マーラー Mahler
■交響曲第3番ニ短調

とにかく長い作品です。マーラーの交響曲はいずれも長いのですが,その中でもいちばん長い曲です。マーラーの他の交響曲は,なんとか80分(CD1枚の収録時間の上限)に収まるのですが,この曲だけは,絶対1枚に収まりません。ベートーヴェンの第9の演奏時間よりもさらに30分ほど長い,ギネスブック級の大曲です。

編成の方もかなり大掛かりです。第8番ほどの大合唱は加わりませんが,女声合唱に加え,児童合唱が加わります。第4楽章ではアルト・ソロも加わります。長さの割には,これらの声楽陣の登場する時間が短いのも贅沢な限りです。その他,ポストホルンという変わった楽器を離れたところに置いたりと,空間的な配置にもこだわっています。このように誇大妄想的,ごった煮的な曲なのですが,このことは多かれ少なかれマーラーの交響曲の特質となっていますから,もっともマーラーらしい交響曲と言われることもあります。

マーラーの交響曲は,彼の作曲した歌曲との関連が深いことはよく知られていますが,この曲は歌曲集「子供の不思議な角笛」と関連の深いものとなっています。交響曲第2番,第4番もこの歌曲集との関連が強いので,第2〜4番の3作は,「角笛交響曲」などとも呼ばれています。曲のテーマ的にも,「復活」「自然」「天国」といったつながりがあります。声楽の入らないという点でも第5〜7番とは別系統の作品といえます。

この曲の作曲当時,マーラーは指揮活動が非常に忙しく,作曲は夏休みにしかできませんでした。この曲もシュタインバッハという湖畔の別荘で書かれています。第3交響曲は,自然そのものを描いているような雄大さがありますが,この別荘付近の自然の影響を受けているといわれています。

この曲には,現在はタイトルは付いていませんが,当初は次のようなタイトルがつけられていました。全曲についても「夏の朝の夢」などというタイトルがついていました。長い曲なので,聞く時の参考になるのではないかと思います。
  • 第1楽章:パン(牧神)が目覚める。夏がすすみくる。
  • 第2楽章:牧場で花が私に語ること。
  • 第3楽章:森の獣がたちが私に語ること。
  • 第4楽章:夜が私に語ること。あるいは人が私に語ること。
  • 第5楽章:朝の鐘が私に告げること。あるいは天使が私に語ること。
  • 第6楽章:愛が私に語ること。
当初は,第7楽章も考えられており「子供が私に語ること」というタイトルがついていたのですが,この楽章はそのまま第4交響曲の第4楽章に転用されています。第1楽章だけで30分以上もかかりますが,この第1楽章を第1部,それ以外を第2部とする構想もあったようです。

いずれにしても,一筋縄では行かない作品だということは確かです。この作品にはまれば,マーラーフリークになることは確実かもしれません。

第1楽章
ドイツ語で「力強く決然と」という記されているとおり,非常に堂々とした雰囲気で始まります。まず,8本のホルンのユニゾンで力強い第1主題が出てきます。この主題は,ブラームスの交響曲第1番の第4楽章の有名な主題(第9の「歓喜の合唱」に似ていると言われているメロディ)と音の動きがそっくりです。ブラームスの曲を短調に置き換えただけのようなところがあるので,パロディなのではないか,とも言われています。

その後,静かになり,葬送行進曲風になります。トランペットで信号のような音が入ると何となく第5交響曲の第1楽章のような感じになります。夏が近づいた森の情景とも言われています。ホルンで「タ・タ・ターン」という音型が出てきますが,これが第2主題です。この動機は第1主題の一部が使われています。ホルンとトランペットと絡み合いながら進んでいきます。続いて,第3主題部に入り,目覚めるパン(牧神)が描かれます。弦のトレモロの上にフルートが爽やかなメロディを吹き,次にオーボエが滑らかに歌い始めます。これを独奏ヴァイオリンが引き継ぎます。その後,少し楽しげでざわざわした雰囲気になりますが,長い休止が入り,一区切り付きます。

重々しい行進曲のリズムが再現し,その上でトロンボーンが第2主題を長々と演奏し始めます。トロンボーンの大きな見せ場です。次に第3主題が低弦とオーボエで繰り返されます。新しい動きが出てきて,本格的に牧神が目覚めはじめ,軽やかな行進曲風になります。クラリネットがその上に第4主題を出します。この後は,ここまでに出てきた主題がいろいろ変形されて出てきて,次第に盛り上がっていきます。その頂点で,トロンボーンが第1主題を浮かび上がらせます。ハープのグリッサンドで華やかな雰囲気になり,呈示部が終わります。

展開部はホルンの第2主題で始まります(ここまでですでに14分ぐらい経っています)。トランペットの信号風の動機と絡みながら進んでいきます。トロンボーンのソロ,イングリッシュホルンのソロと続いた後,弦楽のトレモロが現れ,独奏ヴァイオリンが登場します。静かな中で鳥や動物が鳴き声を出しているような部分が続きます。各主題が複雑に絡み合ううちに次第に大きな盛り上がりを築き,ティンパニのうねりの上に,金管が華やかに幾つかのメロディを吹き始めます。それが徐々に静かになり,小太鼓が突如全然別のテンポで入って来ます。

