ドヴォルザーク Dvorak

■交響曲第9番「新世界から」

ドヴォルザークの代表作であるだけではなく,全てのクラシック音楽の中でも最も人気の高い作品の一つです。レコーディングも数限りがありません。その人気の第1の理由は,メロディが非常に豊かだということです。次々と湧いて出てくるメロディを追っているうちに40分ほどかかる曲があっという間に終わってしまいます。

この曲の標題中の「新世界」という言葉はアメリカのことを指しています。1891年にニューヨークのナショナル音楽院の院長に招かれたドヴォルザークがアメリカで作曲した最初の大作がこの曲です。そのことを反映し,黒人霊歌やインディアンの音楽など「アメリカ的語法」が多用されています。

具体的には5音階(ペンタトニック)によるメロディとシンコペーションを多用したリズムが特徴となっています。ただし,この5音階というのはドヴォルザークの故郷のボヘミアの音楽と共通する部分もあります。日本の「四七抜き(ヨナヌキ)音階」も5音階ですので,日本人がこの曲が大好きなのももっともなことです。

この曲には,「新世界から故郷へ宛てて書いた望郷の念に溢れた手紙」といったノスタルジックな気分と第1楽章,第4楽章などに溢れるシンフォニックな迫力とがバランス良く盛り込まれています。まさに名曲中の名曲です。

第1楽章
アダージョの序奏部とアレグロ・モルトの主部から成っています。非常に格好良い流れを持った楽章です。

序奏部はチェロによる物思いに沈むような下降していくメロディで始まります。ホルンが「パパーン」と一声入れた後,木管楽器に受け継がれていきます。一呼吸おいた後,弦楽器による重々しい音型とそれを受ける豪快なティンパニの連打が繰り返し出てきて,徐々に盛り上がっていきます。それが頂点に達したところで,ティンパニが「ドロドロドロ...」と連打し,弦楽器がトレモロで応えます。次から次へと湧いて出てくる,格好良い展開に誰もがうなることでしょう。

主部はソナタ形式で書かれていますが,主要な2つの主題以外にも美しいメロディが沢山出てきます。第1主題はホルンによる勇壮なものです。上がって下がるだけのメロディなのですが,「ターンタ,タター」というシンコペーションのリズムに乗ると非常に格好良く聞こえます。これがフルオーケストラで繰り返され,シンフォニックな気分を作ります。この主題は後の楽章でもたびたび出てきますので,全曲の統一感を作っているメロディとも言えます。

第2主題はト短調で出てきます。フルートとオーボエによって哀愁を帯びた黒人霊歌的なメロディが演奏されます。これも数回繰り返され,次第に穏やかな表情に落ち着いていきます。その後,フルートに第3のメロディがたっぷりと出てきます。これもまた美し過ぎて哀しくなるようなメロディです(この主題を第2主題とする解説書もあります)。このメロディも黒人霊歌の影響を受けています("Swing low, sweet chariot"の変型とも言われています)。これが弦楽器に引き継がれてさらに甘く歌われます。その後,第1主題に戻り,呈示部が繰り返されます(ただし,繰り返されないことの方が多いようです)。

展開部ではこの3番目の主題を展開した後,第1主題の処理になります。次第に土俗的な迫力を加えて盛り上がっていきます。

再現部は各主題を順番に再現していきます。その後,コードになります。コーダではトランペットが華やかにファンファーレを吹いた後,さらに勢いを増し,力強く結ばれます。

第2楽章 ラルゴ,三部形式。
不思議な美しさを持ったたっぷりした和音による短い序奏に続いて,イングリッシュホルンにノスタルジックな気分に溢れたメロディが出てきます。このシンプルだけれどもうっとりするようなメロディは,「イングリッシュホルンといえば,これ」というくらい有名なものです。日本では「家路」の名で親しまれています。このメロディを聞くと小学校の放課後の気分を思い出す人も多いことでしょう。「遠き山に日は落ちて」という堀内敬三による歌詞をつけて歌われることもあります。かつては(現在も?)キャンプ・ファイヤーの定番曲でした。この家路のテーマとそれを変奏したような静かな部分がしばらく続きます。

