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モーツァルト Mozart
歌劇「魔笛」K.620 Zauberflote,Die
モーツァルトのオペラには,イタリア語で歌われるものとドイツ語で歌われるものの2種類があります。前者は,オペラ・ブッファまたはオペラ・セリアと呼ばれます。ドイツ語で歌われる方はジング・シュピールという「歌芝居」の系列に属します。この「魔笛」は,モーツァルトのジングシュピールの代表作です。モーツァルトは以前からドイツ語によるオペラの実現を夢見ていましたので,その夢を叶える,モーツァルトのオペラの総決算ともいえる作品となっています。

この曲のタイトルは,日本では「魔笛」というタイトルが定着していますが,これは誤解を生む可能性があります。「魔笛」というと横溝正史の「悪魔が来たりて笛を吹く」といったシリアスで怖そうなイメージを持ってしまいますが,実際のところは「魔法の笛」といった軽いおとぎ話的な内容となっています。

ただし,内容的にはかなり問題を含んでいます。まず,いろいろな様式を含んでいます。パパゲーノとパパゲーナにはウィーンの民謡調+オペラ・ブッファ(喜劇),タミーナとパミーナにはイタリア・アリア調+ドイツ歌曲調,夜の女王はオペラ・セリア調(まじめなオペラ),といった具合です。しかもドラマのストーリーは前半と後半で正義と悪との役割が正反対になっています。前半は,娘パミーナを奪われた夜の女王が王子タミーノにザラストロのところから救出させようという内容なのですが,後半になるとタミーノはパミーナと一緒に,高僧ザラストロの下で修行をし,夜の女王は悪役に転じます。夜の女王とは何物?弁者は?とキャラクター自体も謎に満ちています。

モーツァルトの伝記的な内容を描いた映画「アマデウス」にもこの映画の場面が出てきますが,シナリオを書いたシカネーダの好みで,こういった雑多な「からくり」があれこれ詰め込まれた作品になったようです。モーツアルトの高貴な音楽と見世物的な雰囲気のミスマッチもこのオペラの魅力の一つです。この映画で描かれたとおり「魔笛」は大衆の圧倒的な支持を受け,その人気は現在まで続いています。

このオペラには,モーツァルトが属していたフリーメーソンという宗教的な結社との関係も色濃く現れています。今となっては,その意図はよくわかりませんが,ところどころ宗教の儀式を暗示するような場面が出てきます。ザラストロというのは,ニーチェの本のタイトルにもなっている「ツァラトゥストラ=ゾロアスター」と語源が同じです。エジプトあたりが舞台ということで,ますます,よくわからない設定ということになります(しかも,タミーナは日本の狩衣を着ていることになっています)。

このようにいろいろと問題をはらんだオペラですが,超絶技巧の夜の女王の歌以外は,音楽的には素朴で親しみやすいものばかりです。ストーリーの方も合理的でない分,いろいろな演出を行なう余地を生んでいるようなところもあります。蛇が出たりライオンが出たり,空中から人物が登場したりとスペクタクルな要素も含んだ演出のしがいのある作品となっています。

●台本(言語)
ヨハン・エマヌエル・シカネーダ(ドイツ語),原作はクリストフ・マルティン・ヴィーラントの童話「ルルまたは魔法の笛」

●楽器編成
フルート2,オーボエ2,クラリネット2,バセットホルン2,ファゴット2,ホルン2,トランペット2,トロンボーン3,ティンパニ,弦五部,グロッケンシュピール(現在ではチェレスタで代用することが多い)
モーツァルトの曲の中でもかなり大きな編成です。フリーメーソンの音楽で重視されるバセットホルンが使われている点が特徴です。

●舞台
古代。エジプト,イシスとオシリスの神殿の付近

●あらすじ
大蛇に襲われたところを夜の女王の3人の侍女に救われた王子タミーノは,おしゃべりな鳥刺しパパゲーノを従者として,ザラストロのところに囚われている夜の女王の娘パミーナを救出に行くことになる。しかし,話は逆で,聖者ザラストロは,邪悪な夜の女王からパミーナを保護していたことが分かる。タミーノとパパゲーノは,聖僧になる試練を受け,それを完遂したタミーノはパミーナと結ばれる。失敗したパパゲーノの方もパパゲーナをパートナーとして得た。復讐に来た夜の女王一派は打ち倒され,太陽の世界に変わる。

