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フォーレ Faure
レクイエム Requimo p.48

数多いレクイエムの中でも特に人気が高いのがフォーレのレクイエムです。「もし私が死んだら,葬式など一切出す必要はないから,ただフォーレの「レクエム」をかけるようにと家人に言い渡してある」といったことを書いている音楽評論家もいます。アンケート調査をしたわけではないので憶測で書いているのですが,何かにつけ「この1曲」として取り挙げれられることの多い"賛美者"の非常に多い名曲中の名曲です。演奏時間が40分程度ということもあり,重苦しい感じはなく,宗教音楽としては,非常に聴きやすい作品だということが人気の秘密だと思いますが,それに加え,「何か持ってる」と思わせるような不思議な吸引力があるのが大きな魅力です。

このレクイエムの構造でまず目に付くのが,曲のクライマックスになることも多い「ディーエス・イレ(怒りの日)」がないことです。その他にも「ベネディクトゥス」の代わりに「ピエ・イエス」を置いたり,曲の最後に「イン・パラディスム」を入れるなど,”フォーレならでは”のレクイエムとなっています。

曲の調性も独特です。ニ短調が基調となっていますが,中世の教会調の旋法とフォーレ独特の近代的な調性感覚を取り入れることで,暗くも明るくもない,他の曲に見られないような美しさを感じさせてくれます。誇張された表現を徹底して排し,禁欲的な節度を保ちながらも,その美しい響きの中に陶酔し切ってしまうような,相反する性格が奇跡的に両立しているような見事な作品です。

独唱と合唱については,伝統的な宗教音楽の方法を忠実に継承している部分もありますが,ドラマティックなフーガを避けるなど,ここでもフォーレならではのこだわりが見られます。

楽器編成は,次のとおりです。管楽器はごく一部で荘重な効果を出すために補助的に使われるだけです。ヴァイオリンが華やかにメロディを歌うような場面もほとんどありません(これほどヴァイオリンの活躍の場が少ない曲も少ない?)。オルガンも声を保持するために使われるコンティヌオ的に使われています。

  • フルート2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット2,トロンボーン3,ティンパニ,ハープ,弦5部,オルガン
  • 混声四部合唱,ボーイ・ソプラノ(ただし,ソプラノで歌われることが大半です),バリトン

フォーレのレクイエムは,モーツァルト,ヴェルディの作品とともに「三大レクイエム」の一つに数えられることがありますが(フランス三大レクイエムとなると,フォーレ,ベルリオーズ,デュリュフレでしょうか。いずれにしてもこの曲は抜かせません。),以上のとおり,これらの作品とは全く傾向が異なる作品となっています。作曲された理由については,1885年の父の死が契機と言われることがありますが(ちなみに,書き始めた後,1887年に母の死も迎えています),フォーレ自身は,「特定の人物や事柄を意識して書いたものではない」と語っています。いずれにしても,フォーレの中期の幕開きを告げる代表作と言えます。

この曲は,1888年に第1稿がパリのマドレーヌ教会で初演された後(この稿のオーケストラの編成は,管楽器が含まれないなど,かなり小さなものでした),その後,第2稿,第3稿と改訂が加えられています。現在では,1900年に初演された第3稿で演奏されるのが一般です。ただし,ジョン・ラターによる校訂版があったり,女声合唱だけで歌われたり,第3稿以外の編成で演奏されることもあります。

全曲は7曲から成り,第4曲「ピエ・イエス」を中心に各曲が対称的に並べられています。「ピエ・イエス」は,残されているスケッチの中でも最も早い段階から姿を見せており,構成的にも音楽的にも全曲の核と考えられます。各曲間で,共通した動機も使われており,曲全体としての統一感もあります。

第1曲 イントロイトゥスとキリエ(Introitus et Kyrie) 混声四部合唱
ニ短調。管弦楽のユニゾンによる荘重な主音で始まります。その後,「Requiem aeternam」と死者の永遠の安息を祈る歌がゆったりと始まります。一息ついた後,テノールが弦楽器を対旋律として美しい表情を持った,いかにもフォーレらしいメロディを歌います。その後,変ロ長調になり,ソプラノが古雅な感じのするリディア調で受けます。最後に,同じメロディをソプラノ,アルト,テノールのユニゾンで「Kyrie(主よ憐れみたまえ)」と歌い,静かに閉じます。

