マーラー Mahler
■大地の歌 Das Lied von der Erde

狭心症の発作を起こし,健康を害したマーラーが,現世への告別の歌として書いたのがこの「大地の歌」です。その名のとおり,全6楽章のすべてに独唱(「テノール」と「アルトまたはバリトン(以下アルトとのみ書きます)」が入るという変わった”交響曲”です。管弦楽伴奏付きの歌曲といっても良いような作品です。

歌われている歌詞も西欧で作られた作品としては珍しく,李白,孟浩然,銭起といった中国の詩人の作った詩のドイツ語訳がテキストとして使われています(ただし直訳ではありません。以下の解説中の詩人の名も確定したものではありません)。これは,20世紀前半の「東洋趣味」の流行と関係があるのかもしれません。

歌詞の内容,曲の雰囲気は厭世的なものとなっています。マーラー自身,「第9」のジンクスをかなり意識しており,ベートーヴェン,ブルックナー,シューベルトといったウィーンゆかりの作曲家が皆,第9交響曲を書いて死んでいることを恐れていました。そのため,この「大地の歌」を第9番とせず,番号なしで交響曲「大地の歌」と名づけました(タイトルには「交響曲」という語は入っていないのですが,サブ・タイトルに交響曲と明記されています)。その後,第9を欠番として,「第10番」を完成させましたが,その初演に接することなく1911年に51歳で亡くなっています。結局この「10番」は現代では,「第9番」と呼ばれていますので,マーラー自身,「第9のジンクス」を破れなかったことになります。少々「意識し過ぎ」ですが,その辺がマーラーらしさとも言えます。

第1楽章 大地の悲しみによせる酒の歌 Das Trinklied vom Jammer der Erde(歌詞:李白による)テノール独唱
この交響曲では,テノールとアルトという2人の独唱者が1曲おきに登場します。第1曲は,テノール独唱が加わります。

この第1曲は,酔った勢い歌っているような曲です。歌詞は3節からなっており,それぞれが”Dukel ist das Leben, ist der Tod!(生は暗く,死も暗い)"という句で結ばれています。つまり,3つの部分に分けることができます。

楽章は,荒々しいホルンの斉奏とキラキラするような独特の響きで始まります。続いて出てくる弦楽器によるメロディには全曲を特徴づける音程が含まれています。どこか東洋的な雰囲気を漂わせています。テノールが「金杯の酒は私たちを招く。だが,飲むのを待て,1曲歌おう」という感じで声を絞り出すように歌い始めます。そのうちに悲痛な感じとなってきて「生は暗く,死も暗い」と沈み込みます。

第2部の最初も冒頭のホルンが出てきます。第1部と似たようなメロディで,酒を讃えますが,最後はやはり「生は暗く,死も暗い」となります。歌詞に続く部分では,木管楽器やヴァイオリンが美しく絡み合うように進み,ハープも活躍します。

第3部は,ヴァイオリンのトレモロとフルートの「トゥルルルー」という感じのフラッター・タンギングを伴って,トランペットとイングリッシュホルンが自然を讃える歌を静かに演奏します。最終楽章に対応するような,深みのあるいかにもマーラー的な部分が続きます。

再度,最初の動機が出てきて,テノールが厭世的な内容の歌詞を叫ぶように歌います。最後はまた,「生は暗く,死も暗い」で結ばれます。冒頭のホルンのフレーズが再度出てきた後,ドキリとさせるようなぶっきらぼうな低音が「ドン」と鳴って楽章は終わります。

第2楽章 秋に寂しきもの Der Einsame im Herbst (歌詞:銭起による) アルト独唱
緩除楽章的な性格を持っている楽章です。弱音器をつけたヴァイオリンによって静かな秋風を思わせる音形がしみじみと演奏されます。この音形は楽章を通じて,ほとんどずっと続いています。その上にオーボエが憧れに満ちたメロディを演奏します。この音型は第1楽章の動機と共通しています。これがフルートで繰り返された後,アルトが「秋霧がつめたく湖面をわたる」と下降するメロディを歌い始めます。

