1幕30分 第2幕30分 第3幕33分 第4幕36分 第5幕23分

■登場人物:
  • ペレアス(テノールまたはバリトン)
  • 謎の美女・メリザンド(ソプラノ)。
  • ペレアスの異母兄・ゴロー(バリトン)
  • ペレアスとゴローの母・ジュニヴィエーヴ(メゾソプラノ)
  • ペレアスとゴローの祖父・アルケル王(バス)
  • ゴローの息子・イニョルド。
  ※アルケルの息子つまり,アルマンドの王子は全く出てこない。

■ストーリー展開と聞き所
※以下の「小見出し」は,私が便宜的に付けたもの,は音楽に関する説明やコメントです。

第1幕
第1場 森
前奏 全曲のための前奏。この部分で出てくる次のモチーフは,オペラの中で何回も繰り返し出てくる。
最初に低音で出てくるのが「森のモチーフ」,続いて,木管楽器に「ゴローのモチーフ」,オーボエに「メリザンドのモチーフ」が出てくる。

# モチーフの名称は,解読の一例です。ここで上げた名称は,ドビュッシーの友人であったモーリス・エマニュエル及び独自に解読を行ったアプルドンによるものを,私の実感を交えて,折衷して記載したものです。
ゴローとペレアスとの出会い 狩に出たゴローは道に迷い,森の中の泉のそばで泣いている謎の美少女と会う。
ゴローの問いに,遠くから逃げてきたとだけ答える。
ゴローは自分の名前と身分をあかし,少女もメリザンドと名乗る。
動きたくないという少女をなだめて,深い森の中の城へ彼女を連れて帰る。
間奏 ♪前奏と同様のモチーフ+「アルケルのモチーフ」
第2場 城の中の一室
ジュヌヴィエーヴが手紙を読む ゴローは,弟ペレアスに「歳も素性もわからない少女と半年前に結婚したが,王は許すだろうか?」と手紙を書く。
目の不自由なアルケル王は,ジュヌヴィエーヴにその手紙を読んでもらう。
アルケル王は,妻に先立たれ,幼い息子を抱えたゴローを憐れみ,結婚を了承する。
ペレアス登場 ペレアスが登場。♪「ペレアスのモチーフ」がフルート出てくる。
アルケルは,ペレアスに命じて「結婚の承諾」の印に塔の灯に火をともさせる。
一方,死の床にある親友に会いに出発したいというペレアスを,王は引き留める。
間奏 前奏のモチーフが弦楽合奏で演奏される。
第3場 城の前
暗い城 メリザンドはジュヌヴィエーヴに案内され,城が森に覆われていて暗いのに驚く。
じきに慣れますよとジュヌヴィエ−ヴは慰める。
# 薄暗い中,はっきり見せず,象徴ばかりというのがこの作品の特徴
夜の海 遠くから水夫たちの声が聞こえてくる。コーラスが唯一出てくる場面
海を眺めると船が出ていくところである。メリザンドは自分を乗せてきた船だと言う。
ペレアスは暗い道をメリザンドに腕を貸しながら,明日出発すると言い出す。
メリザンドは「どうして?」と尋ねるが,答えは返ってこない。
# こういう意味深のやりとりが結構出てくる