●主な登場人物とそのキャラクター
以下の説明では,この略称を使います。
分類 略称 役名 声域 役の説明
カップル1 Tam タミーノ テノール 王子。日本の狩衣を着て登場
Pam パミーナ ソプラノ 夜の女王の娘。もっとも人間的な存在
カップル2 Pgno パパゲーノ バス 鳥刺し。タミーノの従者。
Pgna パパゲーナ ソプラノ 最初は老婆の姿で現れます
夜の女王
陣営
Q 夜の女王 ソプラノ 名前を持っていません。闇の世界の代表
S1-3 第1,第2,第3の侍女 ソプラノ*2,メゾ・ソプラノ 夜の女王に仕える3人組
ザラストロ陣営 Sar ザラストロ バス 大祭司。太陽の世界の支配者
Spe 弁者 バス 要所に出てくる謎の人物
Mon モノスタトス テノール ザラストロの家来のムーア人
その他 Boy 3人の童子
Pri 2人の僧
Arm 鎧を着た2人の男

序曲
「フィガロの結婚」の序曲では,本編と全然関係のない音楽が使われていますが,この「魔笛」の序曲は,オペラの中に出てくる音が象徴的に使われています。序曲は,緩やかな序奏と急速な主部から成っています。

序奏の最初に出てくる,休符をはさんで5回鳴る変ホ長調の和音は,女性フリーメーソンを暗示していると言われています。この和音は,第2幕の儀式の場でも出てきます。この変ホ長調がこのオペラ全体の基本の調性となっています。続いてヴァイオリンで滑るように出てくる音型は,混沌,闇の世界を現していると言われています。

アレグロの主部は,第2ヴァイオリンの同音反復の第1主題で始まります。この主題は,フガートのように追いかけっこをして展開してきます。第1幕最初の追いかけっこのシーンのイメージにつながって行きます。このせわしない音の動きはずっと続きます。第2主題の方は,フルートとオーボエで対話を交わすようなものです。

一度,終始すると,冒頭のフリーメーソンの和音が再度出てきます。今度は,「タター,ター」という和音が3回繰り返されます。この3という数字にも宗教的な意味があるようです。こちらの方は男性フリーメーソン結社を象徴しているとのことです。ちなみに変ホ長調という調性についても,はフラット3つという理由で,選ばれているようです。

再度,アレグロに戻り,2つの主題が展開されます。オーケストラの総奏で再現部となります。最後は,金管の音が印象的な華やかなコーダとなって序曲が終わります。

このオペラはジングシュピール形式ということで,アリア,重唱,合唱...の間は芝居でつながれます。2つの幕ともこの形式で始まった後,長大な終曲で結ばれる構成となっています。以下ではこのセリフ部分を除いた部分を中心に説明をします。

●第1幕
第1番 導入部(Tam,S1-3 アレグロ ハ短調→変ホ長調 4/4
第1ヴァイオリンによる切迫した響きで曲は始まります。日本の狩衣をきたタミーノが「助けて助けて(Zu hilfe!,Zu hilfe!)」と大蛇に追われて逃げてきて,気を失います。そこに宮殿の門が開き,夜の女王の3人の侍女が槍を持って現れ,蛇を退治します。その後,「なんと美しくやさしい若者でしょう」と称え,私が開放すると順に言い張ります。

アレグレット,ト長調,6/8に変わり
「私が行かなければならないんですって?」と掛け合いながら,たわいの無い言い争いをします。

アレグロ,ハ長調,2/2に変わり
「こんな若者と暮らせるなら...」と歌い合ってから,皆あきらめて,夜の女王に知らせに行きます。

「女が3つ」で「姦しい(かしましい)」という字になりますが,いつの時代,国でも女性が3人集まると大変賑やかになります。そういう気分を持った曲です。

その後,タミーノは正気に戻り,大蛇が死んでいるのに気付きます。
第2番 アリア(Pgno アンダンテ ト長調 2/4
遠くから笛の音が聞こえてきます。鳥がいっぱい詰まった大きな鳥篭を背負った鳥刺しパパゲーノがやってきます。彼は「ソラシドレ」と上昇する音階だけ出るパンの笛を持って登場しますが,この音階が彼のライトモチーフのようになっています。

