メンデルスゾーン Mendelssohn

■劇付随音楽「真夏の夜の夢」
この曲は戯曲のための付随音楽としてひとまとまりになっていますが,実は,かなり変わった経緯で作曲されています。17歳のメンデルスゾーンがシェイクスピアの「真夏の夜の夢」のドイツ語訳を読み,まず,序曲を一気に作曲しました。その17年後,プロシア国王フリードリヒ・ウィルヘルム4世に命じられて書いたのが残りの12曲です。

驚くべきことは,17年のギャップが全く感じられないことです。メンデルスゾーンに進歩がなかった,というよりはメンデスゾーンが若くして完成された作曲家だったことの証明といえます。序曲中に出てくるメロディを劇音楽の中にも巧く盛り込んでいますので,両者の間には全く違和感がありません。メンデルスゾーンの作ったオーケストラ作品には「フィンガルの洞窟」などの序曲がありますが,それらと並ぶ傑作です。おとぎ話風の題材を扱っているだけあって,妖精的な雰囲気を音で再現した美しい作品となっています。

タイトルの「真夏の夜の夢」の「真夏」というのは"Midsummer"の訳ですが,日本の「蒸し暑い猛暑」のことではありません。「真夏の夜」というのは,6月24日の聖ヨハネ祭の前夜のことを指します。つまり,夏至の頃です。その夜には不思議なことが起こるという伝説があると言われています。最近では,「夏の夜の夢」と表記して,熱帯的なイメージ(?)を減らそうとしている場合もあります。

全曲は序曲+12曲からなっていますが,通常CDなどでは登場人物のセリフにつけられたメロドラマと呼ばれる音楽はカットされることがほとんどです。

●序曲 Overture op.21
上述のとおり,この曲だけ若い時に書かれていますので,作品番号も若くなっています。曲はきっちりとしたソナタ形式で書かれています。木管楽器群による「何かおこるぞ」という感じの微妙な和音に続き,弦楽器の繊細な動きによる第1主題が出てきます。これは妖精の戯れを表現しています。続いて,急にダイナミックに盛り上がって壮麗な雰囲気になります。これは公爵シーシュースの宮廷を示すメロディです。第2主題は劇中に出てくる恋人たちの雰囲気を伝えます。甘く下降してくるような優しいメロディです。さらに第3主題的にチューバを含む金管楽器のリズムに乗って職人たちの踊るベルガマスク舞曲が出てきます。展開部は妖精たちの主題を中心に扱われます。再度,冒頭の管楽器の和音が出てきた後,再現部に入ります。最後に再度,冒頭の和音で出てきて,静かに消えるように終わります。

●スケルツォ Scherzo op.61-1
森の中の妖精のささやきを思わせるような軽妙な曲です。第1幕と第2幕の幕間に演奏されます。木管楽器が軽やかにスケルツォの主題を演奏した後,弦楽器の方に引き継がれていきます。このリズムは,曲中,一貫して続きます。劇中では第2幕の前に演奏されます。この手の作品はメンデルスゾーンのまさに十八番です。オーケストラのコンサートのアンコールなどでもよく演奏される曲です。

●妖精の行進 March of the Fairies op.61-2
第2幕第1場で妖精たちが登場するところで出てくる音楽です。ホルンと木管楽器を中心とした軽やかな音型が各楽器の間でをやりとりされながら進む小品です。繊細なトリルと時々聞こえてくるトライングルの可愛らしい音が印象的です。

●歌と合唱「舌先さけたまだら蛇」 You spotted snakes op.61-3
この劇最初の声楽曲で「蛇も針鼠も女王様に悪さをするな」と歌います。ソプラノとメゾ・ソプラノがそれぞれソロで歌った後,女声合唱をバックに美しくハモリます。歌詞の中には「Good night, with lullaby」といった言葉が入っていますが,その言葉どおり,妖精たちはこの歌で女王タイターニアを眠らせます。女声の優しく爽やかな重唱はまさに夢見心地の気分を作ります。

●メロドラマop.61-4

●間奏曲 Intermesso op.61-5
第2幕と第3幕の間の間奏曲です。2つの部分からなっている曲です。前半では恋人ライサンダーの姿を求めてさまよう娘ハーミアの憂いを表現しています。哀愁をたたえながらも爽やかな詩情が漂います。後半は,第3幕で登場する職人たちの素朴で陽気な行進曲になります。

●メロドラマop.61-6

●夜想曲 Notturno op.61-7
第3幕の終わりで演奏されます。劇中に出てくる2組の恋人たち(ライサンダーとハーミア/ディミトリアスとヘリーナ)が森の中で眠る情景を描いています。ホルンの演奏するロマンティックなメロディが大きな聞き所です。中間部以降は弦楽器のしっとりとした響きが絡んできます。

●メロドラマop.61-8

●結婚行進曲 Wedding March op.61-9
全曲中最もよく知られている曲です。ワーグナーの結婚行進曲と並んで,本当の結婚式でもよく使われています。トランペットのファンファーレで始まりますので,ワーグナーのものよりも華やかです。

劇中では第5幕への前奏曲として使われています。この幕では先の二組の恋人たちが結婚式を挙げます。最初のファンファーレはマーラーの交響曲第5番の第1楽章の冒頭と同じく「ドドドドー,ドドドドー」で始まるのですが,その後「ミ」になるか「ミ♭」になるかで大違いです。ちなみにマーラーの曲の方は葬送行進曲です。この部分を聞いただけで,何かとてもおめでたくてゴージャスな気分に浸れる名曲中の名曲です。中間部は静かな雰囲気になり,優雅に流れていきます。最後に最初のファンファーレが戻ってきて,華やかに結ばれます。

●メロドラマと葬送行進曲 Funeral March op.61-10
第5幕の結婚式の後,それを祝うために職人たちが行う素人芝居で演奏される音楽です。当然悲しい雰囲気はありますが,ティンパニとファゴットの刻むシンプルなリズムの上にクラリネットが素朴なメロディを演奏するだけの音楽ですので,田舎風の気分が良く出ています。マーラーの交響曲第1番「巨人」の第3楽章と似た雰囲気があります。きっと,この曲の影響を受けているのではないかと思います。

●道化師たちの踊り Dance of the Crowns op.61-11
葬送行進曲同様,素人芝居の中で道化師役の職人たちが踊るベルガマスク舞曲です。序曲中に出てくるベルガマスク舞曲と同じメロディです。低音部のリズムが印象的な力強い踊りです。

●メロドラマop.61-12

●終曲「ほのかな光」 Finale"Through the house give glimmering light" op.61-13
序曲の開始部分をうまく使い,それに「消えかけた火のそばに精霊や妖精たちよ来ておくれ」という内容の独唱と合唱が重なります。メルヘンの気分が豊かな終曲です。
(2005/06/06)