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モーツァルト Mozart
セレナード第9番ニ長調,K.320「ポストホルン」

1779年,新たな就職先を探してミュンヘン,マンハイム,パリを旅行をしたモーツァルトですが,最終的には就職活動に失敗し,ザルツブルクに戻ります。そして,激しい不満を抱きながらも大司教に仕える音楽家として過ごすことになります。そういった時期に書かれたのが,通称「ポストホルン」と呼ばれるこのセレナードです。この曲は,演奏時間40分を越える大作で,その第6楽章にポストホルンが使われているためにこの名で親しまれています。

この曲が書かれた理由ははっきりしませんが,ザルツブルク大学の学生たちの課程終了を祝うための音楽(フィナールムジーク)だと言われています。第5楽章に短調楽章を含むため,「忌まわしいザルツブルクを捨てて再び旅に出たい気持ちの表れ」「ザルツブルクでの恋愛の思い出」などと文学的な解釈のされることもありますが,ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲の短調楽章同様,あくまでも楽章間の鮮やかな対比を狙ったものと考えられます。

こういった部分も含め,マンハイム=パリ旅行での音楽体験が存分に現れた曲で,両端楽章でのマンハイムのオーケストラの響きを意識した立派さ,中間楽章の協奏交響曲風の優雅さなど,大変聞き応えのある作品となっています。楽章の構成は,次のとおりです。
  1. 速い楽章
  2. メヌエット
  3. 遅い楽章
  4. 速い楽章
  5. 遅い楽章
  6. メヌエット
  7. 速い楽章
この形は,モーツァルトの大型の娯楽音楽(ディヴェルティメントやセレナードなど)の標準形で,中間の数楽章が協奏曲形式を取るのがパターンとなっています。この曲では,3,4楽章がフルート,オーボエ,ファゴット,ホルンのための協奏交響曲を思わせる形式になっています。

それにしても,第6楽章の途中にポストホルンがなぜ出て来るのが気になります。当時,セレナードは,パーティのBGM用として使われており,注文生産で作曲されていましたので,奏者の当てがない限りこのが楽器が使われることはありません。恐らく,モーツァルトの頭の中には具体的なポストホルンの名手が念頭にあり,その名人芸を披露するためにこの部分を用意したと考えられます。この「ポストホルンの謎」に加え,上述のとおり,少し謎めいたような暗さがあるのが,この作品の魅力をさらに高めているといえます。

楽器編成:フルート2,オーボエ2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,ポストホルン,ティンパニ,弦五部

第1楽章 アダージョ・マエストーソ(序奏)−アレグロ・コン・スピリート(主部),ニ長調,4/4,ソナタ形式
アダージョ・マエストーソの序奏とソナタ形式の主部からなる楽章です。序奏部は6小節だけですが,起伏の大きな音の動きと強弱の対照があり,緊張感を湛えています。

アレグロ・コン・スピリートの主部は,ヴァイオリンを中心としたシンコペーションを含む生き生きとした緊張感に満ちたメロディで始まります。生き生きとした経過部が続いた後,「タラララン」という感じの行進曲調のリズムが出てきて第2主題部になります。ここでは旋律的な第2主題が今度は弱音でヴァイオリンによってされます。この主題は,行進曲調のリズムで時折中断されながら繰り返されます。当時のマンハイムのオーケストラでよく使われていた息の長いクレッシェンドが繰り返された後,第1主題で使われた音型による小結尾となります。

展開部はヴィオラで始まった後,第1ヴァイオリンがスタッカートで分散和音を演奏して始まります。途中,ニ短調に転調して翳りを見せるなど,多彩に展開された後,突如,アダージョ・マエストーソの序奏が回帰します。経過部が少し省略されて第1主題,第2主題が再現された後,展開部冒頭の音型を使ったコーダとなり,力強く楽章が閉じられます。

第2楽章 メヌエット,アレグレット,ニ長調(トリオ:イ長調),3/4
堂々としたメヌエットとトリオからなる楽章です。メヌエット部は,3部形式を取っていないのが特徴です。トリオ分は,イ長調になり,フルートとファゴットがオクターブで動く部分が特徴的です。