ここで歌われる
「私は鳥刺し(Der Vogelfanger bin ich ja)」でも,このパンの笛は大活躍します。この鼻歌まじりのような自己紹介の歌は大変良く知られています。3節からなる民謡風の曲ですが,本物の民謡以上によく知られているのではないかと思います。節の終わりの部分でパンの笛を「ソラシドレ」と吹いて,楽しい演技をしながら歌います。歌詞の中に「ハイサ・ホプサッサ(heissa hopsasa!)」という掛け声が出てきますが,日本語の「ホイサッサ」とほとんど同じ語感なので,日本人にとっても大変親しみやすい曲となっています。「魔笛」という多面的な性格を持つオペラの一面を象徴するアリアです。

アリアの後,「大蛇を退治したのはおまえか?」と尋ねられ,パパゲーノは否定もせず,殺したような顔をします。その後,3人の侍女が再登場し,「嘘をついたな」と,罰としてパパゲーノの口に金の錠前をはめます。

侍女の一人は,タミーノに夜の女王の娘パミーナの肖像を渡します。
第3番 アリア(Ta ラルゲット 変ホ長調 2/4
パミーナの肖像を見たタミーノが「何と美しい絵姿(Dies Bildnis ist bezaubernd schon」と一目ぼれしてしまう有名なアリアです。甘く歌い始められ,次第に憧れの気持ちが高まっていく,”これぞリリック・テノール”という感じの正統的な雰囲気のあるアリアです。

アリアの後,立ち去ろうとするタミーノに3人の侍女が「この姫は悪魔に奪われた」と話しかけます。タミーノは「必ず奪い返します」と答えると,雷鳴がとどろきます(随所に効果音が使われているのも「魔笛」の特徴の一つです)。
第4番 アリア(Q) アレグロ・マエストーソ→ラルゲット→アレグロ・モデラート 変ロ長調→ト短調→変ロ長調 4/4→3/4→4/4
舞台が変わり,豪華な広間の中の玉座に腰を下ろした夜の女王が登場します。夜の女王の出番は少ないのですが,このように別格の扱いがされていますので,紅白歌合戦の中の小林幸子の出番のように目を引きます。

ここで歌われるアリア「
若者よ恐れるな(Zum Leiden bin ich auserkoren」は,奪われた娘を心配する母親の心情を歌うアリアで3つの部分から成っています。序奏に続いて,まずレチタティーヴォが始まります,その後,短調になり「私の運命は苦しみばかり」と悲痛な歌を切々と歌います。その後,長調に戻り,「お前なら(Du,du,du...)助けることができる」とタミーノを励ます歌になります。夜の女王と言えば,コロラトゥーラ・ソプラノの代名詞ですが,この部分では,その技巧が存分に発揮されます。

アリアが終わると何事もなかったかのように元の場面に戻ります。この場だけ,「今のは夢だった?」という感じで取ってつけたような感じなのですが,それがまた「魔笛」の特徴です。パパゲーノは,タミーノに従って行くことになります。
第5番 五重唱(Tam,Pgno,S1-3) アレグロ 変ロ長調 2/2
口がきけない状態のままのパパゲーノが「ム,ム,ム..(Hm...,Hm...,Hm...)」とユーモラスに歌いはじめます。タミーノがそれに同情します。その後,3人の侍女が現れ,パパゲーノの口かせを外し,五重唱になります。その後,タミーノに女王の贈り物として「魔笛」を贈り,パパゲーノには「銀の鈴」を与えます。侍女たちは「3人の男の子が道を教えてくれるでしょう」と答えて,去ります。

ここで場面が変わり,豪奢なエジプト風の広間になります。ここは一体どこ?という感じですが,ザラストロに捉えられているパミーナがザラストロの手下のモノスタートスに追いかけられ,つかまってしまう場面になります。
第6番 三重唱(Pgno,Mon,Pam アレグロ・モルト ト長調 4/4
震えるような第1ヴァイオリンの音に続いて,パミーナとモノスタートスが歌います。追いかけるモノスタートスと嫌がるパミーナの絡み合いの場です。やがてパミーナは気を失い,ソファの上に倒れます。

