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モーツァルト Mozart
ファゴット協奏曲変ロ長調, K.191(186e)

モーツァルトのファゴット協奏曲としては,この作品が現存する唯一のものです。モーツァルトが18歳の時に作曲した曲で,モーツァルトが他の管楽器のために書いた協奏曲に比べると実演で演奏される機会は少ないのですが,「ファゴットのための協奏曲」自体の数が少ないこともあり,この分野を代表する最重要のレパートリーとして知られています。

その音楽は,「ギャラント様式(18世紀に,バロック様式にとって代わったロココ時代の華麗優美な音楽様式)」による伝統的な協奏曲のスタイルできっちりと書かれており,18歳の若者らしく,明るくはつらつとした気分と美しいメロディを存分に味わえる愛すべき作品となっています。レガートとスタッカートの対比,幅広い跳躍進行といった,ファゴットの特性を生かしたファゴット協奏曲の傑作と言えます。

この曲の由来については,不明な部分があります。自筆総譜には,「1774年6月4日完成」という第3者が記入した日付が入っています。モーツァルトがザルツブルクに定着して宮廷音楽家としての生活を始めた頃です。

モーツァルトは,ファゴットを愛好する貴族デュルニッツ男爵のために協奏曲3曲とソナタ1曲を書いたとされていますが,この協奏曲は男爵の楽譜蔵書には含まれておらず,上記の日付を信用すれば,デュルニッツ男爵とは無関係で,この曲は,ザルツブルクの宮廷楽団の奏者からの注文で作曲されたものと考えられています。

編成:独奏ファゴット,オーボエ2,ホルン2,弦五部

第1楽章 アレグロ 変ロ長調 4/4 協奏風ソナタ形式
冒頭,トゥッティで快活な第1主題が演奏されます。この主題は,この頃の協奏曲によく見られるシンコペーションに特徴づけられたもので,4小節目に出てくる音型はこの楽章を通じて活用されます。オーボエとホルンの印象的な付点リズムに導かれ,第1ヴァイオリンによる第2主題が出てきた後,華やかなコーダで終止します。

第2呈示部で,独奏ファゴットが登場します。のびやかに歌う第1主題の後,新たに設けられた技巧的な推移部が続きます。その後の第2主題は,第1ヴァイオリンの演奏するメロディにファゴットが対旋律を絡ませるものです。その後のコーダは,pに音量を落として,推移的に流れ,切れ目なしに展開部に入ります。

展開部は,当時の慣習にならったもので,主題の展開よりも独奏楽器の技巧を示すことに重点を置いています。弦のユニゾンとファゴットが活発に応酬しあって進みます。

フェルマータで区切られた後,再現部となります。呈示部との違いは,推移的な部分がファゴットの多彩なパッセージで拡大されていることと,第2主題ではファゴットと第1ヴァイオリンが役割を入れ替えていることです。コーダの前には,独奏ファゴットによるカデンツァが入ります。

第2楽章 アンダンテ・マ・アダージョ ヘ長調 4/4 展開部を省いたソナタ形式
第1主題は弱音器を付けた第1ヴァイオリンによって美しく歌われます。このメロディは,グルックの歌劇「オルフェオ」の有名なアリア「われ,エウリディーチェを失えり」や,モーツァルトが後年作曲したミサ曲ハ長調,K.337のアニュス・ディに似ていると言われています。この主題をファゴットが繰り返します。第2主題もファゴットによって歌われます。この部分ではオーボエが彩りを添えます。ハ短調で始まる,4小節の推移部の後,再現部となります。この楽章でも最後にカデンツァが指定されています。
 
古典派時代のドイツを代表するコッホとという理論家は『音楽辞典』の中で,ソロ楽器としてのファゴットを「柔らかい性格を持ち,愛の楽器の一つとも呼ばれている」と書いているそうです。現在では,ファゴットについては,ユーモラスな楽器という印象をもたれていますが,18世紀後半の聴き手たちは,ファゴットから「愛」の響きを感じていたのかもしれません。この楽章は,18世紀後半の緩徐楽章としては重い4/4拍子が選ばれ,主題には「溜息モチーフ」も含んでいます。その美しいカンタービレを聞いていると,この楽章は,「愛」の響きを生み出すファゴットというイメージにぴったりと感じられます。そういえば,この楽章の雰囲気,歌劇「フィガロの結婚」の伯爵夫人のアリア「愛の神よ、安らぎをお与え下さい。」にも似ている気がします。

第3楽章 ロンド テンポ・ディ・メヌエット 変ロ長調,3/4,ロンド形式
ロンド形式のメヌエットです。ロンド主題が5回登場する間に,技巧的なパッセージがさまざまに繰り広げられます。最終楽章がメヌエット風になるのは,当時のギャラント様式の作品にはよく見られるパターンです。

図式的に書くと次のとおりになります。
A1(ロンド主題)−B(属調)−A2−C(平行短調)−A3−B(主調)−A4−B(主調,一部のみ)−A5

ファゴットがロンド主題を演奏するのはA4だけなので,全体的に見ると,トゥッティとソロが規則的に交替して進む,バロック時代のリトルネッロ形式を思わせるところもあります。

ロンド主題は,2部形式で書かれた宮廷風の大らかなメヌエットです。流れるような主旋律,4分音符ごとに動くバス声部,簡潔な楽節構造などを持つ点で,様式化されたメヌエット楽章ではなく,真のメヌエットに近い様式で書かれています。

第1エピソード(B1)はファゴットによる技巧的なパッセージが中心で,変ロ長調の3連音符の部分,へ長調の付点付きトリルの部分。主調に向けて転調する3連音符の部分の3部分からなっています。第2エピソード(C)の方はト短調で,ファゴットで演奏されます。,トゥッティによるA5がコーダとなり,全曲が華やかに綴じられます。

(参考文献)
『モーツァルトI』(作曲家別名曲解説ライブラリー13)音楽之友社, 1993
『管楽器の名曲・名盤(200CD)』立風書房,1997 中のこの曲についての,安田和信氏の文章
伊藤康英『管楽器の名曲名演奏』(ON BOOKS)音楽之友社, 1998

(2020/08/20)