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グリーグ Grieg
付随音楽「ペール・ギュント」, op.23 Peer Gynt

ノルウェイを代表する作曲家グリーグの作品の中でいちばん親しまれているのが,この「ペール・ギュント」のための音楽でしょう。

この曲は,グリーグと同じノルウェイ出身の文豪ヘンリク・イプセンから,自作の「ペール・ギュント」に曲を付けて欲しいという依頼を受けて,グリーグが作曲した音楽です。「ペール・ギュント」という作品は,アスビョルセンという人が編集した「ノルウェイ民話集」から題材をとった作品で,1867年(明治維新の頃ですね)に書かれています。もともと原作が舞台向きではないこともあり,現在では,戯曲そのものよりもグリーグの音楽だけが有名となっているところがあります。特にグリーグ自身が作曲後に選んだ組曲版は,世界的に親しまれています。

組曲には,第1組曲と第2組曲の2つがあります。特に第1組曲の方は,小学校の音楽の時間の鑑賞の定番曲として,誰もが知っている音楽となっています。

ノルウェイの民族音楽の要素を取り入れた独特の甘美さと哀愁のあるメロディ,リズム,和声,色彩感...どこをとっても魅力的な作品です。通俗性と芸術性を同時に備えた名曲中の名曲と言えます。

全曲は全5幕からなり,セリフの入る曲,合唱曲などを含む,合計26曲から成っています。声楽の入る曲では,最後の場で歌われる「ソルヴェイグの歌」が特に知られています。上演される場合は,ノルウェイ語やドイツ語で上演されることが多いようです(オリジナルがどちらかよく分かりませんでした)。

ストーリーは,「ティル・オイレンシュピーゲル」と似た感じの破天荒な冒険物語で,19世紀はじめにノルウェイに実在した人物をモデルにしていると言われています。

■登場人物
としては次のような人物が登場します。人名にはいくつかの読み方があります。

  • ペール・ギュント
  • オーゼ(オーセ)
  • ソルヴェイグ(ソルヴェイ)
  • イングリッド(イングリ)
  • 第1の山羊追いの女
  • 第2の山羊追いの女
  • 第3の山羊追いの女
  • 緑衣の女
  • 山の魔王ドーヴル(ドヴレ)
  • ベイグ
  • 泥棒
  • 盗品買い
  • アニトラ

■物語
要約すると次のような流れになります。豪農の一人息子として生まれたペールは,父の死後その資産を使い果たすが,それでも夢ばかりおって働こうとしません。その後,次のような冒険を繰り返します。

  • イングリッドを結婚式の場から山に連れ去る
  • 山の魔王の宮殿で危機に会う
  • 一旦に実家に戻るが,そこで母オーゼは亡くなる。
  • 恋人ソルヴェイグを捨ててアラビアやアメリカ西部へ
  • 巨万の富を得るが,故郷に戻る途中,船が難破し,無一文に
最後は故郷に戻り,老いたソルヴェイグの下で永遠の眠りにつく

■データ
  • 作曲:1874〜1875年,改訂1885年,1887〜1788,1890〜1891年,1901〜1902年,組曲第1番:1888年,組曲第2番:1892年,改訂1893年
  • 初演:1876年 クリスティアニア(現オスロ)の王立劇場
  • 編成:ピッコロ,フルート2,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,ホルン4,トランペット2,トロンボーン3,テューバ,ティンパニ,大太鼓,小太鼓,シンバル,タム・タム,トライアングル,タンブリン,シロフォン,鐘,ハープ,オルガン,ピアノ,弦5部

以下の曲番号は,全曲版に付けられている通し番号です。

■第1幕
第1番 前奏曲「婚礼の場で」
 
活気のある主題で鮮やかに始まります。この主題は,「イングリッドの結婚の主題」と呼ばれるものです。その後,ハープとともにしみじみと出てくるのが有名な「ソルヴェイグの歌」のメロディです。ヴィオラ独奏による民族舞曲をはさんでこれらのメロディは接続曲風に続き,ドラマ全体の背景を暗示します。最後に「結婚の主題」が再現・展開され,幕が開きます。

