マーラー Mahler
■交響曲第2番ハ短調「復活」

マーラーは,非常に個性的で長大な交響曲を10曲ほど書いていますが,その中でも特に大規模で劇的な迫力を持っているのがこの「復活」です。「復活」というのは,ドイツ語の原題では”Auferstehung",英語だと"Ressurection"となります。これは「死者のよみがえり」という宗教的な意味を持っています。マーラーがクロプシュトックという人の書いた「生きるために死ぬ」という内容を持つ「復活」という詩に感銘を受け,これを第5楽章のテキストとして使ったため,この標題がついています。マーラーの曲には「死」の影が差している作品が多いのですが,「復活」はそういう曲の代表と言えます。

この曲の構成は,ベートーヴェンの第9交響曲と似た形です。葬送行進曲風の短調の第1楽章から始まり,「復活」と結び付けられる長調の最終楽章で結ぶという形もベートーヴェン風です。こういう形をいつ思い付いたかははっきりしないのですが,有名な指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬儀に参列した際に啓示を受けたと言われています。

この交響曲は,クロプシュトックの「復活」の詩とは別に,交響曲第3,4番とともに歌曲集「子供の不思議な角笛」との関連の深い曲となっています(この第2〜4番の3作は「角笛交響曲」と呼ばれています)。特に第3楽章は,「子供の不思議な角笛」の中の「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」と同じ素材が使われています。第4楽章「原光」の歌詩もこの詩集の中のものです。

この曲の編成はかなり大掛かりです。次のような楽器が使われています。
フルート4(ピッコロ持ち替え),オーボエ4(イングリッシュホルン持ち替え),クラリネット3(バスクラリネット持ち替え),小クラリネット2,ファゴット4(コントラファゴット持ち替え),ホルン6,トランペット6,トロンボーン4,テューバ,ティンパニ2,大太鼓,小太鼓,シンバル,トライアングル,タムタム,グロッケンシュピール,鐘,むち,オルガン,ハープ,弦5部。声楽の方は,ソプラノ独唱,アルト独唱,混声合唱が必要です。さらに舞台裏に金管と打楽器がかなりの人数必要となります。これだけの人数を集めるだけでも,ちょっとやそっとでは演奏できない曲ということになります。マーラーの他の曲にも言えることですが,この曲は特に非日常的で祝祭的な性格を持っている曲です。

第1楽章
アレグロ・マエストーソ ハ短調 4/4 ソナタ形式「完全にまじめでしかも荘厳な表出をもって」
この楽章はある英雄(第1番「巨人」で描かれています)の死を弔う葬送行進曲です。弦楽器のトレモロで始まる中,低弦に第1主題が途切れ途切れに出てきます。「これからどうなるのだろう」と思わせるようなちょっと気になる主題です。続いて木管楽器によって上昇していくような音型が出てきます。この辺は文字通り葬送行進曲風です。その後,金管楽器やシンバルが加わり激しく盛り上がります。第2主題は,憧憬に満ちた弦の響きで演奏されます。ここまでずっと,暗い雰囲気でしたので,別世界のように浮き上がって聞えます。

再度,第1主題が姿を見せ,金管楽器がコラール風のメロディを演奏します。ホルンと低弦が新しい主題を演奏し,第1主題と絡んで立体的に展開します。ホルンと木管楽器で葬送行進曲を演奏した後,ハープの音が残って呈示部は終わります。

展開部は3つの部分からなります。第1部はヴァイオリンが第2主題を美しく演奏して始まります。しばらくは,のどかな光景が広がるように穏やかな気分が続きますが,第1主題のとげとげしい動機が再び勢力を増し,クライマックスを築きます。第2部はフルートによる第2主題で始まります。ヴァイオリンの独奏なども出てきますが,ここでも抒情的な雰囲気が,第1主題の動機によって打ち破られ第3部になります。ティンパニが「ダンダダン」と第1主題の動機を強打した後,低弦が不気味にうごめきます。第1主題によって強烈なクライマックスを作ります。ここでは第5楽章で姿を見せるコラール風のメロディ(グレゴリオ聖歌の「怒りの日」から導かれたもの)も出てきたり,弦楽器のコルレーニョの音が聞えてきたりします。大太鼓とヴィオラのトレモロが残って,再現部に入ります。

再現部は,呈示部よりも凝縮され対位法的になっています。曲の結尾は葬送行進曲となり,静かに消え入りそうになったところで,急に半音階風に駆け下りて,楽章が結ばれます。

楽譜の指示では,第1楽章の後,少なくとも5分の休憩を入れることが指示されています。

第2楽章
アンダンテ・モデラート 変イ長調 3/8「きわめて気楽に,けっして急がないで」
この楽章についてマーラーは「英雄の過去の幸福な瞬間,青春,失われた純粋への悲しげな回想」と書いています。トリオが2回出てくる舞曲風の構成を取っています。主要主題はレントラー舞曲風のゆっくりとした朗らかな主題ですが,そこはかとなく悲しさが漂います。第1トリオでは,ホルンのリズムに対して,ヴァイオリンが細かく動く動機を出します。それを受けて木管がのびやかなメロディを乗せていきます。もったいぶるかのようにテンポを落として,トリオが終わります。

美しいチェロの対旋律を伴って,主要主題が再現した後,第2トリオになります。ここでも第1トリオと同様のメロディが出てきますが,さらに活発で色彩的になります。最後に主要主題がピツィカートで再現します。ハープの響き,弦楽器のカンタービレの後,木管がメロディを受け取り,最後は消え入るように終わります。

