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マーラー Mahler
交響曲第4番ト長調  Symphonie IV

大作揃いのマーラーの交響曲の中でもっとも小規模で最も古典的な様式感を感じさせる曲がこの第4番です。小規模といっても1時間近くかかり,ソプラノ独唱が入る点では伝統的な交響曲の枠から外れるのですが,それでも,どこかモーツァルトの世界に通じるような簡潔さがあります。全曲が叙情的な歌の魅力に満ちており,第4楽章の「天上の生活」といったタイトルに代表されるように,どこか浮世離れしたような気分のある作品となっています。マーラーの交響曲の多くは,第2次世界大戦後に急速に親しまれるようになりましたが,その中でも例外的に戦前から親しまれてきた作品です。

この曲は,マーラーがウィーンの宮廷歌劇場の指揮者という輝かしいポストに付いていた「マーラーの絶頂期」に作られた作品です。曲にもそのことが反映しているようです。当初は歌曲「浮世の生活」と「天上の生活」という対比的な曲を含む6楽章として構想されていましたが,最終的には後者「天上の生活」を終楽章とする4楽章の交響曲となりました。なお,この「天上の生活」は,当初は交響曲第3番の最終楽章として考えられていたものです。交響曲第2番から第4番にかけては,歌曲集「子供の不思議な角笛」と関連している点が共通するのですが,その締めくくるの曲ということになります。

上述のとおり「どこか古典的」な気分を持った曲ですが,それは「パロディ的な古典」です。プロコフィエフの古典交響曲がそうであるように,幸福で明るい雰囲気の中にユーモアが盛り込まれています。この曲の場合は,マーラーらしく,ブラック・ユーモア風のどきりとするような部分もあります。

この曲は「大いなる喜びへの賛歌」と呼ばれることもありますが,マーラー自身は特に副題をつけていません。近年は特にこの名で呼ばれることは少なくなっています。

曲は1901年という20世紀幕開けの年にミュンヘンで初演されています。編成は次のとおり,チューバとトロンボーンが入らない,マーラーとしては比較的小さいものです。

フルート4(3,4番はピッコロ持ち替え),オーボエ3(3番はイングリッシュホルン持ち替え),クラリネット3(2番は小クラリネット,3番はバス・クラリネット持ち替え),ファゴット3(3番はコントラファゴット持ち替え),ホルン4,トランペット3,ティンパニ,大太鼓,トライアングル,シンバル,タムタム,グロッケンシュピール,鈴,ハープ,弦5部,ソプラノ独唱

第1楽章
冒頭,鈴が一定のリズムを刻む中フルートが,可愛らしいメロディを演奏します。このクリスマス・シーズンのそりを思わせるような印象的な出だしが,作品全体の基調を作っており,「子供による天国の世界」を暗示しています。その後,テンポが変わり,第1ヴァイオリンが感傷性と格調を兼ね備えた滑らかな第1主題を歌います。序奏部はト短調だったのですが,この部分でト長調に変わります。

爽やかな気分を持った経過部が続き,クラリネットに民謡風の楽しげなメロディが出た後,テンポがぐっと遅くなり,おおらかに歌うような第2主題がチェロによって演奏されます。この主題がオーボエなどで繰り返され,すっかりリラックスした気分になった後,曲は突然テンポを上げ,オーボエが小結尾のメロディをスカッタートを交えて演奏します。これが各楽器で繰り返された後,静かに呈示部が終わります。

その後,冒頭の鈴のリズムが戻ってきます。その後も同じような調性で第1主題が出てきますので,冒頭にダ・カーポしたように錯覚しますが,こちらではもう少し対位法的になっています。その後,ホルンなどが加わり静かな気分になりますが,再度,鈴の音が入ってきて,ヴァイオリンのソロ,ホルンのソロを含む多彩な展開が続きます。

しばらくすると静けさを破るようにフルート4本によるユニゾンで新しい伸びやかなモチーフが出てきます。このモチーフにこれまで出てきた主題が加わり,童心に遊ぶような展開がさらに続き,第1主題経過部最後の民謡風の動機でクライマックスを築いた後,突如不吉な感じになり,マーラーの交響曲第5番を予告するようなファンファーレがトランペットに出てきます。しかし,これが弱くなり,落ち着くと,曲は再現部に入っていきます。

第1主題が変形して出された後,すぐに民謡風の主題となり,続いて第2主題がたっぷりと出てきます。小結尾の主題が出てきた後,再び鈴の音が出てきて,第1主題が再度展開されます。高音で静かに演奏されるヴァイオリンとホルンの信号を中心に楽章を振り返るような懐かしさに満ちた気分になった後,テンポが次第に速くなり,華々しく全体が締めくくられます。

第2楽章
スケルツォに該当する「気楽な動きで」と指定された楽章です。マーラー自身「友ハインは演奏する」とこの楽章について書いたことがありますが,この「ハイン」というのは,死神の別名です。この楽章では,コンサートマスターが調弦を変えたヴァイオリンで演奏して不思議な気分をかもし出していますが,サン=サーンスの「死の舞踏」同様,ヴァイオリン・ソロとオーケストラによる,マーラー版「死の舞踏」と言って良い内容の楽章となっています。

ただし,「死の舞踏」といってもそれほど深刻ではありません。マーラーの他の交響曲に登場するようにレントラー舞曲風の素朴さも持ち合わせています。

楽章は,ホルンの信号の後,木管が加わる序奏部で始まります。この部分は「何か一癖ある楽章だな」という空気を伝えてくれます。その後,上述のとおり,調弦を変えたヴァイオリン独奏によって「死の舞踏」とレントラー舞曲を併せたような明るいのやら暗いのやら分からない主題が出てきます。この主題がこの楽章中何度も繰り返し登場します。

