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モーツァルト Mozart
セレナード第10番変ロ長調,K.361  Serenade B-Dur K.361(370a) "Gran Partita"

モーツァルトの伝記的な内容を含む映画「アマデウス」の中で,作曲家サリエリがモーツァルトの曲を初めて知る場で使われていたのがこの曲の第3楽章です。サリエリはこの曲の譜面を見て,その天才性に気付き,愕然とします(譜面をパラパラと落としていました)。以前から名曲として親しまれていた作品ですが,この映画以降,さらに多くの人に聞かれるようになりました。

この曲は,通称「13管楽器のためのセレナード」と呼ばれていますが,この呼び名は正確ではありません。12管楽器とコントラバスという編成がオリジナルだからです。コントラバスの代わりにコントラファゴットが使われることもあるので,この名前で呼ばれることがありますが,モーツァルトが付けたネーミングではありません。

その他,「グランパルティータ」という名前でも呼ばれます。こちらはモーツァルトの自筆譜の表紙に書かれている名称で,曲のイメージにもよく合っています。管楽器中心の曲で50分も掛かる曲というのは,後にも先にもこの曲ぐらいしかありません。まさに「大組曲=グラン・パルティータ」です。18世紀後半にオーストリアで流行した”ハルモニームジーク”(管楽八重奏を基本編成で演奏された機会音楽)の頂点に立つ作品と言えます。

この曲の成立に関して,近年,この曲が「グラン・パルティータ」と呼ばれる前の原形が見つかりました。管楽八重奏による「パルティア」という曲で,4つの楽章からなっています(グラン・パルティータの1,2,3,7楽章に該当します)。この曲に奏者と楽章を増やしたのが「グランパルティータ」ということになります。

編成で注目されるのはバセット・ホルンが入っている点です。この楽器は,1770年頃にドイツで作られたばかりの新製品だったのですが,モーツァルトはこれを早速2本取り入れています。その後もこの楽器をよく使っていますので,モーツァルトはこの楽器に一目ぼれしたのではないかと思います。全体の編成は次のとおりです。

オーボエ×2,クラリネット×2,バセットホルン×2,ホルン×4(ヘ調×2+変ロ調×2),ファゴット×2+コントラバス×1

ちなみにこの曲の初演時のクラリネットは,モーツァルトが後年,クラリネット協奏曲かクラリネット五重奏を作曲するきっかけとなったアントン・シュタードラーが担当しました。グラン・パルティータもクラリネットを中心とした構成となっている部分が目立ちますので,シュタードラーのために書かれた可能性もあるようです。

第1楽章 ラルゴ−モルト・アレグロ,変ロ長調,4/4
ラルゴの序奏の後,ソナタ形式で書かれたモルト・アレグロの部分が続く楽章です。

序奏部は,クラリネット以外の12楽器が演奏するのどかな和音に応えるようにクラリネットがのびのびとした歌を歌って始まります。その後,いろいろな楽器によるメロディの受け渡しが優しい表情の中で続いた後,モルト・アレグロの主部に入っていきます。

ちょっといたずらっぽい表情を持った第1主題をクラリネットが演奏した後,バセットホルン,オーボエなどがその主題に応えるように勢いよく引き継いでいきます。この沸き立つような勢いは楽章全体に渡って続きます。第2主題はクラリネット2本による演奏される細かい動きを持ったものです。これもバセットホルンなどに受け継がれます。この後,呈示部が繰り返されます。

展開部では新しいメロディに導かれて,第1主題の後半部,前半部の順に各楽器で模倣するように展開されます。再現部は呈示部とは違う楽器でメロディが演奏され,色彩感に変化が付けられています。

第2楽章 メヌエット,変ロ長調,3/4
滑り落ちてくるような下降音型で始まるメヌエットと2つのトリオからなる楽章です。メヌエットの部分は全合奏で演奏されますが,落ち着いた気分のある第1トリオはクラリネット2名+バセットホルン2名のみで,哀愁を帯びたト短調の第2トリオはクラリネット2名を除く11名で演奏されます。第2トリオでは,オーボエが特に活躍します。

第3楽章 アダージョ,変ホ長調,4/4
上述のとおり映画「アマデウス」の中でサリエリが感動した楽章です。このことが真実かどうかはわかりませんが,全曲中でも特に充実感と深さを持った楽章となっています。オーボエ,クラリネット,バセットホルンの各第2奏者が,低音楽器の分散和音の上にシンコペーション風のリズムを繊細に刻む中,各第1奏者がソリストとなって,お互いに絡み合いながら,清澄な歌をひたすら歌っていきます。

長調の楽章なのですが,どこか悲しげな表情を持っています。美の極致のような楽章です。

第4楽章 メヌエット,アレグレット,変ロ長調,3/4
第2楽章よりも少し規模は小さいのですが,同様に2つのトリオを持つメヌエット楽章となっています。最初のメロディはおどけた気分を持つ陽気なものです。変ロ短調の陰鬱な気分を持つ第1トリオ,ヘ長調で演奏される流麗な第2トリオと好対照を成しています。第2トリオの方はK.334の有名なメヌエット(いわゆる「モーツァルトのメヌエット」)と音の動きが反転しているだけのような似た動きを持っています。

この泣いたり笑ったりの気分の変化は,映画「アマデウス」に描かれたモーツァルトの表情を彷彿とさせます。

第5楽章 ロマンツェ,3部形式
アダージョ(変ホ長調,3/4)の主部の後,アレグレット(ハ短調,2/4)の中間部が続き,再度アダージョに戻る3部形式で書かれた楽章です。アダージョの部分はクラリネットが中心となって麗しいメロディを演奏します。晩年のモーツァルトの曲を思わせるようなちょっとロマンティックな気分も感じられます。

中間部ではせわしなく動く低音楽器の上で,不思議なユーモアを感じさせる歌をバセットホルンが歌います。短調なのですがそれほど暗い感じはせず,独特の孤独感を感じさせる部分となっています。

第6楽章 主題と変奏,アンダンテ,変ロ長調,2/4
クラリネットが,アンダンテで素朴で愛らしい主題を演奏した後,6つの変奏が続きます。各変奏では次の楽器が活躍します。

第1変奏:オーボエによる3連符が特徴的
第2変奏:クラリネットとバセットホルンが分散和音を演奏します。
第3変奏:クラリネット。32分音符に装飾されながら主題が演奏されます
第4変奏:オーボエとクラリネット。調性が同主短調である変ロ短調に転調されます。
第5変奏:オーボエとクラリネット。調性が変ロ長調に戻ります。アダージョにテンポを落とし,美しく装飾された主題を穏やかに歌います。
第6変奏:オーボエとバセットホルン。テンポがアレグレット,3/4となり,明快に楽章が締められます。

第7楽章 フォナーレ,モルト・アレグロ,変ロ長調,2/4
快活なロンド楽章です。快活な音の動きを持ったロンド主題は2つのエピソードを挟んで3回登場します。各エピソードでは湧き上がるように新しいメロディが出てくるのが特徴で,いかにもモーツァルトらしい,変化に富んだフィナーレとなっています。(2006/06/29)