ドヴォルザーク Dvorak

■ チェロ協奏曲ロ短調op.104

ドヴォルザークは3つの楽器(ピアノ,ヴァイオリン,チェロ)のために協奏曲を書いていますが,通常「ドボ・コン」と言うと,このチェロ協奏曲を指します。それほど,彼の作品中の中でも親しまれている作品です。また,西洋音楽史中のチェロ協奏曲の中でもダントツの人気を誇るのがこの曲です。恐らく,「全チェロ協奏曲中の最高傑作」という意見に依存のある人は少ないでしょう。名チェリストと呼ばれる人でこの曲を弾かない人は皆無です。CD録音,演奏で取り上げられる回数の点からも他のチェロ協奏曲を圧倒しています。その分,独奏チェロの技巧的な面から見ても,40分ほどかかる演奏時間の点から見ても,チェリストにとっては大変な難曲となっています。

曲は,ドヴォルザークの他の名曲同様,「望郷の念」が詰め込まれた,一度聞くと忘れられない哀愁のある名旋律に満たされています。オーケストラの書法も大変充実しています。トロンボーンやチューバの入る編成はシンフォニックな響きを生み,単なる伴奏という枠を越え,独奏チェロと一体となって,豊かな情感を持った音楽をつむぎだします。

曲の大部分はニューヨークで書かれていますが,初演はロンドンで行われています。ドヴォルザークのチェロ協奏曲については,20世紀になってもう1曲あることが分かりましたが,そちらの方はオーケストレーションも完成されていないこともあり,作品番号も付いていません。通常,ドヴォルザークのチェロ協奏曲と言えば,このロ短調の作品を指します。

第1楽章 アレグロ ロ短調 4/4 協奏曲風ソナタ形式
曲は,冒頭すぐに低弦を伴ってクラリネットが第1主題を演奏します。この主題はほの暗い気分をもった大変印象的なものです。弦楽器や他の木管楽器が加わり,力強さと明るさを増していきます。最終的にはオーケストラの全奏で堂々と演奏されます。

経過句の後,音楽が一旦静まり伴奏が長調に変わった後,ホルンによってボヘミア風ともアメリカの黒人霊歌風とも言える,五音階で出来ている第2主題が朗々と表情豊かに歌われます。この主題も大変印象的で,第1主題と好対照を成しています。クラリネットがメロディを引き継いだ後,再度オーケストラの堂々とした全奏になります。

音がサーッと静まり返り,長調から短調に調性が変わると役者が登場する準備をするかのように弦がトレモロを演奏します。その上に,独奏チェロが即興的な感じで第1主題を演奏します。その動機をカデンツァ風に発展させていきます。チェロの高音域による華麗なパッセージが続いた後,第2主題が独奏チェロによってたっぷりと演奏されます。弦と木管を伴って柔らかい響きのうちに発展して行きます。その後,独奏チェロはアルペジオに変わり,呈示部のコーダとなります。独奏チェロを中心に高潮した後,ホルンの印象的な信号音の後,オーケストラの全奏とともに展開部に入っていきます。  

まず,第1主題が変形され,いろいろな楽器で展開されます。弦のトレモロとフルートのオブリガートで第1主題がゆっくりとした2倍のテンポで独奏チェロによって演奏されます。これがフルートとオーボエに受け継がれます。展開部の最後では,独奏チェロが装飾的なパッセージを繰り返した後,最後にオクターブ重音で10度を一気に駆け上る雄大なグリッサンドが出てきます。その後,オーケストラの全奏とソロが力強く回帰して,再現部になります。この部分は大きな聞き所となります。

再現部は,このオーケストラの全奏による第2主題で始まります。第1主題の前に第2主題の再現が行われるというのは,ショパンのピアノ協奏曲などロマン派の曲に時々見られるものです。しばらくして第1主題が力強く現れ,これを受け継いだ独奏チェロが華やかに発展された後,トランペットのファンファーレを含むコーダで雄大に結ばれます。

