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モーツァルト Mozart
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調,K.219「トルコ風」

モーツァルトは,少年時代から最晩年までのかなり長い期間に渡って30曲近くのピアノ協奏曲を書きましたが,ヴァイオリン協奏曲については,対照的に短期間に集中して作曲しています。一般に知られている五つのヴァイオリン協奏曲は,1773〜1775年,モーツァルトがザルツブルク宮廷楽団のコンサートマスターだった時代に書かれています。

しかし,それでも1曲書くごとに進歩しているのがモーツァルトらしいところです。その最後を飾る傑作がこの第5番です。フランス風の優雅さとドイツ風の堅固さが合体し,それにトルコ風の味付けがされた面白い曲となっています。第3楽章をはじめとして,定石を打ち破ったような”不意打ち”が多いのも特徴です。K.200番台のモーツァルトの曲を代表する傑作と言えます。

第1楽章 アレグロ・アペルト,イ長調,4/4,協奏風ソナタ形式
この楽章には,「アレグロ」という速度記号の後に「アペルト=明瞭に,堂々として」という発想記号が付け加えられています。もともとの「開いた」という意味が転じて,「はっきりとした」というニュアンスを持つようになったものです。この楽章にはうってつけの記号です。

トゥッティの主和音の後,その和音を分散しただけのような主題が提示されます。この主題は,主題というよりは伴奏だということが後から分かります。リトルネッロ的な音形が出てきた後,下降する音形を持つ第2主題が出て来ます。その後,スタカートで演奏される特徴的なコーダの音型が出てきて一区切り付きます。このコーダ主題は,第1楽章の部分部分を区切るのに後で何回も出てきます。

この後,テンポがぐっと遅くなりアダージョとなります。独奏ヴァイオリンが穏やかな歌を歌うようなアインガンクを演奏した後,アレグロ・アペルトに戻り,はつらつとした主題を演奏します。ここで出てくるのが本当の第1主題です。この時,冒頭に出てきた分散和音の主題が組み合わされて同時に演奏されているのがいるのが独特です。

コーダ音型が出てきた後,今度は第2主題が属調で演奏されます。後半ではオーボエがこのメロディをなぞります。再度,コーダ音型が出て来た後,展開部になります。

展開部では2つの主題は展開されず,まず新しい旋律が出てきます。短いながらも華やかなパッセージが続いた後,リトルネッロ的な音型が出てきて再現部につながります。型どおり再現された後,カデンツァとなり,コード主題が出て楽章が終わります。

第2楽章 アダージョ,ホ長調,2/4,協奏曲風ソナタ形式
短調のしっとりとした味と細やかな美しさを持つ楽章です。モーツァルトにしては珍しくホ長調という調性で書かれています。落ち着いた第1主題のあと,細かに揺れ動く副主題になります。波にゆらぐ木の葉のような32分音符の音型によってオーケストラによる呈示部が終わった後,続いて独奏ヴァイオリンがこの2つの主題を演奏します。

展開部になります。ここでは第1主題が独奏ヴァイオリンによって変奏される形で進んでいきます。再現部では呈示部の要素が手際よくまとめられ,最後にカデンツァが入ります。
呈示部では無伴奏のメロディだったものが再現部では多声部に扱われるのが特徴

なおモーツァルトは,ブルネッティというヴァイオリン奏者のために,「アダージョK.261」という同じ調性による別の曲も第2楽章のために作っています。

第3楽章 ロンド,テンポ・ディ・メヌエット,イ長調,3/4
第3番の第3楽章と同じメヌエット風楽章ですが,より変幻自在で規模も大きくなっています。ロンドーと記されていますが,構成としては,メヌエット楽章となっています。

楽章は,イ長調ののどかなテーマで始まります。この主題はロンド主題のように何度も登場します。この伸びやかな気分が,トリオの部分で急にイ短調になり,気ぜわしい感じに一変します。なる。これが4回繰り返された後,その後,トルコ風(ハンガリー風と同じような意味で使われていたようですが)の部分になります。この曲が,「トルコ風」というニックネームでよく親しまれているのは,この部分に由来しています。ベートーヴェンの第9交響曲の第4楽章の途中でシンバル,大太鼓が入って来て,行進曲になる部分がありますが,その部分と同様のイメージです。モーツアルト自身,K.331のピアノ・ソナタの第3楽章でトルコ行進曲を書いていますが,そちらの方もこの曲と同じイ短調となっています。モーツァルトにとっては「トルコ風=イ短調」だったのかもしれません。半音階進行とクレッシェンドの効果が顕著な部分が繰り返された後,やがて,冒頭のテンポ・ディ・メヌエットのフレーズが戻ってきます。

前半よりは省略された形で再現された後,穏やかに全曲が閉じられます。

この楽章の演奏については,18世紀の習慣に従って,楽句の切れ目などに任意の装飾音を入れることが,「新モーツァルト全集」では提言されています。近年は特にこの指示に従っている演奏が増えて来ています。トルコ風の部分でコルレーニョが使われるのも,新全集での指示によります。この部分は「後宮の嫉妬」という当時のバレエの中の作曲者不明の曲を引用しあものと言われています。(2006/07/04)