モーツァルト Mozart

■弦楽四重奏曲集「ハイドン・セット」(全6曲)
ハイドンとモーツァルトは師弟的な関係にあったと同時に,ライバル的な感情も持っていたようです。通称「ハイドン・セット」と呼ばれるこの6曲の弦楽四重奏曲集はハイドンの作曲した「ロシア四重奏曲」という6曲の弦楽四重奏曲集の素晴らしさに刺激を受けて作られたものです。当然のことながらハイドンに献呈されています。

この曲集は,弦楽四重奏曲の歴史に残る傑作揃いですが,お金のために書いたというよりは,モーツァルトが自分自身のために書いたようなところがあります。モーツァルトにしては珍しく,練りに練って約3年を書けて作っています。モーツァルト自身にとっても,職人から芸術家へと変貌するきっかけになった曲集といえます。

■弦楽四重奏曲第15番ニ短調,K.421
この6曲の中では,唯一,短調で書かれた作品です。全4楽章中,3楽章がニ短調に統一され,ヘ長調で書かれた第2楽章もそれほど明るい気分はありませんので,どこか深い諦観のようなものを感じさせる曲となっています。モーツァルトの短調作品はどの曲も強い印象を残しますが,その中でも特に異彩を放っている作品です。

第1楽章 アレグロ・モデラート,ニ短調,4/4,ソナタ形式
低く沈み込んでいくようなシャコンヌ・バスの上に,ひっそりとした第1主題が歌われます。このメランコリックな主題が一オクターブ上で繰り返されて,曲全体の基調が確立されます。その後もしばらく短調の部分が続いた後,ヘ長調の第2主題が出てきます。ただし,この第2主題も急き立てるような16分音符の上に歌われますので,優美ではあるけれども,落ち着いた気分にはなりません。その後も3連音符や6連音符が印象的な部分が続き,展開部に入ります。

展開部は第1主題が変ホ長調で演奏された始まりますが,次第にほの暗い長調の世界に戻っていきます。第1主題を中心に緊迫感を増した後,今度は呈示部後半に出てきた6連音符の動機が出てきます。再度,高潮した後,再現部となります。再現部では第2主題の方もニ短調で演奏され,すべてがほの暗い空気に包まれたまま楽章を閉じます。

第2楽章 アンダンテ,ヘ長調,6/8,3部形式
3部形式で書かれていますが,単一主題が全体を支配しています。最初に出てくるこの主要主題は,ふっと溜息をつくような休符を含む諦観に満ちたものです。ヘ長調なのですが,途中,短調に転調されることもあり,明るい気分はありません。

中間部はヘ短調になり,次第に激しい表情に変わっていきます。その後,柔和な変イ長調の部分が続きます。この2つの主題はそれぞれ,主要主題と第1楽章のモチーフとの関連があります。この後,最初の部分に戻ります。

第3楽章 メヌエット,アレグレット,ニ短調,3/4,3部形式
メヌエットと言えば気軽な音楽という印象がありますが,この曲のメヌエットは,第1楽章に匹敵するほどの重量感を持っています。付点音符が特徴的な短調の主題は,第1ヴァイオリンで演奏された後,他の声部によって模倣されます。その間,チェロが半音ずつ下降していますので,重厚な感じがします。

トリオはニ長調となり,優雅な気分を形作ります。第1ヴァイオリンが演奏する繊細で典雅な歌は,K.334のディヴェルティメントのメヌエット(モーツァルトのメヌエットと呼ばれている曲)を思い出させます。この曲の中で唯一翳りのない部分なのですが,それほど長くは続かず,再度,ニ短調のメヌエットに戻ります。

第4楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ,ニ短調,6/8,変奏曲形式
シチリアーノのリズムを伴ったメランコリックな主題による変奏曲の楽章です。この形式は,ハイドンの作品33-5の終曲の影響を受けていると言われています。

この主題は2部形式になっています。前半に出てくるトリル音型は第1楽章の主題と関連があると言われています。後半,少し気分は変わっていますが,基本的に同じ要素を使って自由に書かれたものです。

