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マーラー Mahler
交響曲第1番ニ長調「巨人」  Symphony No.1
大作揃いのマーラーの交響曲の中で,親しみやすいメロディと青春の気分に満ちた曲として特に人気の高いのが「巨人」です。交響曲第1番という名のとおり,マーラーの作品の中でいちばん最初に聞くべき作品でしょう。

「巨人」というタイトルですが,実は,意味不明です。マーラーが若い頃愛読していたジャン・パウルの同名の小説からインスピレーションを得て作曲されたということですが,現在,このジャン・パウルの作品が読まれることはほとんどありません。一体,どこが巨人なのか理解できる人は今となってはほとんどいないでしょう。マーラー自身も最終的には「巨人」というタイトルを外し,ただの「交響曲第1番」としていますのであえて「巨人」と呼ぶ必要はありません。ジャン・パウルの「巨人」という作品自体,巨人主義に反対する,という内容らしいので,この曲を聞いて,体格の良いプロレスラーなどをイメージしてはいけないことになります。日本人的な感覚で言うと,タイトルを付けておくと「巨人,大鵬,玉子焼き(古い?)」という言葉などを思い浮かべますので,CDの売り上げが良くなるという現実的な理由があるからなのかもしれません(ただし,この「巨人」の原題は「ジャイアンツ Giants」ではなく「タイタン Titan」です)。

名指揮者のブルーノ・ワルターは,この曲のことを「マーラーの”ウェルテル”」と呼んでいますが,この呼び名の方が曲のイメージに合っているのではないかと思います。当時,マーラーは,ヨハンネ・リヒターという歌手に恋をしていたのですが,結局,実ることはありませんでした。その失恋が,歌曲集「さすらう若人の歌」を書かせ,さらにこの交響曲へと繋がっています。この2作品には共通するメロディがいくつか出てきますが,どちらも悩み多き青春の日々の心の歌と言っても良い作品となっています

このマーラー最初の交響曲ですが,4楽章の交響曲になるまで,次のように何回か改訂されています。

(1)2部から成る交響詩(1889年ブダペストで初演)
 第1部:序奏とアレグロ・コモード,アンダンテ,スケルツォ
 第2部:葬儀の様式で,モルト・アパッショナート

(2)全スコアを改訂し5つの楽章にそれぞれ標題を与えた(1893年ハンブルクで初演)
 第1部「若人,美徳,結実,苦悩のことなどの日々から」(1.終わりのない春,2.花の章,3.帆に風うけて)
 第2部「人間喜劇」(1.座礁!(カローの画風による葬送行進曲),2.地獄から)

(3)4楽章形式の交響曲に改訂(1899年に出版)
第2楽章「花の章」を取り去り,各部の標題をカット(「花の章」はその後,独立した曲として出版)

楽器編成は,次のようにかなりの大編成です。実演などでは,ホルン,トランペットといった金管楽器群の華々しい活躍が視覚的にも目に付きます。

フルート4(3,4番奏者はピッコロ持ち替え),オーボエ4(3番奏者はイングリッシュ・ホルン持ち替え),クラリネット4(3番奏者はバス・クラリネット,4番奏者は小クラリネット持ち替え),ファゴット3(3番奏者はコントラ・ファゴット持ち替え),ホルン7,トランペット5,トロンボーン4,チューバ,ティンパニ2,大太鼓,シンバル,トライアングル,タムタム,ハープ,弦5部

第1楽章 ニ長調 4/4 ソナタ形式
「自然の響きのように」と指示された神秘的な序奏で始まります。弦楽器のハーモニックスでラの音が延々と引き伸ばされます。長調か短調かもはっきりせず,朝霧に包まれた自然といったムードを作っています。ベートーヴェンの第9交響曲の第1楽章の冒頭部と似た,何かが起こる前触れのような序奏部ですが,マーラーの方がより清澄です。

しばらくするとオーボエ,ファゴットなどが「ラ−ミ」と4度音程が下がるモチーフを何回か演奏します。この部分ではまだ控えめですが,この4度動機は曲全体の核となる重要なものです。クラリネットがひっそりとファンファーレのような音形を演奏した後,再度,4度動機が繰り返されます。トランペットが舞台裏でファンファーレを演奏したり,カッコウの声が出てきたり,ホルンによるのどかな歌が出てきたり,静かな中にも変化の富んだ音楽が続きます。その後,低音部に半音階的にうごめくような動機が低弦に出てきます。「タンタンタ,タタタ」という3連符を含むこの動機も重要なものです。

