モーツァルト Mozart

■ピアノ協奏曲第23番イ長調,K.488

モーツァルトの後期のピアノ協奏曲は傑作揃いですが,その中でも特に天衣無縫で純粋な美しさを持っています。流麗な華やかさと繊細な美しさが共存し,非の打ち所がありません。半音階が多用されているのも特徴です。モーツァルトの天才性を証明するような素晴らしい作品です。

この曲は楽器編成の点で少し変わったところがあります。これまで使われてこなかったクラリネットが編成に加わり,オーボエが使われていません。この編成はピアノ協奏曲第22番と同様の編成となっています。このクラリネットの響きをはじめとした木管楽器の響きが素晴らしい陰影を作り出しています。ティンパニとトランペットという祝祭的な響きを持つ楽器も使われていませんので,非常に親密な味わいもあります。

ただし,モーツァルトはこの年を境に落ち目になってしまいます。今では信じられない話ですが,後期のモーツァルトの気高い作品群は当時の聴衆には難解過ぎたようです.

第1楽章
透明な弦の響きによる第1主題で曲は始まります。流れるような美しさは悲しくなるほどです。この楽章は全体的に非常に穏やかで,感情が爆発するようなところはありません。ピアノとオーケストラが同じメロディを繰り返すようなパターンが多いのも特徴です。このメロディは木管楽器で繰り返されます。経過部の後の第2主題は半音ずつ音が下降していくようなもので第1ヴァイオリンで演奏されます。この半音進行が微妙な感情の陰影を作っています。

簡潔な小結尾に続いて,独奏ピアノが入ってきます。ピアノが少し変奏した形で第1主題を演奏した後,管弦楽による経過部になります。ピアノによる速いパッセージの後,第2主題が出てきます。ピアノでしんみりと演奏された後,管弦楽が繰り返します。ヴァイオリンとピアノの掛け合いの後,速いパッセージに彩られたコーダとなって呈示部が終わります。

展開部は,弦楽器によるしっとりとした感じの新しい主題で始まります。木管楽器がこの新しい主題の前半のモチーフを繰り返しながら,ピアノと対話を繰り返します。微妙な感情が入り組んだ陰影に富んだ部分です。その後,ピアノに導かれて,第1主題が再現します。再現部では第1ヴァイオリンと木管楽器で演奏されます。ピアノが装飾しながらこれを繰り返します。第2主題は主調のイ長調でピアノによって再現されます。木管でもこの主題が再現された後,展開部に現れた主題もピアノで再現されます。この主題が管弦楽に現れった後,カデンツァになります。カデンツァにはモーツァルト自身が作曲したものが残っています。さりげないコーダが続いて,軽やかに結ばれます。

第2楽章
6/8拍子のシチリア舞曲のリズムで書かれたアダージョの楽章です。この楽章は,嬰ヘ短調というモーツァルトにとっては,とても珍しい調性で書かれています。つぶやくようなピアノ・ソロで始まりまった後,ピアノの暗い和音とオーケストラが微妙に絡んでいきます。その後,木管と第1ヴァイオリンが美しい音型で応えます。

中間部はフルートとクラリネットが美しくハモって明るいメロディを演奏します。木管とピアノの掛け合いが続き,ほっとするような明るさがありますが,そのことがかえって悲しい雰囲気を盛り上げてくれます。その後,最初の部分に戻ります。最後はピツィカートの伴奏の上でピアノがゆっくりと跳躍するような音型を演奏し,弱音で終わります。

かなり以前,薬師丸ひろ子がこの曲に歌詞をつけて歌っていたことがありますが(「花のささやき」というタイトルのようです),モーツァルトの緩徐楽章の中でも特に気品と悲しみにあふれた,印象的な楽章です。

第3楽章
前楽章と対照的に快活な雰囲気になります。最初に出てくる元気な主題(A)が何度も出てくるロンドです。大変流れの良い楽章で,次から次へとメロディが涌き出てきます。木管楽器とピアノのやりとりも大きな聞き所です。

Aに続いて,管弦楽のみによる生き生きとした経過部の後,第1副主題(B)がピアノに現れ,クラリネットが反復します。その後,新しい副主題(C)が短調で演奏されます。これはフルートなどの木管楽器とヴァイオリンで演奏され,ピアノが反復します。最後にコーダ風のメロディ(D)が出て来て木管で反復されます。続いてロンド主題(A)が再現します。これが展開された後終止します。

その後,短調の部分(E)になります。ここでも,ピアノと木管楽器が掛け合いをしながら進んでいきます。続いて,クラリネットがのどかな主題(F)を出し,ピアノがこれに応答します。

ここで本来再現するはずの(A)が変奏された形でピアノに現れます。その後,(B)が再現し,短調で反復されます。続いて(C)が長調で再現します。ピアノの経過部の後,コーダ(D)が出てきます。ロンド主題(A)がピアノに再現し,経過部の後,コーダ(D)が出て来て,華やかに全曲を結びます。あふれるような喜びが,悲しみを隠しながら疾走する素晴らしい楽章です。

このとおり,ロンド主題の間に魅力的な副主題が次々と出てきます。主題の登場する順番がかなり複雑なので,ピアニストにとっては暗譜をするのが大変な曲のようで,かつての名ピアニスト,アルトゥール・シュナーベルなどはこの楽章の途中で止まってしまったことがあります。この立ち止まった瞬間が録音されている変わったライブ録音なども残されています。(2003/11/22)