ハイドン Haydn

■エルディーディ四重奏曲,op.76,Hob.III-75〜80(全6曲)
ハイドンは「交響曲の父」であるとともに「弦楽四重奏曲の父」とも言われています。そのハイドンの弦楽四重奏曲の中でもっともよく演奏されるセットがこの「エルディーディ四重奏曲(全6曲)」です。6曲中4曲にタイトルが付いていることもその理由の一つですが,何といっても内容的に充実しているのがそのいちばんの理由です。ハイドンの追及してきた弦楽四重奏という形式のゴールであり,ベートーヴェンをはじめとする後世の弦楽四重奏曲につながるスタート点であるともいえます。ソナタ形式のみならず,変奏曲形式,対位法的手法など,多様かつ自由な作風を追求した6曲です。

ちなみに,この「エルディーディ」というのはハイドンがこの曲集を献呈した貴族の名前です。

  1. op.72-2 ニ短調「五度」
  2. op.72-3 ハ長調「皇帝」
  3. op.76-4 変ロ長調「日の出」
■弦楽四重奏曲第76番ニ短調,op.76-2,Hob.III-76「五度」
第1楽章(アレグロ,ニ短調,4/4,ソナタ形式)
悲愴感の漂う「ラーレー,ミーラー」という下降動機で始まります。この「ラ」と「レ」は五度音程が離れていますので,この曲は「五度」というニックネームが付いています。この下降動機はいたるところに使われています。なかなか,マニアックな感じのニックネームといえます。

この動機は,切迫感をあおるような和声的な伴奏に乗って提示されます。その後は,悲愴感は薄れ,第1ヴァイオリンによる舞い上がるように軽快な旋律が続きますが,ところどころ翳りが感じられます。5度の下降動機が対位法的に絡んだ後,へ長調の第2主題になりますが,この部分は第1主題の再用です。その後,シンコペーションが特徴的なカデンツァが続き,充実したかなり長い小結尾部となります。最後の部分で,チェロがちょっと不気味な感じで出てくるのも印象的です。

展開部でも五度動機が頻繁に出てきます。五度動機の反行形が出て来たり,充実した展開を見せます。再現部では,まず第1主題が型通り再現されます。第2主題は,一部省略された形で再現されます。小結尾は経過部の旋律の冒頭動機と5度下降動機のみが残されて小節数は半分に短縮されています。シンコペーションのリズムの伴奏の上に小結尾部分が自由に展開されて暗いムードのまま第1楽章は結ばれます。

第2楽章(アンダンテ,ニ長調,6/8,3部形式)
他の楽器がピツィカートで伴奏する上に,第1ヴァイオリンがなだらかなメロディを演奏します。このメロディでも5度の音程が使われています。中間部は,自由に転調しながら,リズミックに展開されます。続いて最初の部分が再現されます。その後,ピツィカートの伴奏の上に第1ヴァイオリンによる装飾的なパッセージが出てきて,変奏されます。最後はピアニシモでひっそりと閉じられます。

第3楽章(メヌエット,ニ短調,3/4)
第1ヴァイオリンがほの暗いメロディを演奏し,ヴィオラ,チェロがその後を追いかけるカノンで始まります。トリオでは,スタッカートで和音が持続されます。段々とダイナミックな感じが強まってきます。かなり変わった雰囲気のあるメヌエット楽章です。

第4楽章(ヴィヴァーチェ,ニ短調,2/4,ソナタ形式)
ザロモン交響曲の終楽章の形式を応用して作られています。暗い切迫感を持った第1主題がまず出てきます。ひとしきり演奏した後,ちっと立ち止まるのが独特の味を持っています。経過部で変奏された後,第2主題が保持音の上に出てきます。展開部では短調を主体として切迫した気分を保ったまま次々に調性が変化します。再現部も最初は,短調で始まりますが,最後は長調に変わって全曲が結ばれます。(2003/11/09)


■弦楽四重奏曲第77番ニ短調,op.76-3,Hob.III-77「皇帝」
ハイドンの弦楽四重奏曲の中でいちばんよく知られた曲です。「皇帝」のニックネームは第2楽章の主題がハイドン作曲のオーストリア国家「皇帝讃歌」であることによります。