気分が変わり,チェロとホルンがそれぞれ違ったメロディを重奏します。独唱の方は秋の湖の情景を歌います。ヴァイオリンの細かい音形が再度出てきて,独唱は歌い出しと同じ形で「花の甘い香りは消え去り..」と歌います。少し高揚したあとすぐに静まり,「私の心は疲れた」と孤独な心を歌います。「私はやってきた。私に憩いを与えてくれ。私には休息が必要なのだ」と歌う部分では伴奏のヴァイオリンの響きと相まって,非常に美しいクライマックスを作ります。

再度,冒頭のヴァイオリンの細かい音形が戻ってきます。今度はこの上にファゴットが加わります。途中からオーボエに変わり,独唱は「孤独のうちに泣こう」と歌います。オーケストラが高揚した後,静まり,独唱は「愛の太陽はもう一度現われてはくれないのだろうか」と歌います。ヴァイオリンの細かい音形の上にオーボエのメロディが再度出てきた後,ホルン,ファゴットが答え,最後にクラリネットが出てきた後,静かに楽章を閉じます。

第3楽章 青春について Von der Jugend(歌詞:李白による) テノール独唱
第1楽章,第2楽章はそれぞれ10分近くかかり,最後の第6楽章は30分近くかかります。その間に入る第3〜5楽章は比較的規模が小さい楽章となります。この第3楽章は,その中でもいちばん短い楽章です。東洋的な音階が親しみやすくテレビCMでも使われたこともあります。

ホルンとトライアングルの伴奏に乗って,木管楽器が中国風の五音音階を楽しげに演奏します。テノールが「小さな池の真ん中に緑と白の陶器造りの亭がたっている」と鼻歌まじりで機嫌よく歌い始めます。転調した後,さらに楽しい気分が続きます。

気分が少し落ち着いた後,神秘的な気分になり,水面に映っている情景を歌います。その後,冒頭の木管のメロディが戻ってきます。最後にヴァイオリンとピッコロが高い音を残して楽章は終わります。

第4楽章 美について Von der Schonheit(歌詞:李白による) アルト独唱
フルートと弱音器を付けたヴァイオリンが別々のメロディを演奏し始めます。独唱は,乙女たちの花摘みの情景を歌います。少し遅れて木管に五音音階のメロディが出てきます。これは第3楽章のメロディと関係があります。

曲は転調し,冒頭のメロディの変形が木管に現われ,独唱は乙女たちの美しさについて歌います。曲は高揚し,全合奏による激しく,リズミカルなクライマックスに至り,東洋的な気分におおわれます。この部分では,岸辺で疾走する馬の様子が歌われます。歌に応えて,オーケストラが高揚した後,冒頭のヴァイオリンのメロディが戻ってきます。しだいに速度を落とし,最後はゆっくりと尾をひくように演奏され,神秘的なチェロとハープのフラジオレットを残して楽章は終わります。

第5楽章 春に酔えるもの Der Trunkene im Fruhling(歌詞:李白による) テノール独唱
木管とホルンの装飾的な音形によって楽章は始まります。続いて,テノールが酔ったように歌いはじめます。これに応える弦楽器のメロディは第1楽章の主要動機と関係がありますが,酔っ払っているかのように変形されています。「終日,酒に溺れよう」「そのまま眠り込んでしまおう」と歌います。

冒頭の部分が戻ってきて,テノールはさらに歌を続けます。途中木管楽器が鳥のさえずりを模倣します。ヴァイオリン・ソロも美しく絡み合います。

冒頭のホルンの動機が,全合奏のオーケストラと共に戻ってきます。テノールは最後,奔放に「私にとって春が一体何であろうか?私を酔いしれさせておいてくれ」と歌い終わります。全曲中この楽章だけは華々しく結ばれます。

