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モーツァルト Mozart
ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466

モーツァルトの後期のピアノ協奏曲は,いずれも傑作ですが,その中でも特に存在感と充実感のある作品が,ニ短調で書かれたこの協奏曲です。モーツァルトのピアノ協奏曲の中で短調作品は2つしかありませんが,いずれもベートーヴェンのピアノ協奏曲を思わせる”デモーニッシュ”と言っても良い魅力を持っています。このニ短調の協奏曲は,その独特の雰囲気に加え,優雅な第2楽章,終楽章終結部の輝かしさなど,より多面的で豪華な魅力も持っています。ロマン派のピアノ協奏曲を予感させるような意欲的な表現力を持った名曲です。

レコード録音も昔から非常に多いのですが,フルトヴェングラーが指揮したものやブルーノ・ワルター自身が弾き振りをしたものが残されていることから分かる通り,19世紀から愛されていた協奏曲です。ベートーヴェン,ブラームスもこの曲を演奏したと言われています。特にベートーヴェンの書いたカデンツァは現在でも「定番」として最も頻繁に使われています。

楽器編成は,独奏ピアノ,フルート1,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ティンパニ,弦五部で,1785年にウィーンでモーツァルト自身のピアノによって初演されています。

第1楽章 アレグロ,ニ短調,4/4 ソナタ形式
冒頭,弦楽器の弱音だけで不安な気分をもった第1主題が演奏されます。この主題は,モーツァルトお得意の「タタータータータ,タタータータータ...」というシンコペーションの繰り返しのリズムを持っていますが,これに地の底から沸き上げって来るような3連符が加わることで,より立体的で陰影を持った気分を作っています。このシンコペーションと3連符は,展開部でも重要な役割を果たします。その後,管楽器,ティンパニが加わり,第1主題は大きく盛り上がります。その頂点で,木管楽器による明るいメロディが出てきますが,これは経過的なもので,すぐにまた暗い雰囲気に戻されてしまいます。この段階ではまだ第2主題は登場しません。

管弦楽による暗い情熱を持った響きが続いた後,独奏ピアノがセンチメンタルな気分を持った新しい主題で入ってきます。この主題は,展開部では使われますが,この部分では,オーケストラによって繰り返されることはありません。その代わりにオーケストラによって第1主題が呈示されます。ピアノが細やかな音符の続く走句で加わることで無気味さと同時に協奏曲的な気分を作ります。その後,管弦楽による呈示部同様,経過的な明るい主題が出てきます。今度は,それに続いて第2主題が登場します。ピアノが穏やかなメロディを演奏し,木管楽器がその後を引き継ぎます。第1主題の緊張感と好対照を作り,モーツァルトらしい軽快な音の動きが続きます。

展開部は第1主題の冒頭の動機とピアノによるセンチメンタルな動機を中心に展開されます。次第にピアノの技巧的なパッセージが前面に出てきて,オーケストラとの間に緊張感を作っていきます。この緊張感を維持したまま再現部になります。ここでは第2主題もニ短調になります。カデンツァの後,コーダとなり,最弱奏で楽章は閉じられます。

第2楽章 ロマンス,変ロ長調,2/2 三部形式
変ロ長調の平穏で美しいピアノの歌が続きます。この優美なメロディは,映画「アマデウス」のエンディングでも使われました(この映画では,約10分ほどもエンディング・クレジットが続いていました)。第1楽章のニ短調の後で聞くと非常に新鮮な雰囲気に感じられる楽章です。ニ短調の後に変ロ長調(平行長調の下属調ということになります)という調性が続くのは,ロマン派時代になって一般化したとのことですが,その点もこの曲が19世紀に好まれた理由の一つと言えそうです。

主題はまず,ピアノの独奏によってシンプルに演奏されます。これをオーケストラが引き継ぎます。その後もピアノ独奏とオーケストラが対話をするように進みます。その後,シンプルな弦楽器の伴奏の上に,ピアノが主題を変奏するかのように,息長いメロディを歌っていきます。

その後,最初の部分に戻った後,激しいト短調で塗りつぶされた中間部となります。ここまで穏やかな気分が続いていましたので,この豹変ぶりには驚かされます。ピアノが激しく上下に駆け巡り,色彩的な管楽器がそれに絡み合いきます。この激しい気分が次第にクールダウンし,第1部に戻ります。ここでは,前半よりも切り詰められた形になっています。

第3楽章 アレグロ・アッサイ,ニ単調,2/2 展開部を欠いたソナタ形式
第1楽章に呼応するようなニ短調の激烈なアレグロ楽章です。第2楽章中間部の激しい音の動きの余韻のような気分ももっています。

楽章は,ピアノ独奏によって勢い良く上昇するように演奏される暗い切迫感を持った第1主題で始まります。これがオーケストラによって繰り返され,拡大されていきます。その後,ピアノがもう一つ別の主題を演奏します。これは第1楽章に出てきたセンチメンタルな経過主題と似た音の動きを持っています。その後,ヘ短調になりピアノが「タンタンタン,タンタンタン」というリズムを持った第2主題を演奏します。曲は次第に明るい気分に変わり,木管楽器が軽快なヘ長調のメロディを演奏する小結尾となります。

その後,展開部なしで再現部となりますが,この転換点でピアノが即興でアインガンク(指ならし)を入れることになっています。

再現部では冒頭の激しい気分に戻ります。ここではオーケストラも上昇する音型を演奏し,展開部の代用的な機能を果たしています。その後は型どおり進み,カデンツァとなります。コーダでは,一気に祝祭的なニ長調に転調します。この鮮やかな転換は,短調で終わることを嫌った当時の聴衆の好みを反映したものと考えられます。暗から明への素晴らしいコントラストを味わった後,堂々と全曲が締められます。(2006/09/10)