そのうちに調性がニ長調となり,4度動機をクラリネットが繰り返し演奏します。この動機がチェロの演奏する第1主題につながっていきます。これは,歌曲集「さすらう若人の歌」第2曲の「朝の野辺を歩けば」のメロディです。この主題の最初の2音は4度下がる形ですので,本当に自然に第1主題へとつながります。ニ短調からニ長調への転換とあわせ,ぱっと爽やかな景色が広がるような鮮やかな印象を残す部分です。この主題は,一度聞けばすぐに覚えられるような,鼻歌で歌いたくなるような軽快なメロディです。この主題は他の楽器を加えて,対位法的に扱われ,変形されていきます。

イ長調に転調された後,第1主題と関連した音の動きを持った第2主題が出てきます。この2つの主題には大きな性格の違いはありませんので,第1主題の気分がさらに爽やかに盛り上がっていくように曲は進んで行きます。管楽器が静かになり,弦楽器が残り,序奏部のような雰囲気になったところで呈示部は終わります。

展開部は序奏部に戻ったような感じで始まります。弦の持続音の上に第2主題が点滅します。チェロが呼びかけるようなメロディを演奏すると,ハープが序奏部に出てきた半音階的な動機で応えます。木管楽器群もカッコウのような音で応えます。

その後,ホルンが重奏で静かにしかし確信をもって印象的なメロディを演奏します。その後,ヴァイオリンを中心に音楽は生気を増し,瑞々しい音楽が滑らかに広がっていきます。いろいろな動機を交えて,大きなクライマックスが作られますが,この部分では繰り返し下降する音形が演奏されるバッソ・オスティナートも効果的です。この部分では,序奏部では舞台裏で演奏されていたファンファーレの音形が今度は颯爽と演奏され,先ほどは弱音で演奏されたホルンの重奏が今度は非常に力強く演奏され興奮を盛り上げます。この部分では,ホルンが「ブルルルン,ブルルルン,ブルルルン」と3回の上向する音形を演奏します。この辺の”格好良さ”にはしびれるばかりです。「音の遠近感」もマーラーならではです。

この後は再現部となりますが,音楽の勢いは止まらず,華々しいクライマックスとなります。最後の部分では4度の音程を演奏するティンパニと他の楽器との掛け合いになり,強烈な響きを残して一気呵成に終わります。

この楽章は,マーラーが書いた曲の中でも,もっともシンプルかつナイーブな気分を持っています。悩みや不安が洗い流された後の光り輝くような明るさが見事に表現された楽章となっています。

第2楽章 イ長調 3/4 3部形式
レントラー舞曲のような味わいを持ったスケルツォ楽章です。最初,低弦によって力強く跳ねるようなリズムだけが演奏されます。このリズムの音の動きも1楽章同様4度動機になっています。その上にヴァイオリンとヴィオラが1オクターブ跳躍するような特徴的な動機を何回も演奏します。この1オクターブの跳躍はヨーデルをイメージしているという説もあります。

その後,躍動的な中心主題が木管楽器など出てきます。最初の力強いリズムが一貫して続く上に,いろいろな楽器が生き生きとメロディを演奏していきます。第1部自体,3部形式になっているのですがこの部分の中間部では,ホルンのゲシュトップト奏法が目覚しい効果を発揮します。第1部の最後の部分でも,煌くようなホルンの長いトリルが印象的です。その後の強烈な和音で第1部が終わります。ここで一旦休符が入ります。

ホルンの穏やかな響きに続いてトリオ(第2部)になります。この部分はテンポがぐっと落とされ,ほっと一息つくような郷愁を誘うワルツになります。ホルンが,目を覚ませと呼びかけるように第1部冒頭のリズムを演奏した後,第3部になります。第1部よりも単純化されていますが,より充実した雰囲気になります。第1部の終結部同様,管楽器のトリルと共に強烈に締めくくられます。

第3楽章 ニ短調 4/4 3部形式
誰でも知っているフランス民謡「フレール・ジャック」(ボヘミアでは「マルティン君」と呼ばれているようです)を短調にしたメロディが大変独創的な楽章です。このパロディ精神は初演時には理解されなかったようですが,今聞いても斬新な音楽です。このメロディがいろいろな楽器によってカノン風に扱われながら進んでいきます。

まず,ティンパニ刻むリズムで始まります。ここでも4度動機が使われており,さり気なくグロテスクな色合いをかもし出しています。まず,最初にコントラバスが「フレール・ジャック」のメロディを演奏します。長調で演奏されるときは無邪気に楽しげに響く曲ですが,このような形でコントラバスが演奏すると,ユーモアと悲しさとが入り混じった独特の世界となります。森の中の動物の葬式といったファンタジーの気分も感じさせてくれます。

