ハイドン Haydn

■交響曲第44番ホ短調,Hob-I-44「悲しみ」

1760年代後半から1770年代前半は,ハイドンにとっては「シュトルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)」時代と呼ばれます。この「シュトルム・ウント・ドランク」というのは,18世紀後半の文芸の運動で,ハイドンの音楽とは,実は関係ないのですが,この呼び名に相応しく,感情が表面に出た音楽が書かれているのも事実です。ハイドンの交響曲はほとんどが長調なのですが,例外的にこの時期には短調の作品が集中しています。

ハイドン初期の交響曲はバロック音楽の伝統を引き継いでいましたが,この時代を境に様式を変化させて行くことになります。この44番はそういう作品群の中でも特に魅力的な作品です。ハイドン自身もこの作品を愛しており,自分の葬儀の時に緩徐楽章を演奏して欲しいと語ったといわれています。事実,1809年に行われたハイドンの追悼演奏会ではこの楽章が演奏されています。この「悲しみ」という愛称もこのエピソードに基づいているといわれています。

第1楽章(アレグロ・コン・ブリオ,ホ短調,4/4,ソナタ形式)
曲の冒頭は完全5度と完全4度の結合したユニゾンの暗い動機で始まります。その後,第1ヴァイオリンが美しいメロディで応えます。経過部は対位法的に進みます。第2主題は長調で力強く演奏されます。

展開部は第1主題の展開で始まり,緊迫した雰囲気を持っています。再現部は呈示部とはかなり違ったものになっています。その後に劇的なコーダが続きます。この楽章は,強弱の対比がはっきりと付けられており,「シュトルム・ウント・ドランク」と呼び名に相応しく劇的なムードに包まれています。

第2楽章 (メヌエット,アレグレット,ホ短調,3/4)
メヌエット言えば可愛らしい舞曲というイメージがあるのですが,この楽章はとても悲しげな音楽です。冒頭のメヌエット主題は最上声部とバス声部とによるカノンで書かれています。対照的にトリオは天国的で抒情的な気分を持っており,鮮やかな対比を作っています。

第3楽章(アダージョ,ホ長調,2/4,2部分ソナタ形式)
控え目な伴奏に乗って,弱音器をつけたヴァイオリンが美しい第1主題を演奏します。その後も優美なメロディが次々と出てきます。この楽章ではクレッシェンドが効果的に使われており,繊細な感情の盛り上がりをうまく表現しています。

第4楽章(フィナーレ,プレスト,ホ短調,2/2,ソナタ形式)
単一の主題によって楽章全体が有機的に構成されています。第1主題は弦楽器のユニゾンで暗く急き立てられるように始まります。この主題は経過部で早くも対位法的に展開されます。第2主題も第1主題と関連のあるものです。展開部でも第1主題の展開が中心となります。再現部は第1主題の最提示が省略され,経過部以下が再現されます。第1主題の冒頭主題をもとにした簡潔なコーダで全曲が結ばれます。モーツァルトの交響曲第40番の最終楽章を先取るようなとても魅力的な楽章です。(2003/11/08)