第2幕
第1場 庭園の泉
前奏 ♪「泉のモチーフ」 泉を表現する繊細な美しさ
メリザンド,泉で大切な指輪を落とす ペレアスはメリザンドを城の中の「盲目の泉」と呼ばれる古い泉に案内する。
ペレアスはその由来を説明し,ゴローとの結婚の事情をただす。
話をそらしながらメリザンドは指輪を弄び,誤って泉の中に落としてしまう。
# メリザンドはわざと落としているようにも見えます。
指輪を落とす場面で「指輪のモチーフ」。ハープの音や下行アルペジオに注目。
間奏 ティンパニのトレモロ+低音楽器
第2場 城中の一室
ゴローの落馬(回想シーン) 寝室では,怪我をしたゴローが横たわっている。
ゴローの乗っていた馬の目が,メリザンドが指輪を亡くした時と同じ時間(正午)に見えなくなり,落馬したのである。
情緒不安定なメリザンド 看病するメリザンドは突然泣き出し,自分は幸せではないと言う。
慰めるゴローは,彼女の指に指に指輪がないことに気づく。ゴローの嫉妬の始まり。
海辺の洞窟で落としたと偽りを答えるメリザンド。ゴローは,すぐにペレアスと一緒に捜しに行けと激しく詰問。
結構ドラマティックな部分
間奏 低音域でのトレモロの後,夜の海辺を暗示的に描く。シンバルの弱音でのトレモロ
第3場 洞窟の前
海辺の洞窟でびっくり 指輪をなくした場所と偽った海辺の洞窟に,メリザンドはペレアスに伴われて行く。
雲が切れて,月に照らし出された瞬間,浮浪者が3人寝ているのに驚く。
この部分での音楽の鮮やかな変化
飢饉に襲われている国の事情をペレアスから聞き,そっと立ち去る。

第3幕
第1場 城の塔の一つ
前奏 単純化された音と動きに微妙な陰翳。この場の気分の統一性を図っている。
バルコニー・シーン メリザンドが窓辺で髪を梳いて,古謡を口ずさんでいると,ペレアスが下の道に現れ,美しい長い髪を見せてとせがむ。このオペラの中で唯一,アリア風の部分
彼女が身を乗り出すと,長い髪がペレアスに降りかかる。
髪が伸びていく時の下行する音型
ペレアスはそれを柳の枝に絡めて遊ぶ。
幸福感いっぱいのペレアスの歌。コントラバスを除いた,オーケストラの総奏
ゴローが通りかかり,幼い2人の遊びだ,と愚かしいことをしかる。
間奏 主役3人のモチーフが重なり合う。ティンパニのトレモロと弱音器をつけた,3本のトランペット
第2場 城の地下にある穴倉
重苦しい気分 ゴローはペレアスを伴い死の臭気に淀む水を見せる。オーケストラが刻む単調な繰り返しのリズムの不気味さ。ホラー的なシーン
ペレアスはテラスに逃れる。
間奏 第2場(暗)→第3場(明)への変化の準備
第3場 穴倉の出口にあるテラス
開放的な気分 前の場と対照的な清々しい場
ゴローはメリザンドが母になろうとしていることを告げ,身重で感じやすいメリザンドとあまり会うなと警告する。
間奏 ♪オーボエとコールアングレが「イニョルドのモチーフ」を演奏
第4場 城の前 
ゴロー,息子イニョルドにスパイをさせる ゴローは,窓の下で先妻の子イニョルドを抱き上げ,妻とペレアスのことを聞きだそうとする。
メリザンドの部屋に明かりが点く。
ゴローは息子を抱き上げて,窓から室内を窺わせる。
「2人が一緒に黙って明かりを見ている」というと,ゴローは興奮し,イニョルドをおびえさせる。
管弦楽はフォルテシモになる。
後奏 ゴローの内心の激動を示すようなクレッシェンドで,最後は総奏のフォルティシモ

