モーツァルト Mozart

■交響曲第41番ハ長調,K.551「ジュピター」

モーツァルトの最後の交響曲です。ニックネームの「ジュピター」というのはギリシャ神話の最高神「ゼウス」のことです(ローマ神話の「ユピテル」と同じ神です)。この名前はモーツァルト自身が付けたものではなく,ザロモンという人が付けたものと言われていますが,この曲の持つ堂々とした雰囲気にはぴったりです。モーツァルトの交響曲の最後を飾る,完成度の高い「最高の交響曲」と言っても良いでしょう。

ただし,「41番」という旧全集版の数字には,意味がありません。実際,モーツァルトが作曲した交響曲の数ははっきりしておらず,50数曲書かれたといわれています。ただし,この41番に限らず,この旧全集版の番号は,非常に良く定着しており,通常は41番「ジュピター」と呼ばれています。

この曲は,39番,40番とあわせて「後期3大交響曲」と呼ばれることもあります。作曲時期も非常に近接しています。39番,40番には,ロマン派的な雰囲気もあるのですが,41番は非常に均整が取れており,古典的な雰囲気に戻っているようなところがあります。最終楽章のフーガとソナタ形式が合体したような構成は,古典派の最高の到達点ともいえます。いずれにしても,2ヶ月ほどの間に,性格の違う名作交響曲を一気に書いたことは,モーツァルトの天才ぶりをとてもよく表わしているといえます。

演奏時間は,繰り返しをきちんと行なうと40分ぐらいかかることもあります。普通に演奏しても30分ぐらい掛かりますので,長さ的にもモーツァルトの交響曲中最大のものと言えます。その割に編成はさほど大きくなく,クラリネットなし,フルートも1本のみという編成になっています。

第1楽章 
「ジュピター」はハ長調で書かれています。このことからして,堂々とした正攻法の雰囲気が感じられます。まず,力強く「ド・ミ・ソ」の主和音で始まります。「プラハ」交響曲もこういうようなテーマで始まりですが,違うのはこれが序奏ではなく主題だということです。その後,優しい音型が応答し,剛と柔の対比が耳を引き付けます。第2主題は,ト長調の柔らかいメロディです。弦がとても美しく響きます。呈示部の最後は,モーツァルトによくある同音反復のスタッカートで結ばれます。オペラ・ブッファ的な軽やかさが魅力的です。この楽章は,各主題,各部分ごとに「ホッ」という感じで休止が入るのが特徴です。この辺が古典的な明快さをさらに強調しています。古典建築を見るような美しさがあります。

展開部は,最後のオペラ・ブッファ的な軽やかなメロディをフーガ風に展開して始まります。管楽器に次々と主題が出てきて,再現しそうでしない雰囲気があります。再現部は,ハ長調で明快に出てきますが,まだまだ展開したそうに転調を含みながら進みます。楽章の最後は,簡潔に結ばれます。

第2楽章
弱音器付きヴァイオリンによるカンタービレで始まります。フォルテとピアノの対比も楽しめます。晩年の作品だけあって,絶えず寂しげな翳のある表情が漂っています。第2主題も穏やかなもので,こまやかなスタッカートを交えて歌われます。展開部も歌に溢れています。モーツァルトの作った緩徐楽章の中でも,もっとも美しく深い味わさを持った楽章といえます。

第3楽章
なだらかに半音階を下降していく主題で始まるメヌエットです。下降しながら,盛り上がっていくという不思議な味があります。トリオに入る前に,管楽器のみによる楽句があるのも特徴です。トリオでは,フルートに導かれてユーモラスで愛らしい音型が出てきます。このトリオの部分では,フィナーレの主題を先取りするように忍ばせています。

第4楽章 
最初に出てくる「ドー・レー・ファー・ミー」という音型は「ジュピター音型」と呼ばれている主題です。この音型は,第33番の交響曲の第1楽章にも使われていますが,さらに驚くべきことに交響曲第1番の第2楽章にもこの音型が現れています。モーツァルトの最初と最後の交響曲に同じ音型が現れていることは非常にミステリアスです(この主題自体,古くから多くの作曲家が使われてきた主題らしいのですが)。

この音型は,ソナタ形式の第1主題として,密やかに登場します。すぐに第1楽章第1主題の動機が組み込まれます。その後,下降するような経過的な音型が出てきます。第1主題は,呈示部の段階で,すぐに対位法的な展開が行なわれますが,第2主題もすぐに下降するような音型と絡み合います。まさに,フーガとソナタ形式が合体したような豪華さの溢れた楽章となっています。

展開部も各主題が組み合わされ,立体的に進んでいきます。管楽器がとても良いスパイスになっています。再現部は,楽章の冒頭と同様に始まりますが,さらに大きな展開を見せます。コーダでは,逆行する主題の動きも絡んできて二重フーガになります。緊密な構成と熱気が絡み合った華麗な楽章は,電車が駅に停車するような感じで,スローダウンして結ばれます。(2002/10/31)