このメロディをチェロ,チューバなどがカノンで引き継いでいきます。コントラバスやチューバといった低音楽器が,メロディをこれだけ長く演奏する曲というのは他に例がありません。カノンで演奏されると,いつまでたっても進歩がなく,だんだんと虚無的な感じになってきます。その後,オーボエがおどけているけれども哀愁に満ちた対旋律を演奏します。この2つの旋律が絡み合いながら,不思議な葬列は進んでいきます。

ティンパニのリズムが途切れると,オーボエとトランペットがセンチメンタルな新しいメロディを演奏します。その後,大太鼓とシンバルが唐突に加わり,どこかエキゾチックで俗っぽいムードを作ります。このセンチメンタルなメロディを弦楽器が引き継ぎますが,再度,大太鼓とシンバルが加わります。この辺の不思議な転換は,マーラーならではです。その後,ティンパニが4度動機のリズムを刻み始め,葬送行進曲が戻ってきます。

このリズムが止まり,ハープと低弦が幻想的な伴奏を演奏し始めると中間部になります。ここでは,弱音器を付けたヴァイオリンが明るく柔らかなメロディを演奏します。このメロディは,「さすらう若人の歌」の第4曲「2つの青い目が」のメロディに基づいています。夢を見ているようなうっとりするような時間です。

再度,ティンパニのリズムが始まり,第1部の再現となります。第1部同様,大太鼓とシンバルが乱入した後,一瞬,曲のテンポが速くなるのが印象的です。これが最初のテンポに戻った後,葬列が遠ざかっていくようにデクレッシェンドをして楽章は終わります。このまま休止なしで最終楽章へ入っていきます。

第4楽章 2/2 ソナタ形式
第3楽章が消え入るように終わりますので,この楽章の冒頭のシンバルの一撃は衝撃的です。これに続いて,絶望に打ちひしがれたような情熱的なメロディを弦楽器が演奏します。この叫びに応えるようにトランペットとトロンボーンが,この楽章の主題の冒頭部分を力強く演奏します。その後,この動きと反対に下がっていくような半音階的な音の動きを管楽器が演奏します。ここまでの音の断片が弦楽器の激しい音の動きの上に繰り返された後,その頂点で「精力的に」と指定された第1主題が木管楽器と低弦に出てきます。

第1楽章に出てきた主題も交えながら,悲壮感とエネルギーに満ちた嵐のように凶暴な音楽がしばらく続きます。それが一旦収まると,序奏に出てきた半音階的な下降音形が出てきます。その後,弦楽器が対象的に流れるような美しさをもった第2主題を演奏します。交響曲第5番のアダージェット楽章に代表される,こういった耽美的な部分は,マーラーの交響曲の中に必ず一度は出てきます。いつまでも続いて欲しいという思いとは裏腹にこの部分が終わると,第1楽章の序奏部に出てきた不吉なオスティナートの音形が出てきます。この3連符の動きが静かに続いた後,再び速度を増し,第4楽章の冒頭の気分に戻ります。

しかしここで突然,序奏で出てきた断片によるファンファーレが金管楽器で明るく静かに演奏され,気分が変わります。その後,短調になり,楽章の最初の気分に戻りますが,再度,金管楽器にファンファーレ出てきます。今度は勇壮に力強く演奏され,大きなクライマックスが築かれます。調性がニ長調に変わり,颯爽と前へ前へと進むような部分になります。

しかし,ここではそのままクライマックスには向かわず,スピードが落とされ,第1楽章の序奏部が回想シーンのように再現されます。いろいろな断片を交えた静かな部分がしばらく続いた後,第4楽章の第2主題と関連した柔和なメロディがチェロとヴァイオリンに出てきます。このメロディは大きく盛り上がりますが,それほど長くは続かず,やがて静かになってしまいます。その最後の方で,突如,ヴィオラが吠えるような音型を強く演奏します。非常にドキリとさせられる部分です。

この後,第1主題が再現されます。しかし悲壮感のある音楽は長続きせず,金管楽器によるファンファーレにかき消されます。その後,ティンパニの刻むリズムに乗って,颯爽と前に進んでいくような音楽が続きます。その後,4度動機が長調に変えられた「凱歌」のようなメロディが7本のホルンによって一斉に吹き鳴らされます。マーラーはホルンをベルアップして演奏するように指示することはありますが,この部分では立って演奏するように指示されています。実演で「本当に立つかどうか」は指揮者次第ですが,この曲のいちばんの”見せ場”と言っても良い部分です。

この後,第2主題の最初の部分に基づく,半音階的な音の動きが金管楽器で演奏された後,ホルンの上向する音型が繰り返される中,さらに熱狂して行きます。最後の部分では打楽器のトレモロに続いて,「チャン,チャン」という感じでキッパリと結ばれます。(2006/06/03)