ハイドン Haydn

■交響曲第45番嬰ハ短調,Hob.1-45「告別」

ハイドンに限らず曲にはニックネームが付くことが多いのですが,ハイドンの場合は,あまりにも沢山の交響曲を作曲したので,ニックネームでも付けないと収拾がつかないところがあります。この曲のニックネームについては次のような有名なエピソードがあります。
ハイドンが仕えていたエステルハージの館は,当初手狭だったため,楽員は家族を同伴することが許されていなかった。楽員は楽長ハイドンに「単身赴任はつらい。何とかしてほしい。よろしくお取りはかり下さい(文面は想像ですが)」と頼み込みました。ハイドンは,エステルハージにこのことを知らせるために,この曲の最終楽章に楽員の気持ちを表すような仕掛けを入れることにした。その仕掛けとは...。
この「仕掛け」によって,ご主人は「なるほど。よくわかった」と楽員の気持ちを理解し,翌日は全員に休暇を与えた,とのことです。

この時代のハイドンは,「疾風怒涛(シュトルム・ウント・ドランク)」時代と呼ばれ,激しい感じの曲が多いのですが,曲全体が短調で書かれているのは,団員の気持ちを表すためと思われます。

第1楽章 
序奏なしで全合奏で激しく暗く下降する第1主題が演奏されます。切迫した雰囲気が見事に伝わってきます。その後,新しいメロディが加わったり,転調したりして展開していきますが,基本的には第1主題の繰り返しです。第2主題は呈示部の最後に少しだけ出てきます。展開部も第1主題を中心に展開しますが,途中で新しい長調のメロディが出てきます。展開部の途中に新しいメロディが出てくる珍しい例です。再現部も暗い雰囲気のままです。

第2楽章
ヴァイオリンが弱音器をつけて静かな旋律を歌います。他の楽器は控え目に伴奏をしています。第2主題はあまり目立ちません。オーボエやホルンなどが時々登場しますが,弦楽器の憂いに満ちた響きにおおわれた楽章となっています。激しい第1楽章と好対照を成しています。

第3楽章 
アレグレットのテンポの温和なメヌエットです。長調なのですが,あまりからっとした感じがしないのは,ハイドンの隠し技でしょう。中間部はホルンの重奏が活躍します。

第4楽章
この曲の最大の聴きもの,見ものとなる楽章です。この楽章は2つの部分に分かれています。第1部は,普通の交響曲の終楽章によくある,速いテンポの部分です。第1楽章と同じ調性で暗い雰囲気におおわれています。第2主題も出てきますがここでもあまりはっきりとは登場しません。第1主題を中心とした展開部の後,型どおりの再現部がありますが,最後はフェルマータで伸ばされ,第2部に移っていきます。

第2部はアダージョでイ長調です。ここからは,とても穏やかな雰囲気に切り替わります。最初は全楽器でこの名残惜しげな主題を演奏しますが,出番が終わった奏者は,順々に席を立って(譜面台の照明を消して)退出することになっています。第1オーボエ,第2ホルン,ファゴット,第2オーボエ,第1ホルン,コントラバス...といった順です。

同じ雰囲気のまま,コーダに入っていきます。ここでは,4部に分かれたヴァイオリン,ヴィオラ,チェロだけになっています。チェロ,第2ヴァイオリン,ヴィオラという順にいなくなり,最後は第1ヴァイオリン2人だけになり,消えるように曲は終わります。

ヘルマン・シェルヘン指揮のこの曲の録音では,1人退出するごとに"Auf Wiedersehen"と別れの言葉を言わせていますが(知らずに聞いたらびっくりします),現代曲に多い「パフォーマンス入りの曲=シアターピース」の先駆的なものと言えそうです。(2002/7/16)