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グローフェ Grofe
組曲「グランド・キャニオン」 Grand Canyon

20世紀アメリカの作曲家ファーディ・グローフェによる,いわゆる「描写音楽」の傑作です。その名のとおり,アメリカ合衆国アリゾナ州中央北部コロラド川両岸にまたがる「大峡谷=グランド・キャニオン」を描いた作品です。

当初,「グランド・キャニオンの5つの絵画」という名前で,「日没」「日の出」「ホピ・ダンス」「赤い砂漠」「豪雨」の順に演奏することを考えていましたが,レコーディング・マネージャーの助言により,今の順番に変更されました(これはやはり「日の出」で始まるのが自然でしょう)。

初演は,ポール・ホワイトマン指揮の彼のオーケストラにより,1931年11月22日シカゴで行われました。ジョン・ウィリアムズに通じるような,正統派「ハリウッドの映画音楽」風の分かりやすいオーケストレーションにジャズ的な要素とアメリカ西部の空気を感じさせるローカル性が加わった,20世紀のアメリカ音楽を代表する1曲と言えます。

ただし,その”分かりやすさ”によって,近年,「描写音楽」というジャンル自体が軽視されているところがあります。「グランド・キャニオン」も実演で演奏される機会は少なくなってしまいました。新録音のCDもあまり多くないようです。確かに,少々底の浅いところはあるかもしれませんが,いかにも「デラックス」というサウンドは,オーケストラ音楽を聞く喜びを堪能させてくれます。

1919年に国立公園に指定されたばかりのグランド・キャニオンを訪れたグローフェは,青,赤,灰色,黄色,緑...と様々な色に変化する岩石に魅せられ,音楽的なインスピレーションを得たと言われています。音によって描かれた5つの壮大な風景に何も考えずに浸ることは,絶好の癒し効果があるのではないでしょうか。

第1曲「日の出(Sunrise)」
大峡谷の一日の始まりを描いた曲です。まず,弱音で演奏するティンパニの上にヴァイオリンが繊細な音を聞かせます。続いて,クラリネットなどの木管楽器によって,日の出前の暁の気分が静かに描かれていきます。ピッコロによる鳥のさえずりも朝の雰囲気を盛り上げます。その後,太陽の光が差し込んでくるようにくっきりとしたメロディをヴァイオリンが演奏し,徐々に曲は大きく盛上がります。最後は,雄大な全奏となって,大峡谷に日の出が訪れた様子が壮大に描かれます。

第2曲「色どられた砂漠(The painted desert)」
お昼頃の光景でしょうか。グランドキャニオンの南に広がる赤い砂漠地帯を描いた曲です。刻々と色合いが変化する非人間的で神秘的な様子が不気味に描かれます。映画「スターウォーズ」など,SF映画の描く宇宙空間にも似合いそうな音楽です。中間部は抒情的な美しさをたたえています。

第3曲「山道を行く(On the trail)」
全曲中,もっとも有名な曲です。他の4曲が自然現象を描いているのに対し,この曲だけは人間や動物が描いているのが特徴で。ロバの背中に乗って山道を進む旅人の様子をのんびりとコミカルに表現しています。

冒頭,ティンパニの一撃とロバの嘶(いなな)きの音型が入った後,独奏ヴァイオリンによってカデンツァが華やかに演奏されます。その後,蹄(ひずめ)の音を表す音が「パッカ,パッカ...」と軽快に演奏され,その上にオーボエがしゃくりあげるような主題を演奏します。この絶妙の取り合わせによって,西部劇ムードが一気に盛り上がります。ちなみに,この蹄の音ですが,楽譜には「やしの実の殻で」と書かれているとのことです(実際に「やしの実」を使っているのか,生演奏の際は注目ですね)。

この「パッカ,パッカ...」というのどかなリズムは,楽章を通じて継続します。途中,のびのびとしたカウボーイ・ソングが聞こえたり,ロバのいななきが聞こえたり,絵に描いたようなウェスタン・ムードの連続です。中間部でチェレスタ独奏によって演奏されるオルゴールの音も印象的です。

最後はテンポが速くなり,キリリとしたムードで明るく結ばれます。

第4曲「日没(Sunset)」
夕暮れの大峡谷を描いた曲です。ホルンによるのどかなファンファーレに続き,フルートやオーボエなどによるやさしいメロディが続きます。この部分で出てくる繊細なサウンドは,オリジナリティ溢れる新鮮なもので,夕暮れ時独特の微妙な色彩感がしっかりと描かれます。太陽は徐々に沈み,遥か遠くから野獣のなき声がこだまする...といった壮大な音楽です。西部の一日のエンディングを思わせる名残惜しさと暖かさを持った曲です。

第5曲「豪雨(Cloudburst)」
大峡谷の夜の豪雨の様子をリアルに描いた曲です。前曲の「日没」の後,大峡谷は夜の静寂に包まれています。以前の楽章に出てきた音楽を回想し,夜空の下で一日を振り返るような気分が続きますが,途中で気分が暗転します。稲光を思わせるシンバルの音に続いて,ピアノがパラパラと降り出した雨音を表現し,嵐が始まります。ティンパニ,大太鼓の鋭い響きとともに豪雨は本格化します。トランペットの厳しい音色も効果的です。この部分では,ウィンド・マシーンなども使われ,不穏な気分を持った,生々しい音楽が続きます。そのうちに嵐が去り,再び夜の静寂が戻ります。

その後,前に出てきたメロディが再現し,音楽が大きく盛り上がり,グランド・キャニオンの一日が壮大に締めくくられます。
(2010/05/22)