モーツァルト Mozart

■歌劇「ドン・ジョヴァンニ」K.588

「フィガロの結婚」「魔笛」と並んで3大オペラと呼ばれるモーツァルトの代表作です。題材は,いうまでもなく,スペインの伝説的な好色男ドン・ファンです。このドン・ファンをイタリア風に呼んだのがドン・ジョヴァンニです。ドン・ファンを描いた音楽にはリヒャルト・シュトラウスの交響詩などいくつかありますが,何といってもこのオペラが代表作です。

この作品は,ジャンルとしては,イタリア語で歌われる"オペラ・ブッファ(喜劇)"ですが,序曲の冒頭部分から悲劇的な様相を持っています。登場人物も,まじめな役(ドンナ・アンナ,ドン・オッターヴィオ,騎士長)とおどけ役(レポレト,マゼット,ツェルリーナ)とが交錯しています。主役のドン・ジョヴァンニ自体は,どちらかというとおどけ役ですが,かなり複雑な性格を持っており一筋縄では行かない役柄となっています。悲劇のような喜劇,明るい音楽と悪魔的な暗さとの共存,という独特の性格を持った個性的な作品となっています。

シナリオは,モーツァルトとの名コンビ,ダ・ポンテによるものです。ドラマ・ジョコーソ(諧謔劇)と呼ばれるジャンルに属します。ストーリーは次のとおりです。

ドン・ジョヴァンニが騎士長の娘ドンナ・アンナを口説く場から始まります。ここで折り悪く騎士長に見つかり,決闘となります。ドン・ジョヴァンニは,騎士長を刺し殺して従者レポレロと逃げます。ドンナ・アンナは,恋人ドン・オッターヴィオと伴に復讐を誓います。その後,ドン・ジョヴァンニは村娘ツェルリーナを誘惑しますが,かつて捨てた女性ドンナ・エルヴィーラが出て来て妨害します。ドン・ジョヴァンニ逃げているうちに墓地にやってきます。そこにある騎士長の石像が口をきくのに驚きますが,挑戦するかのように冗談半分で晩餐に招待します。この石像が約束通り現れ,ドン・ジョヴァンニを地獄に連れ去ります。最後は登場人物が全員揃い,「悪人の末路はこのとおり」と明るく歌って幕となります。

ちなみに,ここでよく出てくる「ドン」というのは貴族など男性の名前に付けられる尊称です。女性の場合は「ドンナ」となります。それに対し,「セニョール」というのは英語のミスターに当たるもので苗字に付けられることが多いようです。

基本的には勧善懲悪的なストーリー展開ですが,主役のドン・ジョヴァンがデモーニッシュ(悪魔的)な魅力を持っているため,単なる喜劇とは違った迫力を持っています。映画「アマデウス」でも,このオペラの一節が使われていましたが,そこでは,父レオポルドが登場する時にこのオペラの序曲の暗い和音が鳴っていました。この作品の書かれた時期が,レオポルドの死期と重なっていますので,モーツァルト父子関係を暗示するような解釈をされることもある作品です。

●台本(言語)
ロレンツォ・ダ・ポンテ(イタリア語)

●初演
1787年プラハ

●舞台
17世紀。スペインのある町

■序曲
この序曲は,初演前に一晩(まさに一夜漬け)で書かれたと言われています。その割に(それとも,そのせいと言うべきか),非常に充実した内容と勢いをもった曲となっています。

冒頭,ニ短調の凄みのある主和音で始まります。それに続くアンダンテの序奏部はオペラのクライマックスの”ドン・ジョヴァンニの地獄落ち”の場でも出てきますので,曲の最初からこの部分を暗示していることになります。この部分でヴァイオリンが半音階を交えて繰り返す音型はオペラ全体の気分を支配する重要なものです。「ターンタ,ターンタ」という音型も印象的ですが,これは不気味に歩み寄る騎士長の足取りを示しています。恐れおののくレポレロの気分を表す16分音符の動き,フルートとヴァイオリンによる不気味な音階の上がり下がりなど,オペラ全体のいろいろな要素が詰め込まれています。

続いて,一転して軽快なアレグロになります。オペラ全体がそうであるように,ここでまず明暗の鮮烈な対比が作られます。この部分の快活さはドン・ジョヴァンニの性格を暗示しているようです。最初の主題はハ長調で弦楽器によって滑らかに始められ,管楽器が軽やかな合いの手を入れます。経過句の後,第2主題が低く下がっていくような感じでスフォルツァンドを交えて出てきます。後半は弱奏の速い動きとなり,ここでも対比を見せています。

展開部では第2主題の音型の展開から始まり,短調への翳りも見せます。再現部ではこれらの2つの主題は主調で再現されます。オペラでは,このまま幕が開いて物語が始まりますが,演奏会で序曲だけが演奏される場合は,モーツァルト自身が改編したコーダが付けられるのが普通です。(2004/03/20)

(参項文献)
モーツァルトのいる部屋/井上太郎(ちくま学芸文庫).筑摩書房,1995
思いっきりオペラ/本間公.宝島社,1993
作曲家別名曲解説ライブラリー14・モーツァルトII.音楽之友社,1994