ハイドン Haydn

■オラトリオ「天地創造Hov.XXI-2
「ハイドンのすべての創作の頂点に立つのが「四季」「天地創造」という2つのオラトリオだ」ということは,ハイドン研究者の間ではよく言われています。「天地創造」は,晩年のハイドンを代表する作品で,彼の作曲技法の総決算のような作品となっています。

ハイドンがこの曲を書こうと思ったのは,ヘンデルのオラトリオの上演を見たことがきっかけになっているようです。エステルハージ侯爵家での小さなオーケストラでは表現できない,スケールの大きな表現に魅了されたのがオラトリオに関心を持った理由といえます。両作品とも注文に応じて作曲したのではなく,ハイドンが自主的に作曲したことがその意欲を示しています。

この2曲のオラトリオについては,スヴィーテン男爵というウィーンの音楽愛好家がハイドンの理解者として関係しています。どちらもスヴィーテン男爵がドイツ語の歌詞を作り,作曲上の支持なども記入しています。

「四季」の方がドイツの農民生活を描いているのに対し,「天地創造」の方は,宗教音楽やオペラ・セリア的な音楽となっています。全体は3部に分かれ,旧約聖書の創世記の最初の部分にかかれた6日間に渡る神による天地創造の過程とアダムとイヴの物語が描かれています。

●台本
旧約聖書の「創世記」とミルトンの「失楽園」をもとにした英語の台本(作者の詳細は不明)をスヴィーテン男爵がドイツ語に翻訳したもの。

●編成
天使ガブリエルおよびイヴ(ソプラノ),天使ウリエル(テノール),天使ラファエルおよびアダム(バス),第34番の最後の合唱にアルト独唱,混声四部合唱
フルート3,オーボエ2,クラリネット2,ファゴット2,コントラファゴット,ホルン2,トランペット2,トロンボーン3,ティンパニ,弦5部

第1部 預言とキリストの誕生
種類 曲名 解説
  序奏 ●第1日目
ゆっくりとしたテンポで巧みに混沌を描写した音楽です。力強く暗い和音に続いて,いろいろな楽器によってカオスの状態が巧みに表現されています。
レチタチーヴォと合唱(ラファエル,合唱,ウリエル) はじめに神は天と地をつくられた 天使ラファエルが語るように歌いはじめます。第1部と第2部では,天使たちが天地創造の過程を語り,歌う形で進んでいきます。

しばらくすると,合唱が静かに入ってきます。「光あれ」と歌うと突如,鮮やかに転調され,光に満ちたような状態になります。非常に斬新で印象的な部分です。
合唱付きアリア(ウリエル,合唱) このときさしこむ光の前では ウリエルが合唱を伴って,秩序ある世界の出現を歌います。まず,ウリエルが軽快に歌います。途中で短調に変わり,合唱が切迫した感じで加わってきます。再度長調に戻り,合唱が新しい世界の出現を歌います
レチタティーヴォ(ラファエル) 神は空をつくり ●第2日目
ラファエルが大空の創造と水の区分を告げ,オーケストラがその語りの合間に嵐,雷,雨,雪などを描写します。現代の耳からするとそれほど描写的でもありませんが,楽しげな部分です。
合唱付きソプラノ独唱(ガブリエル,合唱) 喜ばしげな天使たちは 天使ガブリエルを中心に第2日目の神様の仕事をたたえます。
合唱も加わって,晴れやかな気分に包まれます。
レチタティーヴォ(ラファエル) また,神は,天の下の水は一所にあつまり ●第3日
ラファエルが海陸の区分を告げます。
アリア(ラファエル) 泡だつ波となってうねり 暗い雰囲気で始まり,荒れ狂う海を歌います。その後は,長調に変わり,山や河の情景を歌い,オーケストラが描写的に描きます。景色によって,楽想が変化します。最後は小川が谷間を流れる,ということで穏やかな雰囲気になります。
レチタティーヴォ(ガブリエル) また,神は,地に,青草と種をつくる草と ガブリエルが草木の創造を告げます。
アリア(ガブリエル) いまや野の新緑が ガブリエルがオペラのコロラトゥーラを思わせるような美しく,聞きごたえのあるアリアを歌います。伴奏に入って来る木管楽器などの音色も暖かで,春が来たような穏やかな歌が続きます。
レチタティーヴォ(ウリエル) そして天使たちは,第3日目のみわざを告げ ウリエルが「3日目のみわざを告げ」と語ります。低弦の響きが神秘的です。
10 合唱 弦の調べをあわせよ 神への讃歌が合唱で歌われます。対位法的に歌われ,華やかに盛り上がります。
11 レチタティーヴォ(ウリエル) また,神は,ひると夜を区別するために ●第4日
ウリエルが天体の創造を告げます。「星を作った」ということは,天動説ということですね。
12 伴奏付きレチタティーヴォ(ウリエル) いま光に満ちて 神秘的で荘厳な序奏に続いて,ウリエルが高らかに「太陽と月と星」の創造を歌います。ここでも,それぞれの天体に応じて歌い分けられています。
13 独唱群付き合唱 天は,神の光栄を語り 第1部の結びは3人の独唱と合唱による壮麗な曲です。和声的手法と対位法的な手法を組み合わせて,神への讃美を歌いながら力強く結ばれます。