その後,パパゲーノがフルートの演奏する「私は鳥刺し」に似たパパゲーノのテーマに乗って,登場します。しばらくパミーナに見とれていますが,その後,モノスタートスとばったり顔を合わせ「Hu...」という驚きの声の二重唱になります。その後,お互いに相手のことを悪魔だと思いこんでともに逃げ出します。音楽だけでユーモアと驚きを表現している楽しい部分です。

パミーナは正気を取り戻し,自分の境遇を嘆きます。その後,「黒い鳥もいるのだから黒い人間だっているのかも」と思い直したパパゲーノが戻ってきます。パパゲーノは王子があなたを救うためにやってきていると語り,逃げましょうと誘います。
第7番 ニ重唱(Pgno,Pam アンダンティーノ 変ホ長調 6/8
愛を感じる男たちにはやさしい心もそなわっているもの(Bei Mannern, welche Liebe fuhlen, fehlt auch ein gutes Herze nicht」とパミーナがしっとりと歌い出した後,パパゲーノが「甘い愛の情けにともに感じるのは女のつとめ」とやさしく答えます。その後,二人による暖かな感動に満ちた重唱になります。この曲を主題として,ベートーヴェンはチェロとピアノのために「魔笛の主題による変奏曲」を書いていますが,当時から人気の高かった重唱だったのではないかと思います。ちなみにベートーヴェン以外にも「魔笛」を高く評価している人は多く,ゲーテなどは,続編を計画していたと言われています。

この曲の後,3つの寺院のある森の中の場に変わります。左から「本性の寺院」,「叡智の寺院」,「理性の寺院」と並んでいます。
第8番 終曲:ここから幕切れまではセリフなしで,美しい音楽がメルヘンのように続きます。
8−1 三重唱(Boys) ラルゲット ハ長調 2/2
タミーノが銀色の椰子の枝を持った3人の少年に案内されて登場します。ここで歌われる児童による3重唱も大変印象的です。タミーノは,パミーノを救う方法を尋ねますが,答えは教えてくれません。

その後,しばらく伴奏付きレチタティーヴォになります。右手の扉,左手の扉の順に入ろうとしますが,その度に「さがれ(Zuruck!)」という声が返ってきます。最後に寺院から弁者が現れ,タミーノの目的を尋ねます。この弁者からザラストロが悪者ではないことを知らされます。また,すべての謎が解けるのはタミーノが聖堂に入り,永遠の結合....と聞かされます。その後,「永遠の夜はやがて消え,パミーナも生きている」という合唱が聞こえてきます。この辺りから善悪が逆転し始めます。
8−2 Tam アンダンテ ハ長調 2/2
喜んだタミーノは「魔笛」を取って半音階的な音の動きが不思議な魅力を感じさせる美しいメロディを演奏します(舞台上のタミーノではなく,フルート奏者が演奏します)。このメロディを聞いて動物たちが出てきて,聞き入ります。その後,タミーノがこのメロディに合わせ「何という不思議な笛の音だ(Wie stark ist nicht dein Zauberton..)」とオペラ全体の”肝”のような歌を歌います。最後の方はパミーナを求めるような歌になります。しかし,パミーナは現れません。

そのうちにお馴染みのパパゲーノのパン・フルートの音が聞こえてきます。フルートとパン・フルートという笛同士のやりとりが効果的に使われている部分です。
8−3 二重唱(Pgno,Pam アンダンテ ト長調 2/2
その笛の音が予告したとおりパパゲーノがパミーナを連れて「早く行きましょう,勇気を出しましょう(Schnell Fusse, rascher Mut schutzt vor Feindes List und Wut」と重唱をしながら登場します。音楽を聞くだけで,2人が寄り添っているのが分かるような弾むような音楽です。

ちなみにパパゲーノの笛は「ソラシドレ」の音しか出ませんので必然的にト長調になってしまいます。そのせいか,パパゲーノの出てくる場はト長調が多いようです。
8−4 Mon,Pgno,Pam,合唱 アレグロ   ト長調   
前の曲が終わり切らないうちに,2人の後を追って,モノスタートスが登場し,「お前たちをこらしめてやる」と歌い始めます。パパゲーノは,銀の鈴のことを思い出して,振ってみます。