この部分にヴィオラ独奏で出てくる民族舞曲は,ハリング部よくというもので,ノルウェイの民族楽器フィーデルの音を模したものです。

番号外 「婚礼の行列の通過」
気持ち良いリズムに乗った,のどかで楽しげな行進曲で,イングリッドの婚礼の場を描きます。この曲だけは「書下ろし」ではなく,グリーグの作品19のピアノ曲からの転用で,1908年に楽譜が出版された時から,既に同じノルウェイの作曲家ハルヴォルセンが編曲したものが使われています。

第2番 ハリング舞曲
ノルウェイの伝統的な結婚式の場に相応しいフィッドルによる音楽です。フィッドルというのは,ヴァイオリン族の弦楽器で,この曲は舞台裏から演奏され,途中からペールのセリフが乗ります。

第3番 跳躍舞曲
農夫楽師たちが舞台後方の木の椅子に座って賑やかに踊る音楽。

■第2幕
第4番 前奏曲「花嫁の略奪とイングリッドの嘆き」(第2組曲第1曲)

ドラマの主人公の放蕩の若者ペールは,他人の花嫁イングリッドを誘拐し,弄んだ挙句に捨ててしまいます。

ここでは,第1幕の前奏曲で長調で出てきた「イングリッドの結婚の主題」が今度は荒々しく短調で演奏され,彼女の嘆きが悲痛なメロディとなって弦楽器に広がっていきます。最初に出てきた「略奪」の主題が戻ってきて終わります。

ペールは次の冒険を求めて,山に入っていきます。

第5番 ペールギュントと山羊追いの女たち
ペールが3人の山羊追いの女と会う場面。行方不明のトロル(北欧伝説に出てくる妖精的,鬼的な原始的動物)の恋人を呼ぶ歌です。とても原始的な感じの音楽です。ペールは自身の自慢をします。ドラマの最初の方で,女声3人に会うというのは,「ニーベルングの指輪」「魔的」と同様ですが,ヨーロッパの伝説つながりなのでしょうか?

途中から音楽はアレグロ・ヴィヴァーチェになり,これからペールが遭遇する魔王の山の洞窟の雰囲気を暗示するように,山の奥の方に連れていかれます。

第6番 ペール・ギュントと緑衣の女
ペールは山中で緑の服を着た美しい女性を発見し,その後を追い魔の山に入ります。この女性は実は魔王の娘です。

第7番 ペール・ギュント「育ちのよさは馬具みりゃわかる」
このセリフを合図に音楽はプレストに変わり,娘は豚の背に乗って魔王の館に入っていきます。

第8番 山の魔王の宮殿にて(第1組曲第4曲)
ペールは山の魔王ドーヴルの宮殿に入り,この娘との結婚を強いられます。そしてその手下のトロルたちに包囲されます。その緊迫した場面での音楽です。グリーグの才能を存分に発揮した名曲で,非常によく親しまれています。

音楽は,怪奇な雰囲気を表す主題が低弦やファゴットを中心にゆっくりと演奏された後,次第にテンポを速め,荒々しく盛り上がっていきます(劇音楽版では単純な音型を繰り返す合唱が加わります)。組曲版の場合,すんなりコーダにつながって終わるのですが,劇音楽版では,途中にトロルたちによる威嚇するような声が入り,音楽が時々止まります。

第9番 山の魔王の娘の踊り
グリーグらしい,親しみやすいリズムに乗って展開する妖艶な舞曲です。山の魔王の娘がペールの気を引く踊りを踊ります。

魔王の宮殿にしては牧歌的な雰囲気があるのは,空五度音程の伴奏音型のせいです。ここではグロテスクな雰囲気を盛り上げるため,ピアノ,木琴,ハープなどが効果的に使われています。最後,オーボエの音が出てきますが,この部分で魔王の娘は宙を飛びます。

第10番 ペール・ギュントはトロルに追い回される
ペールが魔王の娘との結婚を断ったために,トロルたちに攻めされる場の音楽。合唱とせりふが加わり,激しい起伏のある音楽が続きます。

やがて,ムソルグスキーの「はげ山の一夜」同様,朝を告げる鐘が鳴って(遠方からという指示),魔物たちは退散し,ペールは救われます。最後はタム・タムの一撃でこの場面が終わります。

第11番 ペール・ギュントとベイグ
ベイグというのは,姿のない化け物です。メロドラマによるペールとベイグのやり取りで,ベイグはペールの行く手を邪魔します。ここでも最後に鐘の音があり,オルガンの音が聞こえ,この場面でもペールはピンチを切り抜けます。

