ハイドン Haydn

■交響曲第94番ト長調Hob.I-94「驚愕」

ハイドンの書いた交響曲の中でも特に親しまれている作品です。この曲はハイドンがロンドンの聴衆のために書いた「ロンドン交響曲集」(第1期)の中の1曲です。この交響曲集では,一般の聴衆にもわかりやすい親しみやすさと作品の完成度の高さとが両立していますが,この曲はその典型といえます。

この曲が「驚愕」と呼ばれるのは,第2楽章の最初に表れる,聴衆をびっくりさせるような有名な演出によります。英語では「The Surprise」というニックネームで呼ばれていますが,ドイツ語では「Mit dem Paukenschlag(ティンパニの一撃付き)」といいます。これは例の「びっくり」の箇所がティンパニを含む突然のフォルテで演奏されることによります。ちなみに交響曲第103番「太鼓連打」のドイツ語のニックネームは「Mit dem Paukenwirbel」といいます。有名な第2楽章以外でもティンパニは活躍します。第4楽章の最後の方には「連打」が出てきます。

ただしこの曲は,第2楽章の「一撃」だけに注目するのではなく,是非,全体を聞いてほしい作品です。どこを取っても無駄なところのない簡潔なバランスの良さは古典派の代表作といえます。

第1楽章
序奏とソナタ形式の主部から成っています。序奏はまず,木管楽器が呼び掛け,弦楽が応える形で始まります。何度か対話をするうちに弦楽器の方が次第に暗いムードになっていきます。

そのムードを振り払うかのように弦楽器に爽やかな第1主題が出て来て,主部に滑らかに移って行きます。この主題の後半の方はフォルテになり,ティンパニなども加わってダイナミックな感じになります。ここで出てくる「タタタ・ター」という音型は,この楽章の基調を作るものです。第2主題は強い性格を持ったものではなく,シンコペーションのリズムで静かに同音を繰り返した後,速いパッセージが続くものです。最後に結尾的なメロディが出て来て呈示部が終わります。

展開部は第1主題の冒頭の動機で始まり,途中から短調になります。その後も様々な調性に転調されます。第2主題のパッセージなどが出てきた後,再現部になります。経過的な部分が省略されて第1主題,第2主題が再現された後,第1主題がさらに展開されます。この手法はべートーヴェンの交響曲を予告するものです。一息ついた後,ホルンの低音を合図にコーダに入ります。再度第1主題の動機が演奏され,結尾音型が出て来た後,楽章が結ばれます。

第2楽章
先にも書いたとおりこの曲のニックネームの由来となった「演出」を含む楽章です。この楽章は変奏曲形式で書かれています。「ドッドッミッミッソッソッミー...」という鼻歌で歌えそうな素朴な民謡風のメロディが主題です(このメロディはオラトリオ「四季」の「春」の中でも使われています)。この主題が弦楽器を中心としてひっそりと演奏されます。これがもう一度繰り返され,さらに神妙に弱々しくなって行き,消え入りそうになったところで...「ジャン」というフォルティシモが鳴り響きます。

この「びっくり」の一撃が,主題が繰り返された後に出てくるが心憎いところです。1回目の方は「不発弾」という感じでもったいぶった感じで終わり,2回目の方はそのポテンシャル・エネルギーを蓄えた分,「驚き」も「ユーモア」もぐっと大きくなります。

「本当にこれで驚くかどうか」という実用的な問題は別として,何度聞いても,思わず微笑みが出て来る部分です。どの作曲家も越えることのできない,音によるユーモアのもっとも単純にして明快な最高傑作と言えます。ちなみにこの演出ですが,居眠りしがちなロンドンの聴衆をからかうためのアイデアと言われています。演奏中に居眠りしている人でも楽章の間になると,「フッ」と目を覚ますものですので,第2楽章が始まった直後に居眠りすることは考えにくいと思います。実用というよりは単純なユーモアとしてハイドンは書いたのでしょう。

この「驚愕音」の後,主題の後半が出てきます。ここでは緊張感が解け滑らかなメロディになります。フルートが加わってくるのもハイドンらしいところです。その後,4つの変奏が続きます。変奏といっても,この「ドッドッミッミッ」というメロディ自体は変化しません。第1変奏は力強く始まります。主題よりも第1ヴァイオリンが演奏する装飾的なオブリガートの流れるようなメロディの方が印象的です。第2変奏は短調になります。その後に続くほっとするような部分と好対照を成します。後半部はここでもヴァイオリンの速い音の動きが印象的です。

第1ヴァイオリンによるブリッジ的なメロディの後,第3変奏に移ります。ここでは,オーボエと弦楽器による細かい音の動きが印象的です。その後,フルートも加わります。第4変奏は管楽器がダイナミックに主題を強奏します。その間,弦楽器は6連符でオブリガートを付けています。他の楽器は「ワンツー,ワンツー」という後打ちリズムになります。その後は対照的にひっそりとした感じになります。

コーダでは,ここまで明快だった雰囲気がちょっと曇ります。オーボエとファゴットなどが名残惜しそうなメロディを演奏して静かに結ばれます。

第3楽章
急速なアレグロ・モルトのメヌエットです。3拍子で優雅に踊るためのメヌエットというよりは,1拍子のスケルツォ的な指向があります。このメヌエットは途中でカノン風になります。中間部のトリオはひっそりとした感じになり,弦楽器とファゴットで演奏されます。ここでも主題が途中で対位法的に扱われます。その後,最初のメヌエットが戻って来ます。

第4楽章
ハイドン後期の交響曲の最終楽章の構造を集大成したような見事な楽章です。親しみやすい2つの主題をもとに,対位法,色彩的な和声,ウィットなどハイドンの素晴らしさが簡潔に盛り込まれたロンド・ソナタ形式で書かれています。

沸き立つ気分を抑えるように弱音の第1主題で楽章は始まります。その後,フォルテでこの主題が盛り上がり,ヴァイオリンが華やかに動き回ります。ちょっと間があった後,軽やかなリズムに乗って第2主題が出てきます。このメロディも流れの良いものです。

その後,第1主題が再現されます。ここではファゴットが加わっています。新しいメロディを加えて転調されながら展開部を構成します。その後,第1主題がまた再現されます。ここではフルートとファゴットが加わっています。短調の部分が続いた後,また,第1主題が再現します。第2主題が完全な形で再現した後,コーダになります。

まず,第1主題の動機が木管楽器で演奏された後,ティンパニがいきなり強打を始めます。この部分は,この曲のもう一つの「驚愕」の部分といえそうです。この後,調性が急に変化し劇的な雰囲気になりますが,再度,基の調性に戻り,トランペットなどを加えて,華やかに全曲が結ばれます。(2004/01/31)