するとモノスタートスと奴隷たちは歌いながら踊り始めます。魔法を暗示するようなチェレスタの音の後に出てくる,「
何と言う鈴の音(Das klinget so herrlich)」の音楽も大変有名です。一瞬舞台は,天国的な気分に包まれます。

モノスタートス一派が姿を消した後,「正しい男がこんな鈴を持っていれば悪い敵はたちまちいなくなるだろう」と歌います。この部分のメロディはシューベルトの「野ばら」とそっくりです。モーツァルトの音楽の持つ平和な世界への憧れを強く感じさせてくれる感動的な部分です。
8−5 Pgno,Pam,合唱 アレグロ・マエストーソ ハ長調 2/4
ティンパニの連打の上にトランペットの音が聞こえてきて,モーツァルトお得意の弾むような行進曲となります。その後,「ザラストロ万歳」の合唱が聞こえてきます。

パミーナはザラストロに本当のことを言ってみようと考えます。
8−6 Sar,Pam ラルゲット ヘ長調 2/2
6頭の獅子に引かれた凱旋車に乗ったザラストロが登場した後,パミーナは「私はあなたのもとを逃れようとしました...逃げようとしたのはモノスタートスのせい」と罪を悔いるような真摯な歌を歌います。

それに答えてザラストロがすべてを許すと渋く歌います。初めて登場したザラストロの重低音の威力を感じさせてくれる部分です。
8−7 Sar,Mon,TamPam,合唱 アレグロ ヘ長調 2/2
第1ヴァイオリンのせわしない音型に導かれ,モノスタートスがタミーノを連れてやってきます。ここで初めてタミーノとパミーノは出会い,抱き合います。モノスタートスは罰を受けるために連れて行かれます。
8−8 合唱 プレスト ハ長調 2/2
音楽のテンポが速くなり,ザラストロをほめたたえる輝かしい合唱とともに,第1幕は終わります。

●第2幕
第9番 僧侶たちの行進(Sar,僧侶) アンダンテ へ長調 2/2
椰子の茂る森の場面です。ザラストロが僧たちを従えておごそかに進んできます。柔らかな雰囲気を持った音楽です。

その後,序曲の中に現れた「3つの和音」が演奏され,ザラストロと僧たちの相談が始まります。ザラストロは僧たちに,タミーノが試練を受けたいと望んでいることを告げ,タミーノの願いを叶えさせようといいます。その後,再度,「3つの和音」が響きます。
第10番 合唱付きアリア(Sar,僧侶) アダージョ ヘ長調 4/4
イシス,オリシスの神よ,願わくば2人に叡智の心を与えたまえ(O Isis und Osiris, schenket der Weisheit Geist dem neuen Paar!」とザラストロが歌います。敬虔で落ち着いた調べを持つアリアです。途中,合唱による祈りの声も挟まれます。

その後,場面が変わり,両側に古代エジプト風の門がある寺院の場になります。タミーノとパパゲーノが案内されて登場します。ここに弁者と僧侶たちが登場し,タミーノに最後の決意を正します。また,パパゲーノには「お前に似合いの娘をあずかっている。欲しければ沈黙の試練を受けるように」と語ります。渋っていたパパゲーノも考えを改めます。
第11番 ニ重唱(Pri アンダンテ ハ長調 2/4
2人の僧がパパゲーノに「女のたくらみから身を守れ(Bewahret euch vor Weibertrucken, dies ist des Bundeserste Pflicht」と女の誘惑に乗らぬように戒める歌を歌います。
第12番 五重唱(Pgno,Tam,S1-3) アレグロ ト長調 2/2
奈落から夜の女王の3人の侍女が現れ「これはどうしたことでしょう(Wie,wie,wie...)」とタミーノとパパゲーノを誘惑する歌を歌います。タミーノは断固として退けます。