■第3幕
魔の山で散々な目にあった,ペールは故郷に戻り,ソルヴェイグと暮らし始めます。そこに山の魔王の娘が現れ,「この子供はペールの息子だ」といって連れてきます。そのことに驚いて,ペールは外に飛び出し,母オーゼのいる小屋に向かいます。

第12番 オーゼの死(第1組曲 第2曲)
ペールは死の床にあるオーゼに遭遇します。放蕩息子のとりとめのない話を微笑みながら聞く死にゆく老母の情景が切々と続く音楽で描かれます。

音楽は悲しみに満ちた旋律が弱音器付きの弦楽器で繰り返される単純な構成です。テンポはアンダンテです。8小節単位の同一主題を主調と属調で繰り返すというのはグリーグの好みの手法ですが,そのことによって,微妙な感情の起伏と深い情感を残します。途中から「母親が天に召される」音楽に変化していきますが,その下には冒頭の主題も隠れています。

母親を失ったペールは,凝りもせず,再び富と冒険を求めて海に出ます。

第4幕
ここでドラマは一大飛躍をして,突如アフリカに変わります。ペールは中年になっています。

第13番「朝のすがすがしさ」
前奏曲となっているのが,有名な「朝」の音楽です。タイトルどおり爽やかな「朝」の気分を描いています。ゆらぐような6/8のリズムが海の雰囲気を気分を作る中,フルートが爽やかなメロディを演奏します。続いて出てくるファゴットのメロディも清澄です。単純に音階を下がったり上がったりしているだけなのに,何とも言えない牧歌的な気分が漂う曲です。途中に出てくるチェロのメロディは「海」を示すライトモチーフで,後の音楽でも出てきます。

次第に太陽がのぼって活気を増していきますが,朝の気分は静かにとじていきます。

なお,この曲の舞台となっている場所ですが...ペールが訪れた,アフリカのモロッコの海岸です。グリーグ=北欧という印象がある上,大変涼しげな気分がありますので,少々意表を突くようなところもあります。

第14番 泥棒と密売者
皇帝の馬と衣装を盗んだ泥棒と盗品買いが歌う場面の音楽。ここでは泥棒たちの歌が入ります。ペールが来ると2人は慌てて逃げてしまいます。メロディというよりは,ほとんどが同音の連続の叙唱風のものです。

ペールは,彼らの盗品をせしめ,今度は予言者になりすまし,今度はアラビアの奥地に向かいます。

第15番 「アラビアの踊り」(第2組曲第2曲)
アラビアのベドウィン族の族長の天幕の場で踊られる賑やかなお伽噺風の舞曲です。単純な打楽器のリズムに乗って,異国情緒溢れる音楽が展開し,族長の娘のアニトラと女たちがペールを予言者として讃えます。最初の部分はピッコロによる主題が印象的です。金管楽器まで出てくる迫力のある音楽となります。中間部は,劇音楽版では,声楽が加わる美しい音楽となります。その対比が見事です。

第16番 「アニトラの踊り」(第1組曲第3曲)
族長の娘アニトラが妖艶に踊り,ペールを誘惑します。弦楽器にトライアングルが加わり,官能的でオリエンタルな色彩感を持った曲となっています。楽譜の指定では,マズルカ風にとなっているのが面白いところです。

第17番 ペール・ギュントのセレナード
ペールがアニトラのご機嫌をとるために歌うセレナードで,バリントン独唱によって歌われます。

第18番 ペール・ギュントとアニトラ
馬の上でペールとアニトラは痴情争うを続けます。アニトラは財宝だけが目当てで,ペールはまたもや無一文になります。

第19番 「ソルヴェイグの歌」(第2組曲第4曲)
ペールの夢の中に,故郷で彼を待つ恋人ソルヴェイグの幻が浮かびます。「季節はめぐって過ぎていく。でも私は待っています」とソルヴェイグの心境が切々と歌われます。この作品のテーマといっても良い美しいメロディを持った,大変有名な音楽です。