そこにホルンの第1主題が登場し,再現部に入ります。この再現部は呈示部よりも縮小されていますが,主題は順序どおりに再現します。最後に呈示部の時以上に華やかなコーダが続きます。ハープのグリッサンドの後,さらに高潮し,その最高のところで第1楽章は結ばれます。

第2楽章
マーラーの交響曲としては大変珍しく,優雅なメヌエット風の雰囲気で始まります(次第にマーラーっぽくなってくるのですが)。基本的には,2つの主題が交互に出てくるような形式となっています。

オーボエが優雅なメヌエット主題を出した後,この主題をいろいろな楽器が扱っていきます。トリオは2回出てきます。最初は,フルートとヴィオラで出てきます。テンポはかなり速いもので,次第に華やかに盛り上がっていきます。再度,冒頭のメヌエット主題が出てきた後,再度,トリオの主題が出てきます。今度はオーボエとクラリネットで演奏されます。主要主題が今度はフルートとヴィオラで再現した後,コーダに入ります。最後は独奏ヴァイオリンのフラジオレットの高音で結ばれます。

第3楽章
この楽章は,「子供の魔法の角笛」から歌詞をとったマーラーの歌曲集「若き日の歌」第11曲「夏に小鳥はかわり」に基づいています。全体は自由な3部形式となっています。まず,ピッコロで可愛らしい主題が出てきます。一緒に出てくるクラリネットの音型は小鳥のさえずりのようです。続いて,ヴァイオリンの新しい主題が出てきます。この主題が展開された後,最初の主題が変形されて出てきます。

中間部は,トランペットの信号風の旋律の後,ポストホルンによって出てきます。このメロディは遠くから聞えて来るアルペンホルン風です。マーラーが少年時代に聞いた角笛の響きと関係あると推測されています。民謡風の雰囲気で曲は進みます。

再度,最初の主題が戻って来ます。突如,信号ラッパが出てきて,雰囲気が変わり,華やかな気分になります。その後,ポストホルンの旋律が再現しますが,次第に速度を落とし静かになります。最後に,最初の方に出てきた主題が再現し,力を増して行きぐっと盛り上がっていって終わります。

第4楽章
ここまでで,1時間ぐらい経っていますが,まだまだ続きます。この楽章は「きわめえてゆるやかに,神秘的に」と記されているとおり,大変静かな序奏の導かれて始まります。しばらくすると,アルトの独唱で「おお人間よ(O Mensch)」と始まります。歌詞の内容はニーチェの「ツァラトゥストラはこう語った」第4部の酔歌の終わりにある「ツァラトゥストラの輪唱」と呼ばれているものです。この主題は,第1楽章の第1主題の後半や第2主題の後半と関係があります。この楽章自体,第1楽章を叙唱的に展開したものとも考えられます。楽章全体は緩やかで神秘的なペースで進みます。

【歌詞大意】おお人間よ,注意せよ,真夜中は何を語ったか。私は眠っていた。深い眠りからさめた。世界は,昼間考えたより深い。おお人間よ,深い。その悩みは深い。快楽は傷心よりも深い。悩みは,滅びよと語る。だがすべての快楽は,深い永遠を欲する。

第5楽章
前楽章の余韻が残る中,突如,児童合唱の「ビム,バム」という言葉が静寂を破ります。この声は鐘の音を真似ており,実際,鐘の音に合わせて出てきます。しばらくすると女声合唱が加わります。続いて,アルト独唱が加わります。ちょっと速度を落として出てくるアルトの歌は,第4交響曲に出てくるメロディと同じです。

この楽章全体に溢れる,明るく,メルヘン的な雰囲気は,やはり「子供の不思議な角笛」から取られた歌詞のイメージによるものでしょう。この楽章は「3人の天使が歌った」から取られています。楽章の最後も「ビム,バム」の繰り返しで終わり,休みなく次の楽章に続いていきます。合唱団の方々は,ここまで出番を待つわけですが,わずか4分ほどのこの楽章を歌っただけで出番が終わってしまいます。それだけに,曲全体の中で,大変印象的な雰囲気を残すことになります。

【歌詞大意】3人の天使がたのしい歌を歌っていた。天上ではそれは喜ばしく幸福に響いた。そして彼らは嬉しげに歓声をあげた。ペテルスは無罪であると。そして,主イエスが食卓につかれ,12人の若い人たちと聖餐を取られた時に...

第6楽章
「ゆるやかに,平静に,感情をこめて」と指定された自由なロンド形式の楽章です。まず,弦楽器だけでゆっくりと感動のこもった主題が演奏されます。交響曲第5番の第4楽章を思い出させるような美しい部分です。まもなく木管楽器が加わり,副主題が短調で出されます。この副主題に第1楽章の小結尾に出てきたメロディが絡みます。続いて,副主題による展開の後,第1楽章の第1主題の動機も加わり,大きく情熱的なクライマックスをきずいてゆきます。

その後,主要主題が再現します。次第に力を増し,第1楽章の小結尾の動機を加え,壮大に盛り上がります。金管に主要主題が登場し,副主題をからませてすすみ,最後に主要主題を高らかに奏します。最後の部分は,長い長い交響曲を結ぶのに相応しく(?),終わりそうで終わりません。

(参考文献)
マーラー(作曲家別名曲解説ライブラリー1).音楽之友社,1992
(2002/11/11)