第6楽章 告別 Der Abschied(歌詞:孟浩然と王維による) アルト独唱
全体の半分の長さを占める長大な楽章です。マーラー自身の現世に対する別れの言葉のようです。激しい慟哭よりはペシミスティックな諦めを感じさせる楽章となっています。それと同時に大地に対する賛歌となっています。

楽章は大きく分けて3つの部分から成っています。最初にタムタムを伴った低音楽器の重い音で始まります。この音にはどこか,お寺の鐘を思わせるような渋さがあります。その上にオーボエが寂しげな動機を演奏し,ホルンの下降音形が続きます。これらの動機はこの楽章中に何度も登場することになります。その後,ヴァイオリンが憧れに満ちた甘いメロディを演奏します。チェロが低音を持続する上にアルトがわびし気に「太陽は山なみの後ろにかくれ」とわびし気なメロディを歌い始めます。鳥の声を表すフルートだけが,寂しく答えます。

クラリネットが下降音形を演奏し,オーボエが続いた後,独唱が「おお見よ,月が青い空に,銀の小船のようにかかるのを」と夕べの情景をしみじみと歌います。オーボエがこれを受けた後,さらに歌は続きます。

ハープとクラリネットによって,小川が流れるような流麗な音楽が始まり,その上にオーボエがしみじみとしてメロディを演奏します。その後,独唱が夕暮れの小川の情景を歌い,フルートが応答します。音楽は美しい盛り上がりを見せます。

その後,第2楽章に現われた寂しげな動機が出てきて「疲れた人々は家路をたどる」と歌います。オーケストラにはいろいろな動機が出てきて,暗くなっていく大地を歌います。

冒頭に出てきたのと同様の低弦が出てきて,独唱は「鳥は静かに枝の上にうずくまり」と歌います。オーケストラの方にも鳥の声を描写するような音が出てきます。それが眠るように消えると,大地も静まります。

第2部は低く静かに伸ばされた音の上に,独唱が松の木陰で友を待つ身の上を寂しく歌います。ここでもフルートだけがこれに答えます。マンドリンと2台のハープの上にフルートが歌い始め,ヴァイオリンがロマンティックに引き継ぎます。この部分のマンドリンの響きはどこか箏を思わせる東洋的な雰囲気を持っています。

独唱は友を待ちわびる歌を歌います。音楽は憧れに満ちた気分を持って盛り上がり,自然の美しさを賛美します。冒頭に似た雰囲気になり,次の部分への橋渡し的な部分になります。

タムタムを伴った低弦に導かれ,イングリッシュ・ホルンが冒頭の動機を演奏します。ここでは冒頭でホルンに現われた音型がクラリネットに現われます。その後,オーケストラによる長い間奏が始まります。ここでは下降していく音型が執拗に繰り返されます。音楽は高揚した後,重い低音を残して終わります。

第3部も低音の持続音の上にアルトのモノローグが出て来て始まります。時々タムタムが鈍く響く中,独唱が最後の別れの歌を歌い始めます。このモノローグは先に出てきたものと同様ですが,今度はフルートの応答がありません。ファゴットの演奏する動機が別れの気分を盛り上げます。

クラリネットとハープに小川を表す動機が出てきた後,フルートが加わります。独唱は「故郷に向かってさまよい行こう」と歌い始めます。オーケストラは感極まったように,ハープの伴奏の上に甘い音楽を演奏します。チェレスタやマンドリンが加わり,彼岸の音楽のような美しい響きの中で独唱は大地を讃える歌を歌います。「永遠に,永遠に(Ewig...Ewig...)」という言葉が繰り返し歌われた後,オーケストラは次第に静まり,余韻を残すように全曲は終わります。

(参考文献)マーラー(作曲家別名曲解説ライブラリー1).音楽之友社,1992
(2005/11/07)