モーツァルト Mozart

■クラリネット協奏曲イ長調K.622
この曲のケッヘル番号の数の大きさが示すとおり(ちなみにレクイエムはK.626です。),モーツァルト最晩年の作品です。ピアノ協奏曲第27番などと同様,明るさの中に澄み切った悟りの境地のような雰囲気が溢れている屈指の名曲です。作曲当時,まだメジャーな楽器ではなかった,クラリネットという楽器の持つ魅力を十分に生かした曲で,クラリネット奏者にとっては,非常に重要なレパートリーとなっています(このことは,モーツァルトの作曲した,管楽器のための協奏曲全般に言えることですが)。

モーツァルトが作曲したクラリネット協奏曲は,この1曲だけですが,クラリネットのための曲としては,クラリネット五重奏曲という名曲もあります。どちらも,モーツァルトの友人のシュタトラーという名手のために書かれています。彼は,バセットホルンやバセットクラリネットというクラリネットよりも低音が充実していた楽器を好んでいたらしく,そのことはこの曲の音域にも反映しているようです(現代のクラリネットではA管という楽器で演奏されます。)。いずれにしても,「名手あっての名曲」の典型といえます。

第1楽章 アレグロのソナタ形式。協奏曲の第1楽章の定石どおりに展開されていくのですが,楽章全体はかなり長大です。それでいてカデンツァが入っていません(他の楽章にもありません)。シンプルで素直な感じの第1主題がオーケストラで演奏された後,独奏クラリネットが入ってきます。ここでは,短調の翳りのある響きも出てきます。序奏部分には出てこなかった第2主題はかなり息が長いものです。モーツァルトらしく,単純に音階を上がったり下がったりという感じなのですが,それでいて翳りが感じられます。弦楽器を中心にちょっとした終結部を演奏した後,展開部になります。ここでは,これまでに出てきたメロディが転調を繰り返し,多彩に展開されます。

第2楽章 この楽章は,メリル・ストリープ,ロバート・レッドフォード主演の映画「愛と哀しみの果て」に使われています。簡素で静かな歌に溢れた楽章です。アダージョという遅いテンポのせいか,長調にも関わらずぐっと気持ちを沈み込ませるような雰囲気があります。気分が暗くなるというのではありません。心拍数が少なくなって,平常心に戻してくれるような感じです。中間部は,もう少し動きが出てきます。じっと聞いていると,クラリネットの音が聞いている人の心の中に入って来て,語り掛けてくれるような錯覚を覚えます。

第3楽章 前の楽章から一転して,軽やかなロンドです。しかし,この楽章にも,クラリネットという楽器の持つ独特のユーモアを感じさせながらも,翳りが漂っています。聞けば聞くほど,明るさと暗さ,軽さと深さが同居した晩年のモーツァルト独特の雰囲気に引き込まれてしまいます。(2002/2/18)