あきらめて去ろうとする3人に僧たちが合唱で「地獄に落ちろ」と叫ぶと雷鳴がし,侍女たちは奈落に飛び込みます。パパゲーノも地面に倒れます。

弁者が登場し,タミーノの態度をたたえ,さらに危険な試練に向かうために彼に目隠しをします。パパゲーノもついていきます。

舞台が変わり,月光の下,美しい庭園の東屋の場になります。パミーノがまどろんでいる中,モノスタートスが忍び寄ります。
第13番 アリア(Mon アレグロ ハ長調 2/4
フルートとピッコロによる軽やかな前奏に続いて,モノスタートスが軽やかにひそやかにスピード感たっぷりに「恋すりゃだれでもうれしいよ(Alles fuhlt der Liebe Freuden schnabelt tandelt herzet, kusst)」と歌います。歌詞の内容は,やや黒人蔑視的なところがありますが,鮮やかな印象を残す曲です。モノスタートスは,このオペラの中ではもっとも冷たく扱われれいる損な役回りですが,それでもこのような魅力的なアリアが用意されいる点がモーツァルトの素晴らしさともいえます。

モノスタートスがひっそりと忍んでいると,雷鳴がとどろき,夜の女王が姿を現します。夜の女王はモノスタートスを退け,パミーナの前に立ち,パミーナに「ザラストロを刺せ」と短剣を渡します。
第14番 アリア(Q) アレグロ・アッサイ ニ短調 4/4
復讐の心は地獄のように燃え(Der Holle Rache kocht in meinem Herzen)」と夜の女王が復讐を歌う,疾風怒涛のアリアです。第1幕で歌われた夜の女王のアリアよりもさらに有名な曲で,「魔笛」全曲中の最大の聞き所と行っても良い部分です。暗い情熱を持って始まりますが,途中でヘ長調に変わり,華やかなコロラトゥーラの技巧が炸裂します。最高音のヘ音も印象的です。音程を取るのが非常に難しい曲ですが,うまく歌われると人間業を超えた超人ぶりに唖然とするような感動を味わうことができます。最後は短調に戻りドラマティックに締めくくられます。

この曲の後,夜の女王は去り,パミーナは「ザラストロを刺すなどできない」と物思いに沈みます。そこにモノスタートスが入ってきて,短剣を奪い,「私に従わないとザラストロに密告するぞ」と脅します。そこにザラストロが入ってきて,モノスタートスを押さえ,追放します。モノスタートスはその後,夜の女王陣営に寝返ります。ザラストロは,「母の罪を許して」というパミーノを優しく慰めます。
第15番 アリア(Sar ラルゲット ホ長調 2/4
夜の女王のアリアによる,超高音を駆使したアリアの直後に,今度はザラストロによる超低音を響かせるアリアが続きます。夜の女王が「復讐」を薦めた後,「この神聖な聖堂では復讐を思う人はいない(In diesen heil'gen Hallen)」と歌い始めるコントラストも心憎いばかりです。

ザラストロは,あまりにも「ご立派過ぎて...」というキャラクターですので,近年の演出では,それを逆手に取られることなどもありますが,この曲のおごそかさにしみじみと語りかけるような歌は「やっぱり立派なお方なのだ」と感じさせるのに十分の魅力を持っています。曲のクライマックスで重低音が出てくるのが特徴のこれもまた大変有名なアリアです。

その後,ザラストロはパミーナを伴って退場します。

大広間の場となり,僧侶たちに導かれてタミーノとパミーナが入ってきます。2人は沈黙の行を続けます。タミーノが止めるのにも関わらずパパゲーノはしゃべりまくっています。そこに水の入った杯を持った老婆が入ってきます。パパゲーノが話しかけると「年齢は18歳と2分で,パパゲーノの恋人だ」と答え,パパゲーノは驚きます。激しい雷鳴が起こり,彼女の姿は消えます。懲りたパパゲーノは今後口をきかないことにします。
第16番 三重唱(Boy アレグレット イ長調 6/8
「お二人ともよくきましたね」と愛らしくザラストロの国に来たことを歓迎をする三重唱です。食卓にご馳走を置いて,飛び去ります。

パパゲーノは食物に喜び,タミーノは「魔笛」を吹きます。その音にひかれてパミーナが登場しますが,修行中なので去ってくれと目で合図をします。パパゲーノも口に食物を詰めていてしゃべることができません。タミーノに冷たくされたと勘違いしたパミーナは絶望します。
第17番 アリア(Pam アンダンテ ト短調 6/8
愛の喜びは露と消え(Ach, ich fuhl's)」と歌う有名なアリアです。比較的素朴で明るい歌が続く中で,この曲の持つ悲しみに満ちた情感は大変強い印象を残します。モーツァルトのピアノ協奏曲の第2楽章などに出てきそうな,揺れる6/8拍子で複雑な思いを表現します。