楽譜の指示では,俳優によって歌われてはならず,歌手が舞台裏で歌うことになっています。オーケストラも舞台裏で演奏します。

序奏の後,ハープのリズムが出てきますが,これは機織りの音を描いています。後半,長調に転じ,付点音符のリズムで少し華やかに「アー」のヴォーカリーズで歌われますが,これは過去の思いを示しています。この音楽により,ペールの中に帰郷心が生まれたことを暗示しています。

なお,この曲は組曲版では歌詞のパートを器楽に変えて,オーケストラのみで演奏されます。

第20番 メムノン像の前のペール・ギュント
第4幕の最終場面への導入のためのラルゴの音楽です。

■第5幕
その後もペールはいろいろな事業に手を出しますが,最後にアメリカに渡り,カリフォルニアで金鉱を掘り当てて大金持ちになります。さすがに年老いたペールは故郷に戻ることとし,財宝を船に山積みにして,ノルウェイに向かいます。

第21番 前奏曲「ペール・ギュントの帰郷」(第2組曲第3曲)
激烈な嵐を描く前奏曲。音量的には全曲のクライマックスとなります。カリフォルニアで一財産を築いたペールが故国ノルウェイに向かいますが,故郷を目前にして嵐に遭遇します。

第22番 難破
難破の場面の音楽です。大太鼓の音などで災難を表現しています。ペールの命は助かったものの,全財産を失ってしまいます。

第23番 小屋でソルベイグが歌っている
森の中の山小屋で,すでに白髪の老女となったソルヴェイグが一人淋しく歌っています。ペンテコステ(聖霊降臨祭)への準備が出来たことを歌う敬虔な歌ですが,ここでは機織りの音もなくなり,舞台裏の小編成弦楽器で伴奏されます。

第24番 夜の場面
枯葉や雨露などを表す合唱が,ペールを責めるようにざわめき,オーゼの最期の戒めの言葉が再現されて聞こえてきます。ペールは山の魔王と司祭に変装した悪魔に会います。

第25番 ペンテコステの讃美歌「祝福の朝なり」
教会に向かう人たちがユニゾンで歌う讃美歌をペールが聞きます。劇中では無伴奏のユニゾンで歌われます。

ソルベイグの許に戻ることをためらっていたペールですが,ついにその小屋に入ります。

第26番 ソルヴェイグの子守歌
疲れ切って小屋にたどりついたペールを待っていたのは,彼と同様に老いて,ほとんど盲目になった恋人ソルヴェイグでした。ソルヴェイグはペールの過去をすべて許し,「お前の愛がわたしを救ってくれた」叫び,ペールは彼女の膝に顔を埋め,その優しい子守歌を聞きつつ死んでいきます。

弦とハープを用いた子守歌で,安らかさと慰めの情愛にあふれています。最後はペンテコステの讃美歌とソルヴェイグの歌とが重なり,ペールの波乱に富んだ人生と全曲とが静かに閉じられます。

■組曲版について

第1組曲 作品46
1891年に編曲。原曲の第13,12,16,8曲の4曲を選び,声楽のパートや台詞を省き,楽曲の一部を削除したもの。

  • 第1曲「朝」
  • 第2曲「オーセの死」
  • 第3曲「アニトラの踊り」
  • 第4曲「山の魔王の宮殿にて」

第2組曲 作品55
1892年に編曲、翌1893年に改訂。原曲の第4,15,21,19曲の4曲を選び、第1組曲と同様に編曲した。「ソルヴェイグの歌」では歌唱のパートを器楽に置き換えている。当初は「アラビアの踊り」の代わりに「山の魔王の娘の踊り」(原曲の第9曲)が入っていたが,改訂時に現行の形に改められた。

  • 第1曲「イングリッドの嘆き」
  • 第2曲「アラビアの踊り」
  • 第3曲「ペール・ギュントの帰郷」
  • 第4曲「ソルヴェイグの歌」


(参考文献)
  • 管弦楽曲.上(ON BOOKS SPECIAL 名曲ガイド・シリーズ;3).音楽之友社, 1984.
  • グリーグ:付随音楽「ペール・ギュント」ヘルベルト・ブロムシュテット指揮サンフランシスコ交響楽団他,LONDON F28L-29141)の解説(志鳥栄八郎)
  • クラシックで世界一周/青島広志著.幻冬舎, 2007
  • ウィキペディアのペール・ギュントの項目 

(2015/02/15)