第3楽章
ハ短調 3/8「おだやかに流れる動きで」3部形式のスケルツォ
この楽章についてマーラーは「第2楽章の夢から覚め,再び人生の喧騒の流れに戻る」と書いています。この楽章は,歌曲集「子供の不思議な角笛」の中の「魚に説教するパドヴァの聖アントニウス」のメロディに基づいています。前楽章に続いて3拍子ですが,もっと活発な動きが目立ちます。

まず,ティンパニの「ダダン」という印象的な音で始まります。その他の打楽器も加わった後,ヴァイオリンに流れるような滑らかな主題が出てきます。トリオは低弦のスタッカートの動きに始まった後,金管楽器群による晴れやかなファンファーレになります。この2つの主題が絡みながら進んだ後,最初の部分が再現されます。コーダではトリオの旋律が顔を出した後,クライマックスを築きます。ドラの音の後,静かになり,そのまま第4楽章に移って行きます。

第4楽章
変ニ長調 4/4 「きわめて荘厳にしかし簡潔に」
ここで初めてアルト独唱が入ってきます。マーラーはこの楽章について「私は神からきて,神のもとへともどってゆくだろう」と書いています。苦しみの中にいる英雄の天国への憧れを描いています。この曲の歌詞は,「子供の不思議な角笛」の中の「原光(Urlicht)」によります。もとはこの歌曲集にも入っていたのですが,後でこの歌曲集からは削除されています。

アルトが無伴奏で「おお紅いバラよ」と歌い出した後,舞台裏からトランペットによるコラール風のメロディが響いてきます。とても静かで美しい曲です。最後の方に出てくるメロディは第5楽章にも登場します。主題が木管楽器で演奏された後,中間部に入り,晴れやかな気分になります。独奏ヴァイオリンも活躍します。その後,最初のメロディが戻ってきます。アルト独唱の歌が終わった後,ハープの弱音などを交えた後奏となり,静かに終わります。

もともとは歌曲だっただけあって,とても短い楽章ですが,全曲中の要となっている曲です。この曲によって,全曲の構図が次のとおりはっきりします。
第1楽章:悲劇的な人生,第2楽章:解放された素朴さの中の人生,第3楽章:衝動的な混乱の中の人生。第4楽章はこういう立場を克服したあと,人間には死への憧憬が迫る,ということになります。このことが次の第5楽章でより詳細に展開されていきます。

第5楽章
人生の終末のあと最後の審判を受けた英雄がやがて永遠に復活するまでを描いた音楽です。全曲の2/5を占める長大な音楽で,管弦楽の編成も非常に大きなものとなっています。3つの部分から成っています。

第1部はスケルツォのテンポで,ソナタ形式の呈示部に当たります。「荒野に呼ぶ者」と呼ばれています。いきなり度肝を抜くような強烈な響きで始まります。その中にトランペットとトロンボーンによる第1主題が聞えてきます。続いて,不気味な低弦の動きの上にホルンが静かな行進曲風に第2主題を出します。この主題は「慰めの主題」と呼ばれます。信号風に「荒野に呼ぶもの」の動機がホルンに出てきます。これに導かれてゆっくりと木管に第3主題が出てきます。前半は第1楽章に出てきた「怒りの日」のメロディで,後半はトロンボーンによる「復活の主題」となっています。短い経過部の後,ヴァイオリンの静かなトレモロの動きの上に木管楽器によって第4の主題が出されます。これが次第に強烈に盛り上がります。第3主題などによる経過部の後,きらびやかで精力的か感じになり,興奮が収まって第1部は終わります。

第2部は展開部にあたり,2つの部分からなっています。小太鼓のロールに続いて,金管楽器が印象的なメロディを演奏して,活発な動きが始まります。第1部は,第1主題と第3主題の多彩な展開で,さまざまな対位法の技法が駆使されます。緊張が続き,最後に第1楽章の葬送行進曲風の主題も大きく姿を見せます。続いて,第2の展開部となります。ここでは第4主題が展開されます。そこに遠くでなる金管楽器による「荒野に呼ぶ者」動機が絡んできます。その頂点で第1主題も登場し,曲は大きな歩みで進みます。

その後,第3部に入ります。この部分は「偉大なる呼び声」と呼ばれます。まず,弦楽器による第2主題とトランペットによる「荒野に呼ぶ者」主題で始まります。その後,舞台裏のホルンのエコー風の響きの後,しばらく舞台裏の金管で曲はすすめられ,それにフルートとピッコロがからみます。これはウグイスの鳴き声そ示します。

その後,待ちに待った(すでに曲が始まって1時間以上経過しています)無伴奏の四部合唱がクロプシュトックの「復活」の讃歌を神秘的な表情で歌い始めます。メロディは先に出てきた「復活の主題」です。管弦楽は第2主題で応え,感動的をたたえた雰囲気になります。この辺りからは静かで室内楽的な雰囲気が続きます。独唱が第4楽章の主題を歌いハープのグリッサンドが出てきた後,再度,合唱が「復活の主題」を歌い始めます。清冽な弦楽器の音に続いて,アルト独唱とソプラノ独唱の二重唱になります。その後,オルガンも加わった全管弦楽と合唱が「復活」の主題による力強いクライマックスを作ります。コーダでは第2主題を演奏し,それが他の管楽器にも波及して行きます。鐘の響きも加わり,力強く崇高な響きの中で曲はすべてが昇華させられるように締めくくられます。

(参考文献)マーラー(作曲家別名曲解説ライブラリー1).音楽之友社,1992
(2003/09/27)