私もしゃべらないことができた,ととんでもない時にパパゲーノは自我自賛します。その後,例の「3つの和音」が響き,タミーノとパパゲーノは出て行きます。

場面はピラミッドの地下を思わせる場に変わります。
第18番 合唱(僧侶) アダージョ ニ長調 2/2
おお,イシスよ,オシリスよ,なんたる喜び!」と最高神を讃える,おごそかで力強い響きを持った宗教曲の一部のような合唱曲です。

ザラストロは,まだ2つの危険な道が残されていることをタミーノに語ります。パミーナと別れを告げさせるために彼女も呼び寄せますが,ここでもタミーノは無言の行を続けます。
第19番 三重唱(PamTam,Sar アンダンテ・モデラート 変ロ長調 2/2
愛する人よ,もうあなたを見られないでしょうか?」と別れを嘆くパミーナ,「喜びの心でお前たちが会う時が来る」と励ますザラストロ,試練に立ち向かうタミーノと三者三様の心の中を歌う三重唱です。明るい響きの中に複雑な情感が盛り込まれた素晴らしい曲です。

3人が退出し,パパゲーノがタミーノを探して入って行くと。「下がれ(Zuruck)」の声と雷鳴が聞こえてきます。どこに行ってもそうなのでパパゲーノは泣き始めます。そこに弁者が登場し,パパゲーノに語りかけます。パパゲーノは,「ワインを1杯飲みたい。それと...」と語り,次の曲に続きます。
第20番 アリア(Pgno アンダンテ−アレグロ ヘ長調 2/4−6/8
パパゲーノが欲しいのは「恋人か女房か(Ein Madchen oder Weibchen)」と歌いはじめる,非常に有名なアリアです。グロッケンシュピールによる可愛らしい序奏の後,3節からなる素朴な歌が始まります。親しみやすさの中にうっとりするような甘さを持った名曲です。各節とも,途中でテンポが速くなり,ワインをもらって上機嫌となったパパゲーノの天衣無縫な気持ちを表現します。シンプルな曲ですが,パパゲーノ役の「歌による演技力」も試されるアリアです。

ここで先ほどの老婆が現れ,杖にすがって踊ります。彼女が手を求めるので,パパゲーノが仕方なく手を差し出すと老婆が若い娘に変身します。パパゲーノは「パパゲーナ」と呼びかけますが,弁者にさえぎられます。弁者はパパゲーナを連れ去り,舞台は小さな庭園に変わります。
第21番 終曲。第1幕同様,ここから幕切れまではセリフなしで音楽が続きます。
21−1 四重唱(BoysPam) アンダンテ 変ホ長調 2/2
木管とホルンによる前奏の後,空中を飛んできた3人の少年が「まもなく朝を告げる太陽が黄金の道に輝くだろう」と歌い始め,苦しむパミーナを見守ります。

パミーナは母親からあずかった短剣を手にして,思いつめた雰囲気になります。自らを刺そうとした瞬間に,3人の少年が飛び出して止めます。音楽はアレグロに変わり,少年たちはタミーノはあなたを愛していると告げます。

2つの大きな岩山の場になります。1つは滝を持ち,もう1つは火が燃え盛っています。2人の武装した男がタミーノを中に導きます。
21−2 二重唱(Arm) アダージョ ハ短調 2/2
まるでバッハの宗教曲を思わせるようなおごそかな雰囲気の音楽です。序奏に続いて,弦楽器がスタッカートでフガートの旋律を演奏します。これを伴奏として2人の武装した男がプロテスタントのコラ−ルを転用した「苦難もてこの道を来るもの,火,水,大気,そして大地によって清められる」と旋律を歌います。このメロディはオクターブ・ユニゾンという珍しい手法で書かれており,古風な気分とゾッとする気分を同時に感じさせてくれます。