中間部は少しテンポが速くなります。弦楽器のさざめきの上に木管楽器を中心に愛らしい感じのメロディを演奏します。続いてバスのピツィカートにのって新しいメロディが演奏されます。その後オーボエに細かい音型が出てきて,静かな気分を打ち破り,ぐっと盛り上がります。ここではトロンボーンの演奏する第1楽章の主題とトランペットの演奏する「家路」の主題とが組み合わされて,立体的なクライマックスを作ります。

その後,イングリッシュホルンが再度登場して,第1部が少し変型された形で繰り返されます。最後の方は弦楽四重奏のような雰囲気になります。楽章の最後には,楽章最初の不思議な和音が再度出てきます。その後,コントラバスの重低音で静かに結ばれます。

第3楽章
インディアンの婚礼の祝宴を描いたロングフェローの「ハイアワサの歌」という詩にヒントを得て作曲さした曲です。ドヴォルザークらしくメロディが湧いて出てくるような魅力に溢れた楽章です。この曲の中でもいちばん土俗的な雰囲気があります。3/4,三部形式で書かれています。

まず,トライアングル入りのキラキラした活気のある短い序奏で始まります。その後,木管楽器でユーモラスで動きのある舞曲風の主題が出てきます。この主題はオーケストラの奏者などは「連れてっちゃった,どっちへ逃げた」という歌詞をつけて楽しんでいたという話を聞いたことがあります。それでけ親しみやすく覚えやすい主題です。

これがどんどん発展していった後,木管楽器にこれもまた親しみやすいメロディが出てきます。このメロディは典型的な「四七抜き音階」で書かれていますので日本人にとっては,鼻歌交じりで歌いたくなるような親しみ易さを感じると思います。弦楽器の伴奏も個性的な魅力を持っています。

中間部ではスラヴ舞曲を思わせるような穏やかに弾むような主題が出てきます。ここでも木管が中心となっています。その後,最初の「連れてっちゃった」のメロディが再現し,コーダになります。コーダでは,第1楽章の第1主題がホルンで,同じく第1楽章第2主題後半部がトランペットで再現します。その後,フル編成で「ジャン」と一発鳴って楽章が終わります。

第4楽章
短い序奏の後,ソナタ形式の主部が続きます。序奏は,低音でゆっくりと始まり,どんどんスピードを増していくに連れて,音も高くなって行くというような印象的なものです。機関車の出発をイメージさせる部分です。映画「ジョーズ」の中で鮫が出てくる時の音楽とも大変良く似ています。

その後出てくる主部の第1主題は金管楽器を中心に力強く演奏されます。ホ短調で書かれていますので悲壮な行進曲のようにも響きます。一度聞けば忘れられないインパクトの強さがあります。この主題が繰り返された後,「タララ,ラララ,タララ,ラララ...」という三連符の音の連続になります。この辺も大変印象的です。

その後,シンバルが1回だけ静かに叩かれます。この一発はシンバル奏者にとってはこだわりの一発のようです。私が子供の頃,東芝日曜劇場で「ああ新世界」というドラマを見たことがありますが,そのドラマでこのシンバルを扱っていました。詳細は忘れましたが,唯一の出番を逃してしまうシンバル奏者を描いたとても面白いお話だった記憶があります。是非もう一度見てみたいものです。

その後,第2主題がクラリネットによって優美に演奏されます。これは第1主題とは対照的な気分を持っており,非常にロマンティックなものです。その後,曲は力強さを増して行きます。

展開部では第1楽章第1主題,第2楽章の「家路」のテーマ,第3楽章の主要テーマなどが断片的に組み合わされて,回想シーンという感じで展開していきます。

再現部の後,コーダになります。ここでも各楽章の主要主題が組み合わされて登場し,全曲の総括がされます。最後に第4楽章の第1主題が静かに戻ってきた後,懐かしげなクライマックスが築かれます。最後の和音は管楽器が長ーく延ばされ,エコーのような感じで終わるのも独特のセンスです。(2005/04/04)