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ドヴォルザーク Dvorak
ピアノ三重奏曲第4番 ホ短調 作品90、B.166 「ドゥムキー」

ドヴォルザークは,ドイツ・オーストリア音楽の強い影響の下に作曲活動を始め,交響曲,弦楽四重奏曲など,ソナタ形式を核とした曲を沢山書いてきましたが,次第に,その正統的な構成法を乗り越え,もっとスラヴ的な感性に合った独自の形式を探求するようになりました。その結果の一つが,この「ドゥムキー」というニックネームで親しまれているピアノ三重奏曲です。ドヴォルザークの創作活動の最盛期である1890年にに書かれた作品で,形式的にも精神的にも国民主義音楽の気分を深く漂わせています。

「ドゥムキー」というのはウクライナの民謡形式の一つ「ドゥムカ」の複数形ですが,チェコ語にも「回想」「瞑想」を意味する「ドゥムカ」という言葉があります。この作品の場合,ウクライナ民謡の形式を必ずしも踏襲していないことから,後者の意味を意識していると考えられます。

構成的には,通常のピアノ三重奏曲とは違い,6つの楽章からなっているのが特徴です。ソナタ形式の楽章が一つもなく,調性の統一も見られない上に、全曲を統一する主題や動機もなく,多楽章作品としては特異な6つのドゥムカからなる「ドゥムカ組曲」といった形式を取っています。

ソナタ形式や多楽章ソナタに本来備わっている有機性や自律性を放棄し,白と黒,黒と白というような異質な要素を次々と並べているのですが,その矛盾相克の中から新しい次元の統一感が生まれてくるような工夫を見せているのが特徴です。隣接した対照的な部分の間の移行を不自然でなく,円滑に行うための注意も払われており,曲全体としても,気分的なまとまりが感じられます。

各楽章(最初の2つの楽章を1つの楽章と考えて5楽章と考える人もいます)は,2部形式,3部形式,または,ロンド形式を基礎にしてかなり自由に作られています。どの楽章も,もの悲しい憂鬱なムードを基調としながら,時に穏やかた,時に楽しげに,時に沸き立つような気分を持った民族色豊かな作品となっています。

第1楽章 レント・マエストーソ,ホ短調,4/8,2部形式
対照的な2つの部分がA−B−A−Bという順に交互に現れる2部形式ですが,実は,ABとも同じ主題に基づいていますので単一主題の楽章ともいえます。

Aの部分は,暗く深刻な気分で始まった後,6度の飛び上がるような音程が印象的な主題が出てきます。悩みと憧れの気分を表したこの魅力的な主題は何回も何回も繰り返されます。

Bの部分では,テンポが上がり(アレグロ・ヴィヴァーチェ,クアジ・ドッピオ・モヴィメント,ホ長調,2/4),華やかなピアノの動きに飾られながら,チェロが明るいメロディを演奏します。これをヴァイオリンが情熱的に引き継ぎます。

第2楽章 ポーコ・アダージョ,嬰ハ短調,4/8,2部形式
この楽章も対照的なメロディが,A−B−A−Bの順に交互に現れる2部形式を取っています。Aではチェロによる暗いモノローグに続いて,ピアノがシンプルで穏やかな民謡のような親しみやすさを持ったメロディを演奏します。Bの部分は,ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポになり,快活なリズムを持った舞曲風になり,次第に熱く盛り上がります。第1楽章とは違い,AとBとの間に特につながりはありません。

第3楽章 アンダンテ,イ長調,4/4,3部形式
A−B−Aの3部形式に変奏曲の手法を組み合わせた形式を取っています。この楽章は,ピアノを中心とした静かな叙情性をたたえたメロディで始まります。これをチェロとヴァイオリンが優しく引き継いでいきます。

中間のBの部分は,ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポ,イ短調,2/4となり,細かい音の動きが続きます。チェロが静かに演奏する重音が印象的です。

その後,Aに戻りますが,少しずつ変奏されて行き,美しい余韻を残して楽章を閉じます。

第4楽章 アンダンテ・モデラート(クワジ・テンポ・ディ・マルチャ),ニ短調,2/4,ロンド形式
ピアノのオスティナート風のリズムとヴァイオリンの単調な動きを基調とした楽章です。しばらくして,その上にチェロにロシア民謡風の主題が出てきます。この楽章は,このメロディをロンド主題として,その間に3つの挿入句が入るロンド形式の楽章となっています。

第1挿入句は,アレグレット・スケルツァンドで軽妙に演奏されますが,これはロンド主題の縮小形から派生したものです。第2挿入句も共通した動機によっています。第3挿入句は,エキゾティックなメロディがピアノに出てくるもので,大変印象的です。

第5楽章 アレグロ,変ホ長調,6/8
ピアノの序奏に続いて,チェロに朗々と歌い上げるような旋律が出てきます。これが少しずつ変容し,自由に反復しながら楽章は進んで行きます。この構成は,ヤナーチェクの作品の特異な形式を予感させるものがありますが,もの悲しさや瞑想的な性格が希薄なので,6つの楽章の中では,「もっともドゥムカらしくない」楽章となっていえます。最後は,テンポを速めた後,きっちりと締めくくられます。

第6楽章 レント・マエストーソ,ハ短調 4/8,2部形式
再びドゥムカの雰囲気の楽章に戻り,形式の方も,対照的な2つの部分がA−B−A−Bの順に出て来る2部形式に戻ります。

暗い情熱を内に秘めたような気分のあるAの部分の後,テンポが次第に速くなり,情熱的なリズムとエキゾティックなメロディを持ったBの部分になります。その後,Aが繰り返されますが,ここではエレジー風の新しい主題かと思わせるように展開されています。前半2楽章よりもさらに自由な形になっているのが特徴です。

最後は,Bの部分となります。一旦静かになった後,情熱的な盛り上がりを作って力強く締めくくられます。(参考文献)

作曲家別名曲解説ライブラリー6.ドヴォルザーク.音楽之友社,1993
(2010/01/14)