第2曲 オッフェルトリウム(Offertorium) 混声四部合唱,バリトン独唱
ロ短調。弦楽器とオルガンによるカノン風の導入部に続き,アルトとテノールがア・カペラで,歌うというよりは,静かに祈るように「Domine Jesu Christe(主イエス・キリスト)」とカノンを歌い始めます。その後,バスと弦楽器も加わり,この部分がさらに続きます。

中間部はバリトン独唱による「ホスティアス」の部分になります。同音反復が特徴的で,歌というよりは,お経を読み上げるような敬虔さがあります。その後,最初と同じメロディの部分に戻りますが,ここでは,ソプラノも加わり,清澄なアーメンコーラスとなって締めくくられます。

第3曲 サンクトゥス(Sanctus) 混声四部合唱
変ホ長調。全曲中とりわけ美しい音楽です。ここまでの2曲は,暗さと明るさが渾然一体となったようなくすんだ空気に被われていましたので,この曲になって,さっと光が差してきたような鮮烈さを感じさせてくれます。

オルガンの保持音,弦とハープの分散和音に乗って,ソプラノと男声合唱が「聖なるかな」とシンプルな清らかさを湛えた歌を交互に歌い交わして行きます。これにヴァイオリンのオブリガードも美しく絡みます。この交唱が少しずつ盛り上がり,「ホザンナ」の部分で,金管楽器とともに,感動的なクライマックスを築きます。ただし,この盛り上がりも長くは続かず,すぐに最初の平静さを取り戻し,静かに閉じます。

第4曲 ピエ・イエス(Pie Jesu) ソプラノ独唱
変ロ長調。主イエスに,死者の安息を祈る曲です。非常にシンプルな曲で,オルガンと弱音器付きの弦楽器の伴奏の上に,ボーイソプラノ独唱が,聴く人の心に直接歌いかけるような歌を聞かせます。ほとんど,民謡とか子守唄のようなシンプルさなのですが,そこには音楽と祈りの原点を思わせる感動が秘められているようです。

第5曲 アニュス・デイ(Agnus Dei) 混声四部合唱
ヘ長調。弦とオルガンによる平穏で優雅なメロディの前奏に続き,テノールが「世の罪を除き給う神の子羊」と憧憬に満ちたメロディを歌います。中間部では四部合唱で「Agnus Dei」と歌われた後,最初のメロディが戻りますが,その後,突然ソプラノが,ハ音で「Lux」と歌い始め,鮮やかな転調を聞かせます。Luxの言葉どおり,薄暗い教会の中に一条の光が差し込んだような効果を持っています。その後も転調が続き,感動に満ちた盛り上がりを作って行きます。そのクライマックスに達した後,第1曲「イントロイトゥス」の冒頭部分が再現されます。最後は前奏部のメロディが再帰して,結ばれます。

第6曲 リベラ・メ(Libera me) 混声四部合唱,バリトン独唱
ニ短調。この曲と第7曲「イン・パラディスム」は、通常のミサには入らない部分です(,ミサ終了後の祈りの歌です。)。低弦とオルガンが刻む特徴的なピツィカートとスタカートのリズムの上にバリトン独唱が「われを許したまえ」と堂々と歌い始めます。その後,四部合唱が「われ,おそれおののく」と受け継ぎます。

突然,ホルンが力強くA音を連続的に演奏し,最後の審判に当たる部分になります。前述のとおり,この曲には「怒りの日」がないので,その代替的な部分ということになります。「Dies irae, dies illa」と四部合唱がユニゾンで激しく,最後の審判の情景を歌います。が,この部分はそれほど長くは続かず,最初の部分に戻ります。合唱がユニゾンで「リベラ・メ・ドミネ」と歌った後,最後にバリトンと合唱が歌って閉じられます。

第7曲 イン・パラディスム(In paradisum) 混声4部合唱
ニ長調。この曲も,通常のレクイエムに含まれることのない曲です。死者の棺を埋葬する時に用いる赦祷文に作曲したもので,「楽園にて」という意味になります。これまでの楽章の二短調を中心とする暗い雰囲気からニ長調に変わり,天国での死者の安息を確信する清らかな気分に満たされます。

この曲を通じ,オルガンはスタッカートで分散和音を演奏し続けます。これは静かに響く鐘の音を暗示しています。その不思議な浮遊感の上にソプラノが透明な歌を歌い続けます。アルトと男声合唱は「イエルサレム」と復唱するだけです。後半ではハープも加わり,永遠の安息を祈るうちに,全曲を閉じます。
(2011/02/20)