モーツァルト Mozart

■ピアノ協奏曲第9番変ホ長調,K.271「ジュノム」

モーツァルトは30曲近くのピアノ協奏曲を書いていますが,このうちよく演奏されるのは,第20番以降の作品です。ケッヘル番号でいうと,400番台後半以降の作品です。そういう中で,この第9番は,「ジュノム」というあだ名があるせいか,番号の若いピアノ協奏曲の中では比較的よく演奏されるものです。内容的・規模的にも大変充実したもので,晩年の作品に劣らない魅力を持っています。

曲のあだ名の「ジュノム(Jeunehomme)」というのは人の名前です。当時,ジュノムというフランスの優れた女流クラヴィーア(ピアノの前身の楽器)奏者がいたそうで,その技術にみせられて作曲されたのがこの曲です。この人については詳細はわかっていないのですが,この曲の規模と内容的な豊かさから推測すると相当優れた演奏家だったと思われます。

第1楽章 
この楽章はモーツァルトのピアノ協奏曲中独特のものです。通常,オーケストラだけによる主題呈示部があるのですが,この曲はいきなりピアノが出てきています。この辺はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番,第5番「皇帝」に通じるものがあります。特に,「皇帝」とは変ホ長調という調性も共通しています。「皇帝」に比べるとかなり可愛らしい感じですが,ソロの登場の仕方などもかなり似ています。

この冒頭部分ですが,オーケストラのユニゾンでテーマが出てくると,それに答える形でピアノソロが登場します。この「対話」はこの楽章の大きな特徴で,その後もたびたび出てきます。第2主題の方は,大きく弧を描くようななだらかな感じのものです。この主題の対比も見事です。主題呈示部が終わると,ピアノのトリルで再度,ピアノが入ってきて,再度第1主題と第2主題を演奏します。展開部では第1主題の動機を中心に念入りに展開がされます。再現部の後にカデンツァ,コーダと続いて楽章が終わります。

第2楽章
ハ短調で書かれているのは,この時期のモーツァルトにしては独特なものです。弦のみで最初に出てくる重苦しく悲しげなメロディは強いインパクトを持っています。弦楽器は弱音器付きで演奏し,全体にくぐもったような雰囲気を出しています。この伴奏に乗ってピアノが登場します。このピアノパートでは,オクターブ跳ね上がるような前打音が特徴的です。悲しくも美しいといった心にしみる音楽をソロ・ピアノが連綿と歌います。時おり長調の部分も出てきますが,全体に悲しみに沈んでいます。カデンツァがあった後,重々しい和音で楽章を閉じます。

第3楽章 
第2楽章とは一転してロンド形式の急速な楽章です。モーツァルトのオペラの中の軽妙なアンサンブルを聴くような楽しさがあります。繰り返し出てくるロンド主題はプレストの活気のあるものです。この辺にジュノムというピアニストの技術の一端が見えているようです。次々と出てくるメロディも華麗なものですが,中間部で突如優雅なメヌエットの雰囲気になるのも独特です。こういった各部分をつなぐアインガングやカデンツァは自筆のものが残されています。最後は,再度活気を取り戻し,明るく全体が結ばれます。(2002/8/4)