第2部
種類 曲名 解説
14 レチタティーヴォ(ガブリエル) また神は,水にうごめく生物をあまた生じ ●第5日
ガブリエルが空と海の生き物の創造を告げます。
15 アリア(ガブリエル) 力強い翼で 楽しげで古典的な感じのする序奏に続いて,ガブリエルがさまざまな鳥の姿を歌います。鳥は,「鷲」「ひばり」「鳩」「ナイティンゲール」の順に出てきて,技巧的に歌い分けられます。
16 レチタティーヴォ(ラファエル) また神は鯨と 今度はラファエルが海の生物の創造を告げます。
17 レチタティーヴォ(ラファエル) そして天使たちは永遠の竪琴をかき鳴らし ラファエルが「天使たちが第5日目のみわざを歌った」と告げます。
18 三重唱(ガブリエル,ウリエル,ラファエル) 優美なすがたして 3人の天使の三重唱です。まず,この3天使が交互に自然の恵みのなかの生物の姿を親しみやすく爽やかなメロディに乗せて歌います。ガブリエル,ウリエル,ラファエルの順に歌った後,その後,3人そろって「たくさん生き物を作ってくれましたねぇ」と神の力を讃美します。
19 独唱群付き合唱(ガブリエル,ウリエル,ラファエル,合唱) 主のみ力は大いなる 前の曲を受けて,神の力をたたえます。3人の独唱に,合唱を加えてさらにスケールアップしていきます。

「天地創造」を2部構成で演奏する場合は,ここで休憩が入ることもあります。
20 レチタティーヴォ(ラファエル) また,神は,地に各種の生物ができ ●第6日
ラファエルが陸の生物の創造を告げます。
21 伴奏付きレチタティーヴォ(ラファエル) 大地のふところはただちに開かれ どことなくユーモラスな序奏の後,陸の生物の姿が描写的に歌われます。オーケストラの楽器の使い方の多彩さや曲想の変化の楽しめる部分です。ライオン,トラ,鹿,馬,牛,羊,虫の順に動物が登場します。

この辺りには,ハイドン版「手のひらを太陽に」といった感じの歌が続きます。
22 アリア(ラファエル) いまぞ天は光に満ちて輝き ラファエルが,動物たちが溢れている様子を歌った後(途中に出てくる重低音が印象的です),「ところで...人間が欠けていますね」と歌います。
23 レチタティーヴォ(ウリエル) 神は,ご自分にかたどって人間をつくり ウリエルが神に似た人間の男女の創造を告げます。「神様は鼻から息を吹き入れて人間は命を持った」と最後に歌っていますが,人間は風船の人形みたいなものなんですかね。
24 アリア(ウリエル) 威厳と気高さを身につけ ウリエルが民謡風の素朴なメロディに乗せて,寄りそう男女の姿を歌います。歌詞の中にあるように「春」のような雰囲気の曲です。
25 レチタティーヴォ(ラファエル) 神は,そのわざを見 ラファエルが第6日目の創造を告げます。
26 合唱 大いなるみわざは完成された 神をたたえる簡潔な合唱です。
27 三重唱(ガブリエル,ウリエル,ラファエル) おお主よ,すべてが御身を敬い仰ぐ ポーコ・アダージョにテンポが落とされ,3人の天使によって神の力が歌われます。まず,ガブリエルとウリエルによって歌われた後,ラファエルの独唱になりちょっと暗い雰囲気になります。最後は3人によって,しっとりとしたメロディで歌い継がれていきます。
28 合唱(合唱,ガブリエル,ウリエル,ラファエル) 大いなるみわざは完成された 神の仕事をたたえる合唱です。次第に壮大なフーガに発展し,「ハレルヤ,ハレルヤ...」と歌われ,第2部が結ばれます。ヘンデルの「メサイア」のハレルヤ・コーラスと同じような場所で歌われるのが興味深いところです。

第3部
種類 曲名 解説
29 管弦楽序奏と伴奏付きレチタティーヴォ(ウリエル) 甘き響きに目覚め ここからは人間が主役となります。フルートを中心とした穏やかな序奏は,アダムとイヴの住む,楽園の雰囲気を描いています。ウリエルがこの2人の姿を歌います。
30 合唱付き二重唱(イヴ,アダム,合唱) おお主なる神よ,天と地は 軽快なリズムを持った序奏に続き,アダムとイヴが神への感謝を気持ちを歌います。オーボエが美しく絡んできます。続いて,合唱が加わってきます。途中でテンポが少し速くなり,最後は永遠の信仰を誓う大規模な合唱に発展していきます。
31 レチタティーヴォ(アダム,イヴ) 創り主に感謝を捧げ アダム,イヴの順にお互いの愛の絆の強さを語ります。
32 二重唱(アダム,イヴ) やさしき妻よ,おまえのそばにいれば 息の長い優美なメロディにのって,2人が限りない愛を歌い上げて行きます。アダム,イヴの順に歌った後,二人が声を合わせて,甘い歌を歌います。途中からテンポがアレグロに変わり,オペラのアリアを聞くような楽しげな雰囲気で終わります。
33 レチタティーヴォ(ウリエル) おおしあわせな一組の男女よ ウリエルがアダムとイブにむかって結婚式を上げる牧師さんのような祝福の言葉を語ります。
34 独唱群付き終曲合唱(合唱,アルト,テノール,ソプラノ,バス独唱) すべての声よ,主にむかいて歌え 神への讃美と感謝を捧げる合唱です。最初はホモフォニックな感じで「主をたたえて歌え」と堂々とした感じで始まります。続いて独唱者群を加えて,荘重なフーガに発展してきます。最後は再びホモフォニックな書法に戻り,「アーメン」の言葉で力強く全曲が結ばれます。

2部の最後が「ハレルヤ」,3部の最後が「アーメン」というのは,先に書いたように「メサイア」と共通します。この辺にもヘンデルのオラトリオの影響が感じられます。
(参考文献)作曲家別名曲解説ライブラリー26 ハイドン.音楽之友社,1996
(2003/11/**)