第3楽章 コンチェルタンテ,アンダンテ・グラツィオーソ ト長調,3/4
以前,パリで作曲された管楽器のための協奏交響曲を思わせるような楽章です。最初に第1ヴァイオリンが優雅な第1主題を上品に演奏した後,ファゴット,オーボエ,フルートといった順に演奏に加わってきます。

しばらくして,弦の伴奏の上にフルートがすっきりとしたメロディを演奏し,管楽器の見せ場がさらに広がります。これがオーボエに引き継がれます。その後,管楽器の間で,メロディが細かく受け渡され,時に重奏になったり,完全に管楽器のための協奏交響曲の雰囲気になります。時折,弦楽器が表現的なパッセージを挟み込んだり,短調に転調されたしますが,基本的には,平穏な音楽が続きます。

楽章の最後の部分では,フェルマータで音が閉じられた後,フルートとオーボエを中心とした管楽器によるカデンツァが入ります。これが再度フェルマータによって閉じられた後,最初の主題が再現し,管楽器を中心に静かに終わります。

第4楽章 ロンドー,アレグロ・マ・ノン・トロッポ,ト長調,2/4
フルートによって流れるように演奏される魅力的なロンド主題で楽章は始まります。その後,オーボエが繰り返し,楽器間の対話が始まります。第1の間奏ではオーボエ,フルートの順にメロディが受け渡されていきます。

ロンド主題がフルートで再現された後,第2の間奏が今度はホ短調で演奏されます。この部分は,ヴァイオリンの伴奏の上にオーボエ,フルートの順に演奏されて始まります。その後,三たび,ロンド主題が戻ってきます。属7の和音の上に音が伸ばされた後,ロンド主題によるコーダになって力強く結ばれます。

第5楽章 アンダンティーノ,ニ短調,3/4
この曲の特徴の一つとなっている短調の緩徐楽章です。セレナードの一楽章としては,異例ですが,同じ時期に書かれたヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲と共通した気分を持っています。

第1主題は,第1ヴァイオリンがデリケートな弱奏で演奏した後,強奏のトゥッティが応える形で始まります。トゥッティに続いて弦楽器に現れる,歌劇「ドン・ジョヴァンニ」序曲の中の「石像のテーマ」のような半音階的な音型も印象的です。第2主題はへ長調で慰めるようなメロディが演奏されます。ここまでが呈示部にあたり,反復されます。

展開的な部分は,へ長調で第1主題が扱われた後,ト短調の翳りのある雰囲気に変わり,オーボエと弦楽器が掛け合います。その後,原調で第1主題が再現されますが,第2主題は再現されず,オーボエが先に出した音型を演奏した後,静かに閉じられます。この部分にも反復記号が付けられています。

第6楽章 メヌエット,ニ長調,3/4(トリオ1:ニ長調,トリオ2:イ長調)
2つのトリオを持つメヌエット楽章です。最初に出て来るメヌエットは,通常の3部形式で書かれています。非常におめでたい感じの曲で,2007年10月の郵政民営化スタートの際のセレモニーでも使われていました。ニュースで何回も何回も放送されたので,聞き覚えのある方も多いと思います。

第1トリオは,とても可愛らしい雰囲気があります。この部分の原譜には,フラウティーノ(ピッコロ)のパートが置かれているのですが,音符としては何も書かれていません。そのため,現在では弦のみで演奏する場合と、ピッコロまたはリコーダーを第1ヴァイオリンに重ねて演奏する場合とがあります。

第2トリオはイ長調に変わり,ポストホルンがド・ミ・ソの自然倍音だけによるソロを朗々と演奏します。この曲のいちばんの聞き所と言えます。

第7楽章 フィナーレ,プレスト,ニ長調,2/2
いきなり,ユニゾンで力強く演奏される第1主題で始まります。第2主題はイ長調に転調し,第2ヴァイオリンの3連符の上にオーボエに彩られながら第1ヴァイオリンが切れ切れに演奏します。長い経過部では,最弱奏から次第に音が盛り上がっていく部分がありますが,この辺にはマンハイムのオーケストラの影響があります。

しばらくすると,第1主題によるフガートになります。その合間に管楽器が活躍を見せた後,冒頭のユニゾンが再現し,第1主題,第2主題がそれぞれ主調で再現されます。最後は華々しいコーダで全曲が閉じられます。
(2009/11/03)