第2楽章 アダージョ・マ・ノン・トロッポ ト長調 3/4 3部形式
楽章を通じて,アメリカから故郷を思う望郷の歌となっています。まず,オーボエとファゴットに伴奏されたクラリネットが牧歌的な主題をのんびりと演奏します。これが,独奏チェロに引き継がれます。クラリネットがオブリガート風に動き,独奏チェロがこの主題を発展させます。その後,楽章の最初と同じ雰囲気となり,第1部が終わります。

中間部では突然ト短調に変わり,ティンパニを伴う激しい雰囲気になります。弦と木管に伴奏された独奏チェロが表情豊かに第2主題を演奏します。このメロディは,ドヴォルザークの作品82の歌曲の第1曲「ひとりにして」に基づいたものです。フルートとオーボエがこのメロディを引き継ぎ,独奏チェロと絡み合って美しく進んでいきます。このメロディは,1895年に亡くなったドヴォルザークの初恋の女性(実は夫人の妹)への切々した思いを込めたメロディと言われています。ややテンポを速めて独奏チェロが情熱的に高まったのち,中間部の最初の激しい主題が力強く演奏されます。独奏チェロがこれを受けて,技巧的なパッセージを繰り広げ,木管と低弦が美しく彩っていきます。

低弦のリズムの上に3本のホルンが美しい和音を作りながら第1主題をト長調で再現して第3部になります。続いてチェロがカデンツァ風にしみじみとしたモノローグを語ります。フルートをはじめいろいろな楽器が加わり,色彩感を増した後,短いコーダで消えるように終わります。

第3楽章 アレグロ・モデラート ロ短調 2/4 自由なロンド形式
黒人霊歌風の旋律とボヘミアの民族舞曲とが巧みく調和した楽章。強い決然とした主題が全体の基調となっています。冒頭,低弦のリズムの刻みに乗って,まずホルンにこの主要主題の断片が出てきます。これが他の楽器に移つり,トライアングルの音などを交えて発展した後,独奏チェロによって完全な形で力強く演奏されます。チェロの高音域の技巧的な経過句を挟み,オーケストラが全奏で反復します。その後,主要主題の後半となります。これはリズミカルなものでローカル色に満ちています。

テンポが遅くなって,第1副主題が,クラリネットのオブリガートを伴った独奏チェロによって優しく演奏されます。この動機が展開されて高潮すると,3連音の下降アルペジオに始まるカデンツァ風の部分になります。

独奏チェロによる幅広い急速な上向音階に続き,主要主題部が再現します。ここでは主題の後半部のリズミカルな楽想がまず現れます。これが展開された後,主要主題の前半が独奏チェロに出てきます。管弦楽が動機を反復するうちに静まり,オーボエが美しいメロディを演奏します。

続いて,流れるような美しさを持った民謡調のメロディの第2副主題が独奏チェロによって歌われます。木管楽器と対話を繰り広げた後,独奏チェロはスピッカートの分散和音に変わり,フルートがメロディを演奏します。その後,独奏チェロとコンサートマスターによる情熱的な二重奏の部分となります。チェロの主題を引き継ぐ形でヴァイオリンに出てくるこのヴァイオリン・ソロは,女性の思い出といわれています。上述の初恋の女性の訃報に接した際に加えられたものと言われています。

その後,突然,主要主題の動機が全奏で演奏されます。独奏チェロが引き継いで,カデンツァ風に発展します。しだいにテンポを緩め,アンダンテのコーダに入ります。主要主題の動機がトランペット・ソロで演奏され,その後,柔らかい響きが続きます。クラリネットに第1楽章冒頭の動機が,映画の回想シーンのように現れ,これをホルンが引き継ぎますが,ここでは長調になっており,第1楽章ほど激しくはなりません。最後のアンダンテ・マエストーソの部分では,ティンパニのトレモロの上に急激に音量を増し,基本主題の動機が全奏で演奏され,力強く全曲が閉じられます。

ちなみに,この楽章の最後の部分ですが,アメリカのオペレッタ作曲家として知られるヴィクター・ハーバードの第2チェロ協奏曲を聞いた後,書き直したものと言われています。(2006/03/21)