第4幕
第1場 城内の一室
前奏 弦の素速い動き
ペレアスとメリザンドがばったり出会う ペレアスは「アルケル王の具合が良くなったので,旅に出ようと思う」という。
2人は,夜「盲人の泉」のほとりで会う約束をして,別々に去る。
間奏 前奏と同様
第2場 城内の一室
アルケル王の見せ場 アルケル王とメリザンドが登場。
アルケル王は,メリザンドを称賛。箴言的な言葉。
ゴローの狂乱の場 そこにゴローが登場。ゴローは嫉妬と心痛とで狂気に近い状態に。
ゴローはメリザンドを罵り,アルケルの面前でメリザンドを打ちすえる。
全曲を通じて他にないようなフォルティシモ
アルケルはたまりかねて制する。
間奏 劇的な緊張に富む間奏
第3場 庭園の泉
イニョルドと羊飼い イニョルドは,岩と大きな石との間に落ちた「金のまり」を取りたいが,重くて動かない。
遠くから羊がやってくる(
ただし,トリルの長い音符などで暗示されるだけ
近くに来て羊が黙った理由を羊飼いに尋ねる。
「小屋に帰る道でないから」と羊飼いは答える。
「それではどこに行くの?」という問いかけには,答えはない。
間奏 だんだん遅くなり重く音力を強める
第4場 庭園の泉
ペレアスとメリザンドの愛のシーン イニョルドが去った後,ペレアス登場
病床にある父から旅に出るようにすすめられたペレアスは,最後にメリザンドと泉のほとりで会い,秘めた思いを打ち明けたいと独白。
メリザンドが登場。
「菩提樹の陰においで」とペレアスは言うが,メリザンドは「このまま明るいところに」と言う。
「君が好きだ」「私も」と初めて愛を告白したペレアスとメリザンド 
ジュテームと言った後の沈黙の効果
ペレアスはその喜びを「君の声は,春の日に海を渡ってきたかのようだ」と歌う。
♪「告白された愛」のモチーフ
ゴローがペレアスを刺し殺す 突然,重く軋むような音(ファゴット,ティンパニ,チェロ,コントラバスによる「死のモチーフ」)がして,門が締まる。
「すべてが失われ,すべてが失われたのだ」とペレアスが歌った後(
この辺,ホルンが活躍),2人は堅く抱き合う 一瞬沈黙
木陰から剣を手にしたゴローが登場 
コントラバス
ゴローがペレアスを刺す
音楽は弱音からクレッシェンドし始める。その頂点で,弦のトレモロに変わって,ホルンにゴローのモチーフの断片が出てくる
恐れに叫び声を上げて逃げるメリザンドをゴローは追いかけて行く。
激しくクレッシェンドしながら,総奏のフォルティシモで幕が下りる

第5幕
城内の一室
前奏 弦とハープで演奏する静かな旋律。第5幕と通じて使われる。
出産後,病床につくメリザンド 子を産んだメリザンドは,アルケル王,ゴロー,医師が見守る中,瀕死の床にある。
ゴローは自責の念にかられながら,なお彼女にペレアスとの仲を問いただす。
しかしメリザンドは意識の明瞭さが失われはじめている。
ゴローはメリザンドと2人にきりにしてもらうが,思ったような答えは得られない。
メリザンドの死 ゴローはアルケルと医師を部屋に戻す。
窓の外では初冬の太陽が沈もうとしている。
子どもを彼女に見せようとするが,メリザンドの手はもう上がらない。
アルケル王がゴローに「おまえには魂というものが分かっていない。ただ一人で去って行くのを好むのだ。悲しみというものは...」と言いかけた時,召使いたちがひざまずく。
アルケル王にもゴローにも悟られずにメリザンドは息をひきとる。
ゴローはすすり泣き,アルケルは,「代わりにこの子が生きるのだ」と子供を抱いて出て行く。
メリザンドの遺体を残して,舞台に人影はなくなる。
分割された弦のトレモロ,ハープのアルペジオをぬって,弱音器をつけたトランペットが曲の冒頭のモチーフを演奏し幕が降りる。
さらにディミヌエンドして,嬰ハ長調主和音のpppの中に消える。

(参考)
「ドビュッシー」(作曲家別名曲解説ライブラリー10)音楽之友社, 1993
音楽之友社編「歌劇」上(名曲ガイド・シリーズON BOOKS SPECIAL;13)音楽之友社, 1984
このオペラを聴け!:食わず嫌いに贈るオペラ名盤&裏名盤ガイド(洋泉社MOOK) 洋泉社,1999

(2018/07/22)