タミーノはこれに勇ましく答え,出発しようとします。そこにパミーナが現れ,2人は抱き合います。
21−3 四重唱(PamTam,Arm アンダンテ ヘ長調 3/4
私のタミーノ!」「私のパミーナ!」と高らかに呼び合い,愛と魔笛の力で恐ろしい試練の道を克服しようとします。二人の武装した男も励まします。その後,2人は火の中へと入っていきます。
21−4 行進曲と二重唱(PamTam アダージョ ハ長調 4/4
タミーノが魔笛を吹き,ティンパニが弱く伴奏する中,2人は火の中に入ります。道行の場という感じの場面です。火から出てきた後,抱擁して動きません。魔笛の力で火の行を切り抜けたことを歌った後,再度,魔笛を吹き,今度は2人は水の中に入ります。門が開き,明るく輝く寺院への道が見え,試練が終わったことが暗示されます。
21−5 合唱(僧侶) アレグロ ハ長調 4/4
2人の勝利を祝福する壮大な合唱が,寺院の内側から聞こえてきます。その後,音楽が盛り上がり,試練の場が終了します。

再び場面は庭園の場になります。
21−6 四重唱(Pgno,Boy アレグロ ト長調 6/8
パン笛を吹き「パパゲーナ!パパゲーナ!」と呼びかけながら,パパゲーノが登場します。辺りを見回しますが,一向に現れません。3つ数えて現れなかったら首を吊って死のうと決心します。まず元気よく「1(Eins)」と掛け声をかけますが,「2(Zwei)」,「3(drei)」と進むにつれてカウントがゆっくりになる辺りがパパゲーノらしいところです。この部分からしばらくは,子供でも大人でも楽しめ,感動できる,全曲中のいちばんのクライマックスとも言える場が続きます。

3つ数えても出てこないので,音楽が暗い短調に変わり,いよいよ「さらば,偽りの世よ」と言って,パパゲーノは本気で首を吊りかけます。

ここで音楽がハ長調に変わり,3人の少年が現れ,「鈴を鳴らせ」と大切なヒントを教えてくれます。パパゲーノが「
ひびけ,鈴よ響き渡れ(Klinget, Glocken)」と歌い,グロケンシュピールが成り始め,何か良いことが起こりそうな雰囲気に一転します。まさに音楽の持つ魔法の力が表現された場です。

ここで,3人の少年が「パパゲーノ見てごらん」とパパゲーナを連れて再度入ってきます。
21−7 二重唱(Pgno,Pgna アレグロ ト長調 2/2
ここで歌われるのが有名な「パ,パ,パの二重唱」です。この曲は他に例えようもない非常に独創的な音楽です。弦楽器の軽快な伴奏に乗ってパパゲーノが「パ,パ,パ」と歌い始めると,パパゲーナが「パ,パ,パ」と答え,次に「パ,パ,パ,パ」と歌うとやはりパパゲーナが「パ,パ,パ,パ」と同じ音型で答えます。愛する二人が出会って最初は声にならない雰囲気を楽しくかつ非常に音楽的に描いています。すべてのオペラの愛の二重唱の中でももっとも感動的な曲だと私は思います。

このやり取りが続いた後,音がは勢いを増し,早くも彼らの子供の話となります。最後は歓喜の中で「パ,パ,パ,パ...」の連呼となって曲が終わります。
21−8 五重唱(Q,S1−3,Mon) モデラート ハ短調 4/4
タミーノ−パミーナ組/パパゲーノ−パパゲーナ組はハッピーエンドになったので,夜の女王一派の方の決着がここで付けられます。

モノスタートスが導いて,夜の女王,3人の侍女が入ってきます。ひっそりと忍び込むような音楽が続きますが,雷雨が急にやってきて,舞台を太陽の世界に一転させ,夜の女王一派は地底に消えます。
21−9 合唱(Sar,僧侶) アンダンテ 変ホ長調 4/4
ザラストロが登場し,夜の世界が消えたことを宣言し,その後,感謝の合唱となります。音楽がアレグロに変わり,壮麗な合唱の中で全曲が締めくくられます。
(参考文献)
作曲家別名曲解説ライブラリー4.モーツァルトII.音楽之友社,1994
モーツァルトのいる部屋/井上太郎(ちくま学芸文庫).筑摩書房,1995
(2006/08/05)