通常,ヴァイオリンは,高い方の弦からEADGの音に調弦されていますが,この「死の舞踏」用のコンサートマスターのヴァイオリンは,#FBEAと全音高く調弦しあります(こうい特殊奏法をスコルダトゥーラといいます)。このことにより,死神の弾くヴァイオリンがオーケストラの中から浮き上がるような仕掛けとなっています。つまりこの楽章を演奏するために,コンサートマスターは2本のヴァイオリンを用意しておく必要があります。ちなみに通常の調弦の方は弱音器付きです。この2本の対比の面白さがこの楽章の聞き所の一つです。

この「死の舞踏」がしばらく続いた後,ヘ長調の第1トリオに入ります。木管楽器がのどかで美しい旋律を紡いで行く純正レントラー舞曲になります。その後,序奏の音型が出て,「死の舞踏」に戻ります。この部分では,音がより立体的に組み合わされており,展開風の部分となっています。第2トリオはニ長調で演奏されます。第1トリオの素材を扱いながら,次第に天国的な気分になって行きます。実際,第4楽章「天上の生活」に出てくるメロディが,ここでは先取りされています。弱音器付きのヴァイオリンの響きが印象的な部分です。

この柔らかな響きを断ち切って,最後に「死の舞踏」のメロディが再々度登場し,木管楽器のあざ笑うような音型の後,静かに楽章が結ばれます。

第3楽章
4楽章中,もっとも演奏時間の長い楽章です。「平安に満ちて」という指示があるとおりの穏やかな気分の楽章となっています。全体は変奏曲形式となっていますが,その中にはソナタ形式の原理も応用されています。

第1主題は,まずチェロによって演奏されます。低弦の刻むゆったりとした歩みの上に,豊かで憧れに満ちた表情で演奏され,交響曲第5番のアダージェット楽章を思わせるような気分があります。その後,このメロディにヴァイオリンや木管楽器が対位旋律で加わり,崇高な気分が続きます。

この第1主題と対照的な第2主題がオーボエに出てきます。「大地の歌」を思わせる絶望的で寂寥感のある,しかしとても美しいメロディが続きます。オーボエに続いて,ヴァイオリンがポルタメントを交えて,陶酔的に演奏します。この部分がティンパニなどを交えて,一旦盛り上がった後,すっと静まります。その後,4つの変奏が続きます。

第1変奏は速度が速くなり,シューベルトの曲を思わせるような,優雅な気分を持って進んでいきます。クラリネットとチェロの絡み合いの後,ヴァイオリンやオーボエに美しいメロディが沸いて出てきます。しばらくすると第2主題の暗い響きになります。ティンパニを交えて大きく盛り上がりますが,次第に静かになり,第2変奏になります。

第2変奏はアンダンテのテンポで始まります。チェロが優美な舞曲風のメロディを演奏します。その後,テンポが突如アレグレットに上がり,気分はさらに陽気になります。このギアチェンジはマーラーならではです。その後,第2主題の変奏が続き,テンポが遅くなります。続く第3変奏はポーコ・アダージョとなりゆったりとした気分になります。丁度,楽章の最初の部分に戻ったような感じになりますが,より陶酔的です。

第4変奏は,金管楽器とティンパニの強打を交えた壮大なクライマックスとなります。この中に出てくるホルンの信号は次の楽章を予告するものです。木管楽器に出てくるメロディも次の楽章を暗示するものです。その後,柔和で親しげな気分となり,速度がどんどん遅くなっていきます。低弦とハープの上に弦楽器が神秘的なメロディを演奏し,そのまま次の楽章に続くように静かに終わります。

第4楽章
この楽章は,もともとは第3番の交響曲に使われるはずだったものです。第4番になってからも第3番の動機が残っているのが面白い点です。「きわめてなごやかに」と書かれた楽章で,全体は4つの部分から成っています。第1楽章に出てきたメロディが再現したり,全曲がこの楽章に収斂していきます。

第1部は,クラリネットを中心とした木管楽器が明るい響きを作る中,天国的に進みます。この主題は前の楽章から材料を取っています。しばらくするとソプラノ独唱が「われらは天上の喜びを楽しむ...」と子供らしい陽気さで歌い始めます。この歌詞は「子供の不思議な角笛」から取られています。途中,「聖ペーターは天上でみつめる」という歌詞の部分でテンポがぐっと遅くなり,第1部が終わります。この「聖ペーター」のメロディはその後何度も登場します。

続く,第2部は第1楽章冒頭の鈴の音の動機が戻ってきます。打楽器をいろいろと加え,生き生きとした音楽が続きます。木管楽器が軽快に動く中,ソプラノ独唱は「ヨハネは子羊を小屋から出し,屠殺者ヘロデスは待ち受ける...」と歌います。その後,速度を落とし,「聖ペーター」のメロディが出て,第2部が終わります。

第3部は,再度,第1楽章冒頭の鈴の音で始まります。その後,第1部冒頭の「天上の生活」のメロディを体旋律として「すべての種類の良質の野菜が天国の農園にある...」と歌います。次第に速度を上げていきます。「聖ペーター」のメロディがここではゆっくりと出され,第4部につながります。

第4部もまた,鈴の音で始まります。その後,すぐに柔和で神秘的なメロディをフルートとヴァイオリンを演奏し始め,エンディングの気分になって行きます。ここでも第1部の「天上の生活」のメロディが対位旋律として絡んでおり,「地上には天上の音楽と比較できるようなものはない」と天国の良さを強調する歌詞をソプラノ独唱が歌います。次第に浄化され調和の取れた空気になって行きます。ソプラノが静かに歌い終わると,ハープとイングリッシュホルンだけが残ります。最後にコントラバスの音が残り,静かに全曲の幕が引かれます。(2006/06/24)