モーツァルト Mozart

■交響曲第36番ハ長調K.425「リンツ」

モーツァルトの後期の交響曲の中には都市名の入ったものが数曲あります。それらと同様,この曲はリンツで初演されたためにこのニックネームで呼ばれています。モーツァルトがリンツに滞在していた4日ほどの間に書かれたという説もあります。この立派な曲を4日で書いたとすれば驚きです。

この曲は,ハイドンの交響曲の影響を受けていると言われています。交響曲の第1楽章にハイドンの交響曲のような序奏が入るのもこの曲が初めてです。ハ長調という明るく堂々とした響きを持つ調性で書かれ,古典的な均整もよく取れていますが,その中で時折暗い影が差すのは,後期のモーツァルトの交響曲の持つ大きな魅力です。

その「明るさの中の影」は,作曲当時のモーツァルトの状況と関係があるのかもしれません。27歳だったモーツァルトは,前年,父親の反対を押し切ってコンスタンツェと結婚し,ウィーンに定住することになります。また,彼の保護者でもあった故郷ザルツブルクの大司教とも決別しています。モーツァルトにはこの年,長男が生まれますが2ヶ月ほどで亡くしています。こういったことを併せて考えると,この曲はモーツァルトの自立を象徴するような曲とも言えそうです。

曲は,それほど大きくないオーケストラを想定しているとのことですが,その力をフルに引き出すようなダイナミックさを持っています。楽器編成は,弦五部,ティンパニにオーボエ,ホルン,ファゴット,トランペット各2となっています。

第1楽章
アダージョの堂々とした序奏で始まります。複付点リズムの「ターンッタ,ターンッタ」というリズムが特徴的です。ハ長調の主和音を強調するように「ドード,ミーミ」と始まるのですが,その後にラの音が出できますので,ちょっと翳りが出てきます。その後も微妙に転調し,半音階的な音の動きを交えて進んでいきますので,「ドン・ジョヴァンニ」の序曲などを思い出させる深さも持っています。

この序奏が終わるとアレグロ・スピリトーソの主部に入ります。序奏と際立った対比が付けられています。第1ヴァイオリンが「ミーファー」と全音符で上昇して行くような端麗な主題をひっそりと出します。その後,今度は「ドーシb−」とシンメトリカルに下降していきます。これに管楽器・打楽器などが加わってダイナミックな気分になり,モーツァルトお得意の行進曲調なリズムにつながります。経過的な部分が続いた後,突如ホ短調になり激しい気分になります。その後にオーボエが優しいメロディを引き継ぎます。勢いのある元気のある部分が続いた後,最後に上向していった後,下降していくブリッジ的なパッセージが出てきて呈示部が終わります。

展開部では,このブリッジのパッセージを盛り込みながら比較的静かに進みます。再現部は型どおりのものです(この辺がこの曲の作曲が時間が少なかったことの証拠になりそうです)。コーダではブリッジのパッセージを盛り込みながら,簡潔に結ばれます。

第2楽章
最初に出てくる第1ヴァイオリンによる第1主題はシチリア舞曲を思わせる美しく平和なものです。これは,同時期にモーツァルトがミヒャエル・ハイドンのために作った二重奏曲変ロ長調K.424の第2楽章の主題と似たものです。この息の長い主題はモーツァルトの曲の中でも特に美しいものです。この楽章では,ティンパニとトランペットが休まずに使われていますが,このことは当時としては珍しいことです。特に静かな部分に出てくるティンパニの響きは神秘的な気分を盛り上げています。

展開部では,第1主題を中心に展開します。低音部にヘ短調の上昇音階の主題が出てくるのが印象的です。その後,再現部が型どおり再現されて楽章は終わります。ウィーン時代に入ったモーツァルトの円熟を感じさせる深い味を持った楽章といえます。

第3楽章
朗々とした美しさを持つメヌエット楽章です。「ターラ,ターラ」というリズムの繰り返しが印象的です。トリオは木管とヴァイオリンの掛け合いによる鄙びたレントラー風のメロディです。この部分は「リンツ」という呼び名に相応しい素朴さを持っています。この部分は,カノン風に展開していきます。

第4楽章
ヨーゼフ・ハイドン風の軽快な動きの見られる楽章です。第1主題はコントラバス抜きの弦楽器の弱音で始まりますので,非常に軽やかです。その後に続く,全楽器によるトゥッティの部分との対比が見事です。第2主題は第1楽章の展開部を思い出させるような短い動機の繰り返しで穏やかな表情を持っています。その後,第1主題の動機を盛り込みながら,オペラのフィナーレを思わせるようなスピード感を持って進んでいきます。

展開部では,エネルギーを秘めた転調を続けながら,高音部と低音部のカノンで進んで行きます。再現部では,呈示部が型通り再現されます。コーダでは,スピードに乗って明朗な気分をさらに高めて行きます。最後は第1主題のリズムを盛り込みながら力強く全曲が結ばれます。

(参考)
モーツァルトのいる部屋/井上太郎(ちくま学芸文庫).筑摩書房,1995
交響曲名曲名盤100/諸井誠(ON books).音楽之友社,1979
交響曲読本(Ontomo mook).音楽之友社,1995
作曲家別名曲解説ライブラリー13.モーツァルトI.音楽之友社,1993
(2004/06/05)