第1楽章(アレグロ,ハ長調,4/4,ソナタ形式)
明るくのびやかな第1主題が率直に提示されます。その後,付点リズムによる音型が冒頭に出てきた動機と組み合わされて,進んでいきます。経過部はカノン風にはじまり,装飾音を加えて変奏されます。第2主題も第1主題から派生したものです。16音符で刻まれる伴奏の上に力強く提示されます。その後,こちらもカノン風に展開し,小結尾になります。

展開部は,第1主題が対位法的に展開されます。その後,チェロとヴィオラが空虚な持続低音を鳴らしている上にヴァイオリンが田舎風ダンスのようなメロディを演奏し,クライマックスを作られあす。再現部は型通り行われます。

第2楽章(ポーコ・アダージョ・カンタービレ,ト長調,2/2,変奏曲)
主題が原型のまま保たれているわかりやすい変奏曲です。主題はオーストリア国歌となっている「皇帝賛歌」です。シンプルな親しみやすさと威厳とが合わさったメロディが表情たぷりに演奏されます。
 第1変奏:第2ヴァイオリンが主題を演奏し,第1ヴァイオリンが16分音符によるオブリガートを付けます。第2変奏:チェロが主題を演奏し,シンコペーションが多用された対旋律が上声部を受け持ちます。第3変奏:ヴィオラが主題を演奏します。ここでも上声部が対旋律を演奏します。第4変奏:再び第1ヴァイオリンに主題が戻って来て楽章を閉じます。

第3楽章(メヌエット,ハ長調3/4)
まず,シンプルなメヌエット主題が出てきます。その後のトリオは短調になりますが,後半では長調に変わり,対比的に示されます。

第4楽章(プレスト,ハ短調,2/2,ソナタ形式)
切迫したような感じで和音的な動機が力強く演奏されます。その後,弱音で旋律的な動機が演奏されます。3連符音型が出てきた後,伸びやかな第2主題が出てきます。技巧的な3連音符などを交えて小結尾になります。

展開部では,カノン風展開,3連音符音型が出てきた後,フォルテで盛り上がりを作ります。再現部は,展開部よりも拡大された形になっています。フェルマータで休止があった後,第2主題が再現され全曲が結ばれます。(2003/11/09)


■弦楽四重奏曲第78番変ロ長調,op.76-4,Hob.III-78「日の出」
第1楽章(アレグロ・コン・スピリート,変ロ長調,4/4,ソナタ形式)
持続される和音の上に,おだやかにじわーと上昇していく第1主題が第1ヴァイオリンで演奏されます。この部分が日の出の様子を思い出させてくれるので,「日の出」というニックネームがついています。この部分だけではく,曲全体にロマンティックで幻想的な部分があるのがこの曲の特徴です。軽快な経過部が出てきた後,チェロに第1主題の変奏形が出てきます。第2主題は第1主題経過部の動機を基にリズミックに出てきて,フォルテシモでシンフォニックに締めくくられます。

展開部は一転して弱音になり短調で始まります。第2主題がダイナミックに展開され,次第にデクレッシェンドしていきます。再現部はほぼ型どおり行われます。フェルマータで音が引き伸ばされて休符が入った後,第1主題によるコーダになります。

第2楽章(アダージョ,変ホ長調,3/4,3部形式)
ロマンティックな性格と幽玄な美しさを持った楽章です。ひっそりと感動的なメロディが演奏されます。このメロディが変奏された後,3連符が出て来たり,カノン風になったり,微妙に陰影や変化が付けられます。中間部では,曲想が短調に変わり,さらに奥深い世界に入ってきます。その後,カノン風の動機の最初の部分に戻ります。3連符動機が展開されて,静かに結ばれます。

第3楽章(メヌエット,変ロ長調,3/4)
優雅で明るいメヌエット主題がまず出てきます。中間部では持続音の上に民俗的なメロディが出てきます。各部分とも主題の後半で前半の楽想が展開されたような形になっているのでは,「ザロモン交響曲」で使われている手法をさらに発展させたものです。

第4楽章(アレグロ・マ・ノン・トロッポ,変ロ長調,2/2,3部形式)
装飾音を含む軽快が主題が出てきます。この主題の後半では対位法的な書法が使われています。中間部は短調に変わり,荒々しい雰囲気に急転します。この対比が鮮やかです。その後,最初の部分が戻ってきます。

この後,次第に速度を増して行くコーダになります。それと同時に音量も上げ,高揚した気分を盛り上げて行って,全曲が結ばれます。(2003/11/11)

(参考文献)
作曲家別名曲解説ライブラリー:ハイドン.音楽之友社