この主題の後,4つの変奏が続きます。各変奏とも小節数はそのまま維持していますので,段々と装飾的な気分が盛り上がって行くような構成となっています。ソナタ形式のような葛藤を含んだ形式ではなく,ひたすらメランコリックな気分が繰り返されますので,ブラームスの六重奏曲の中の変奏曲楽章などと同様,諦観がどんどん深まっていくような効果を生んでいます。

第4変奏で一旦,ニ長調になった後,終結部ではピウ・アレグロにテンポを速めます。緊迫した3連符の連続が続いた後,音楽はニ長調の主和音に転調して全曲は閉じられます。(2006/05/21)

■弦楽四重奏曲変ロ長調,K.458「狩り」
この6曲の中では,いちばんハイドン的な曲と言われています。密度の濃さと楽しさとが共存した名曲で,モーツァルトの弦楽四重奏曲の中でも特に親しまれている曲です。

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ,変ロ長調,6/8,ソナタ形式
この曲が「狩」という愛称に呼ばれるのは,第1楽章冒頭の角笛で吹いているような快活な主題によります。このネーミングはモーツァルト自身によるものではありませんが,ぴったりの雰囲気があります。ちょっと聞くだけで気分が爽快な気分になるような印象的な主題です。この楽章は,この主題以外に明確な第2主題はなく,ハイドン風のソナタ形式となっています。第2ヴァイオリンと第1ヴァイオリンの対話の後,第1ヴァイオリンのトリルが出てきて,再度,華やかに第1主題が演奏されます.その後,第2主題を形作る動機が出てきます。第1主題経過部の動機が出てきた後,ピアニシモで呈示部が閉じられます。

呈示部に明瞭な第2主題が出てこなかったかわりに展開部の方に新たな主題が出てきます。狩の途中に一休みするような感じで,のどかな新しいメロディが出てきます。その後,短調になりますが,それほど緊迫感のある感じにはならず,再現部になります。再現部はほぼ型どおり行われますが,第2の展開部とも言えるコーダが付いているのが特徴です。ここでは第1主題が対位法的に扱われ,これまでに出てきた主題を要約するように呈示して力強く結ばれます。

第2楽章 メヌエット,変ロ長調,3/4
堂々としたメヌエット主題で始まります。この主題は不規則な構成で,独特な感じがします。トリオは,軽やかなリズムを伴奏に,第1ヴァイオリンが装飾的な音符を交えて優雅に軽快に歌います。

第3楽章 アダージョ,変ホ長調,4/4,展開部を省略したソナタ形式
深い感動をたたえたです。長調だけれども翳りの漂う音楽です。最初に出てくる第1主題には細かく強弱が付けられています。この主題がヴァイオリンのソロで短調に転調されます。その後も転調しながら美しい歌が歌われて行きます。第2主題はセレナードのようで,ロマンティックな感情が漂っています。再現部では最後に第1主題がもう一度演奏され,弱音で閉じられます。

第4楽章 アレグロ・アッサイ,変ロ長調,2/4,ソナタ形式
全体としてはフィナーレらしい軽快さに包まれていますが,同時に対位法的な緻密さを併せ持っています。第1主題はハイドンの弦楽四重奏曲作品33の4のモティーフが巧く織り込まれています。ハイドンへのオマージュと言われています。この主題を元にした推移部の後,第2主題が出てきます。第1ヴァイオリンが第2ヴァイオリンに即興的に応えるような形です。シンコペーションによる推移部の後,分散和音で上昇した後,3連符で下降する落ち着いた主題が出てきます。オーケストラ風に盛り上がって,提示部が終わります。

展開部は第1主題の対位法的な処理が続きます。主題の拡大形も使われ,密度の高い展開を見せます。再現部は型どおり書かれています。疾走するような感じが途切れた後,さっぱりとした感じで全曲が結ばれます。(2003/11/11)

(参考文献)
作曲家別名曲解説ライブラリー:モーツァルトII.音楽之友社